らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


私には愛があったのだ・・・・といっても
それを受け取る相手が「愛はなかった」といえば・・・・ どっちが正解?
第三者に判定して貰ったほうが、まだいいかな? あるいは大岡裁きでも?(笑)

愛があったのだと思ってたけど、伝えたい相手には伝わらず死んじゃった・・・。
その時も、やはり愛はあったのでしょうか?その愛の行方は、何処(いずこ)へ・・・?

どうでもいいですね。哲学者ではありませんでした、私は^^; 

陰口ってのは、通常の世界では、こっそりと行う。 陰という字の如し。
ネットの世界で言えば、メールや、パスワード(会員制)制などで、密かにやるのがそう。
そんなのだったら、今現在でもアチコチでバンバン飛び交っている事でしょう(笑)
ある意味、健全な「陰口の世界」は、ネット上でも存在するわけだ。
陰口は、コソコソと人目につかずやる事が、正々堂々としたやり方なのだろう(笑)
当事者以外には、迷惑をかけない、やや??ではあるが、ま、ありがちな世界である。

しかし、公開で堂々と陰口もどきを見かけることもある。 これは何と呼ぶべきか?
少なくとも陰口ではない。 反対語の陽口?表口?言論?なんなんだろう?
ネット上のそれは、本人含めた、たくさんの目の前で行われているわけで、陰口では無い。
で、その狙いは一体何なのだろう? 「公開する陰口もどき」の目的とは???
その陰口さえ、不特定多数の誰かに見てほしいという気持ちがあるからだろうか?
ここ最近、「常識」というのが微妙に変わってきているようで、私には理解できない事がある。
これも、そういう一種なのだろうか? 陰口って、やはり陰で言って欲しいと思う(笑)
ここらあたりは「美学」の問題かも知れないが、私はどうにも理解不能だ。自重もしたい。

その陰口は今後何年もネット上に残っていくのだろうが、それでいいのだろうか?
陰口が原因で、何か不幸があった場合にでも、そのまま残すことができるのだろうか?
心は痛まないのだろうか?それも自己責任なのだろうか?例えば、死ぬ人が悪い??
リアルの陰口の場合でも、直接関係がなくとも、その陰口の当事者に、もし何かあれば、陰口を言ってた人らは、一生目覚めは悪い事だろう。他者にはわからなくても・・・。
人に言えない、悪行を背負うようなものか。本人たちだけがそれぞれに背負うだろう。
これが、公開ならば・・・・その人たちだけではなく、もっと不特定多数が知っているわけだ。
ネットで、公開で陰口みたいな事を書くって、結構怖い事だと思います。

ま、基本的に、あくまで公人ではなく、普通の私人に対しての話ですけどね。 
公人に対してはまたいつか、暇があったら、書くかもしれない。
怖いのは、無意識のうちに、やっていることですねー。 自分にはその気がなくても、相手にそう取られたら、その通りだし^^; 私も今まであっただろうと思うと、恐ろしいですね。
やはり、常に反省の日々なのは、間違いないですね。 
今までの全ての記事内で「陰口」みたいにとられた部分がありましたら申し訳ないです。

かげ‐ぐち【陰口】
その人のいない所で、悪口を言うこと。また、その悪口。かげごと。「―をたたく」
yahoo!辞書


うん。やはり、陰口はメールのやり取りがいいですね(笑) >そんなオチかぃ!!
あ、↑はもちろん冗談ですよ。 洒落くらいは通じる世の中であって欲しいと切に願う^^