らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


ごめんなさい。 まず、謝ります。

私の対応の拙さは今読み返してみると、確かにあります。(コメント欄も含めて)
私が自身でどのように感じて、ああいう拙さになったのかは私にしかわからない。
そう考えると、私の内部を知る事の出来ない他の方々には言い訳はできない。
私の対応の拙さ(それに尽きる)で不快な気持ちになられた全ての方に謝ります。
2年前の「言葉の結晶」という記事が発端の、今年の元旦からの、このブログの話です。

そして今でもどこかで続いているこの話題。それは、奇しくも「言葉の結晶」になったかも?
物語の最初は私のミスから始まったわけだけれども、大きく昇華したような感があります。
世の中には無駄なものは無い。 私の過ちもムダには終らなかったのかも?です。
お名前はあげませんが、直接的、間接的に関わったたくさんの方々に感謝します。
そして「ありがとう」と心を込めてそういわせて下さい。
私は私の未熟さを認めます。私の未熟さのせいで気分を害された方々にお詫びします。

俗に言われる「らんきー一派」(笑) 改めて記しておけば、そんなものはありません。
そういった点でも、多くの方々にご迷惑をおかけしましたね。スミマセン。
この場を借りて謝りますので、「一派」のご使用はもう終わりにしてください。
私は私だし、他の方々もそれぞれに一人ひとり違うお考えがある「個の人」ですしネ。
私のミスは私個人のミスです。その点につきましては、私個人で反省しています。
私の「言葉」で気分を害された方々にはお詫びいたします。 スミマセンでした。

自分のブログだから自分の好きなようにしていいという思い違いもありました。
例えば、今回もブログを削除する、しない でも身動き取れなくなった私がいました。
自分のものだけど、自分だけのものでもない。 と、自分の尊大な勘違いが理解出来た。
反省すべき点は、山のようにある>リアルでもそうなのですが。
自分の身を守る為とはいえ、浅はかであり、情けなかったなぁと反省しています。

「許す」ということ。 これは実は私の人生の中でも結構なウエイトを占めるテーマだ。
「許される」という事に関しては、自分では決められないのは言うまでも無い。
私には私の言い分があって当然だけど、それだけでは成り立たないのが人間社会。
その言い分を考えても、自分の対応は、悪かったと思っています。下手だったとも言う。
書いてしまったものは消せるけど、消してしまっても心には残ってしまうでしょう。
恥を掻く とは、恥を書く かも知れませんね。ネットでは。 後悔先に立たずです。

間違った時、失敗した時の対処で、その人間性が問われると昔からよく言われたものです。
いい年をして、いまだにその失敗を繰り返しているのが私ですね。(笑)
今回は色々と学ばせて頂きました。 本当に世の中に無駄なコトはない。
間違ってもやり直せる。 失敗しても次がある。 
ブログの世界ではそうあって欲しいと願って、書いていたのは私でした。
その為にも、悪いところは悪かったと、私が範を示して素直に謝るべきでしたね。

本当にスミマセンでした。 そして、有難うございました。
そして前の記事で「最早何でもアリ?」と、自分で追記したのをいい事に777番目の記事も
今日、書いてしまいました。 これも謝ります。 スミマセン。