らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


都知事選を始めとした統一地方選挙も残すところ1週間となりました。
私の住む福岡でも選挙カーは相変わらず大声で駆け回っています。
都知事選も福岡県知事選も現職が先行しているという各紙の報道はあるがまだまだわからない。福岡の3人の候補者の政見放送はまだ見ていない。 
・・・というか、いつあったの?(笑) ちょっと調べてみよう。

 【28日】午前7時35分、NHK(テレビ)
 【30日】午後9時半、NHK(ラジオ)
 【31日】午前5時29分、FBS(テレビ)▽午前6時半、KBC(テレビ)▽午後9時、RKB(ラジオ)
 【4月4日】午前7時20分、NHK(ラジオ)
 【同5日】午後6時半、NHK(テレビ)
 【同6日】午前10時15分、KBC(テレビ)

見ないって!(爆)朝の5時とか6時には!何でこんな時間にあるわけ?ラジオ聞かないし。
わざとなのか?関心を持たせないようにしているのでしょうか?
TV局もわからせる気もないというのはよ〜くわかる。そもそも選挙ってのは現職が有利なのは明らかな事である。よほどの不人気か不祥事等があったりしたとかでの選挙で無い限り現職の方が露出度も元々多いし、知名度もあるわけで、最初からハンデがあるようなものだ。
それを不公平が無いようにというルールの下での公選法で一律平等にというルールもどこかおかしな選挙方法ではある。 普通に仕事している人はなかなか見られないんだから。

TV局がふざけた時間に政見放送してる番組を録画してまで見る人はほとんどいないだろう。そんな気持ちがあるならば日本はとっくにいい方向に変わっているはずだから。
「その時間に見られない人の為に」という観点が全く無い政見放送はただのおざなりのメディア姿勢である。やる気が無いし、メディアの使命を全く果たしていない。
せめて平等に見たい人が、見たい時に見られるように整備すべきである。
わかりやすく言えば、地方の各TV局はその政見放送をいつでも見られるようにインターネットで常時アップしておけばいいのである。そんな時代だ、今は。
やってる?今? 知らないけどそうすれば時間がある時にゆっくり見られるってもんだ。

政見放送 byウィキペディア
また、政見放送のスケジュールは公職選挙法に基づいて決定しているため必ず指定された日時でないと放送することが出来ない(振り替え放送できない)ので、NHKの場合、総合テレビと中波ラジオ第1放送で政見放送中に突発的な事件や地震などがあった場合は教育テレビやFMラジオ放送などでニュース放送が振り替えられる。

泡沫候補の政見放送及び選挙公報は非常に個性的なものが多く、愛好する好事家も多い。


公職選挙法でそれくらいは早急に改正するべきだろう。
そうしたら以下のような事は問題にならないはずである。

動画投稿サイトに政見放送、選管「法に抵触の可能性」4月1日 読売新聞

 利用者が急増しているインターネットの動画投稿サイトに、東京都知事選(8日投開票)の立候補者の政見放送や街頭演説の映像が投稿され、いつでも自由に見られる状態になっている。

 候補者の映像などの公開は、公職選挙法で決められた方法に限るのが原則だが、動画投稿サイトでの政見放送“放映”は想定外で、明確な定めはない。都選挙管理委員会は「公選法に抵触する可能性もある」としながらも、映像を前に手をこまぬいているのが実情だ。

 動画投稿サイトは、もともと利用者が自分で撮影した映像などを公開するためのものだったが、テレビ番組などの録画映像が勝手に投稿されるケースも目立つ。米国の「YouTube(ユーチューブ)」が有名で、国内でも同様のサイトが運営され、急速に利用者が増えている。これらのサイトでは現在、複数の候補者の街頭演説や、支持者向けに作成された政策ビデオの映像などが視聴可能だ。

おそらくこれはあの外山恒一氏の面白い政見放送だろう。都知事選の政見放送だから私ら地方の人間には見られないから本来ならば有難いことなのにね。
本来、公選法でTV局のサイトかどこかで常時政見放送を見られる状態にしておけばなんら問題は無い話ではないでしょうか?全ての候補者の政見放送がいつでも見られるって当たり前の事だと思います。大事な一票を決める際の国民の当然の権利だ。

TV等で有力な候補者を贔屓目に流す事の方がよほど公選法違反ではないでしょうか?
都知事選にしても、石原、浅野、吉田、黒川ばかりしかTV局に呼ばないではないか? 
不公平な話ですよね、まったく。その上で、勝手な世論調査で石原を浅野、吉田が追う展開とか放送している方が私からして見れば違反である。 せめて黒川よりも何度も都知事選に立候補しているドクター中松を出す方が自然ではないでしょうか?(笑)

公職選挙法は国民の手で現代にマッチした法に変えるべきである。
これは政治家の手から離して改正しないといつまで経っても変わらない。
全ての法の中で政治家を取り締まる法律だけは、政治家以外の人間が決めないと、この国はいつまで経っても変わりません。 国民投票法案憲法改正なんて事よりも、早急に手をつけるべき問題はここにあるわけです。無駄法ですから。
自分ら政治家を取り締まる法律を自分らで作るなんて・・・・許せますか?

泥棒団体が自分らを裁く法律を自分で作っているようなもんです。甘くするって!
これは国民の方から声をあげないと政治家からは声は上がりません(爆)未来永劫絶対に!
公職選挙法とあわせて議員年金の件にしても、昨日書いた議員宿舎の件にしても他の議員特権にしてもそうです。政治家に政治家のルールを決めさせるなんて異常ですよ。
特に今の世襲政治家らの群れでは・・・。抜け道しか興味ないんだから。
政治家をはじめとした公職取締法は公職以外の人間で作るべきである!

【追記】 
Rolling Beanさんから頂いたコメントで知りました。皆さんもご覧ください。
都知事選:石原候補「泥棒5点セット」発言とアメリカの「マカク」発言:Jan Jan


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都知事選をはじめとした統一地方選挙前半戦も今週末には結果が出る。
期日前投票でもう投票を済ませた方もいるだろう。
地方選挙は国政選挙とは違うという方も多いが、やはり都知事選の結果は影響多大だ。
その影響力は今夏の参院選にも大きな影響力もあることだと思う。全国ニュースで時間を割いて流れる映像はほとんど都知事選のみだ。
来週には東京の知事選の結果をメディアは多大な時間を使うだろう。そういった意味で地方に住む1票の権利の無い私達にも東京の選挙情報は気になるところである。
しかし割り与えられた平等な政見放送すら見る事は出来ない。中途半端なTVという御用メディアの情報くらいが関の山である。後はネット上で消されないうちに見つけるくらいだ。
※ 都知事選:石原候補「泥棒5点セット」発言とアメリカの「マカク」発言

その中で信頼しているブロガーが東京都知事選の情報を流してくださるのは非常に助かる。
TV等とは違い、ノーカットで御用司会者などの余計な主観も入らない、候補者の演説風景なだけに役に立ちます。
その映像をまとめておいていますのでよろしかったら見てください。
らくちんランプさんが今まで撮ってくださった映像をまとめてみました。 ※ 都知事選の風景
こういった事までが万が一、公職選挙法に違反しているのだとしたら、私もらくちんランプさんとあわせて違反者になるでしょう(笑)それも浮世の縁です。喜んで浮世の縁を謳歌したいと思います^^ 「情報をただ流す」という行為までをもこんなに気を使わなくてはいけない世の中って不思議ですねー!住みにくい世の中ですねー!

今そこであっている多くの人が目撃している情報を、その場にいない多くの庶民に自由に見させない、流させない、気を使わせるという事はどういうことか下記の問題で考えてみる。

沖縄戦検定 歴史の真実がゆがむ
来春の高校日本史教科書から、沖縄戦での集団自決が軍による強制だった旨の表現が消える。文部科学省の検定に沿って記述が削除・修正されたことによるが、歴史の真実がゆがんでしまわないか。

 沖縄戦は一九四五年三月二十六日から六月二十三日の事実上の戦闘終結までの三カ月にわたった第二次大戦での国内唯一の地上戦。
米軍の本土侵攻を遅らせるための玉砕覚悟の捨て石作戦が展開され、日本人の戦死約十九万人。家族、友人、知人が手榴弾(しゅりゅうだん)やカミソリ、カマで互いに殺し合う集団自決の惨劇が各地で起こった。

 二〇〇六年度の教科書検定で、この沖縄戦の集団自決に関する記述内容を修正したのは六出版社の七点の教科書だった。

 集団自決が軍の強制である旨の表現が「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」というのが文科省の検定意見で、記述の修正、変更を求めたからだ。 

 その結果、教科書の「日本軍に『集団自決』を強いられたり…」などの記述は、主語の日本軍が削られ、「追いつめられて『集団自決』した人や…」など強制とは意味上連係しない表現に書き換えられて、検定を合格した。


情報、あるいは事実は多くの人が共有した時にこそ、真実となり、それは「力」となるという事である。国はそれをよしとしない姿勢が多々ある。
情報(目撃情報)は出来るだけ少なめに、そして隠蔽できれば出来るだけ隠蔽した方が国民の声を封殺できると考えていると私達は認識した方が正しいと思う。
沖縄戦では軍によって自決用の手榴弾が住民に配られた事実があるのだ。
その事実や様々な証言さえも公的資料が無いからという理由で教科書が変えられる。事実(真実)を消す!それが権力者たちのやり方だ。事実は事実として残さなくてはいけない!
参照:「映像で見る沖縄戦」

今現在もやがて歴史となる。その時代時代で「何が正しいか」は意味合いが違ってはくる。
しかし、その時あった確かな事実を権力側の一方的な処置で変えられてはいけない。
逆もそうである。一部の国民たちがそれを変えてもいけない。
情報(事実)は全てに対して平等であるべきである。
その為には事実を多くの人が共有する事で、事実を事実として捉えて変えられないものにしていかなくてはいけないのである。
そこに人為的な・・・あるいは意図的な操作があってはいけないのである。
それを意図的にやっているのが今のメディア体制ではないのだろうか?
だから世界中の多くの人がネットで声をあげるのだ!

隠そうとするのは何故なのか? 広く国民に伝えようとしないのは何故なのか?
国民投票法案の実体を多くの国民に知らせないままに、統一地方選のさなかに、どさくさに紛れてさっさと通そうとするのは何故なのか?
TV等では何故その事についてスルーして意図的に流さないのか?
小泉以降、安倍政権の現在まで、多くの改革(悪政)が多くの国民に知らされないままに通されてしまったのは何故なのか?あの選挙の結果として何が残って、どういう結果になってしまっていったのかも総括もしない。 そしていよいよ安倍晋三の無知によって国の根幹の教育や憲法改悪にまでその手が及んでいる。多くの国民がその真の事実を知らないから、国側のいいように勝手に進められていってしまうわけである。

国民の武器あるいは防具 それは多くの情報(真実)を共有する事である。
それをさせまいとするのがいつの時代でも権力側の基本姿勢である。
下々のものが賢くなっては困るのが上に立つものの普通の感覚である。
そこを努々(ゆめゆめ)忘れてはならないのだ!私も事業をやって人を何人か使っている時に友人に言われた事がある。「従業員はほどほどに教育しておかないと、賢くなったらよりいい所に転職するから社員教育も難しいね」と。その友人が悪人というわけではない。それが普通の感覚だろうと思う。しかし私は人を教育するのが好きなのでそれには応えなかったが^^

それが国レベルで考えれば・・ましてそのTOPに立つ者がバカな利己主義者なら尚更だ!
「国民に賢くなっては困るのが国家運営なのだ。バカな国民は無視していいのだ!」と、勝手に思っているのが自ら「権力の頂点にいる」と豪語している全然賢くは無い、安倍晋三だ。
本当に賢いのはどっちだ!!?? 国民の大多数の方が賢い筈だ・・人として!!
後は政治の分野で、ちょっとだけ視野を広げて真実の声に耳を傾ける事が出来るようになれば大丈夫なのだ!! ガンバレ日本国民!真実の情報を共有するのだ!
国民が真実を共有する事が、日本が生き延びる道に繋がっているのだ。

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色々な著名人のブログを読んではいるが、一番私と考えが近いかなぁと思うのが天木直人氏のブログだ。というとちょっと偉そうだが読んでいて文章力は当然、ダントツに違うが私の思っているような事が具体的に書かれている。もちろん全面的に全て支持するという事はありえないが考え方の根本がピュアで読んでいて澱(よど)みが無く清清しい。
先日も下記のような「新党」の話が掲載されていた。

閑話休題 盛り上がらない地方選挙と世の中を変える方法天木直人のブログ
もう一つの考えは、月刊現代5月号に掲載されている内田樹氏の「7%の勇者が日本を救う」という考え方である。「下流志向」(講談社)という著書を出版して日本のモラルの低下を分析した彼は、日本を救う為にすべての国民にモラルの向上を説いてみてもはじまらないという。そして、国民の中で能力とやる気のある一定数の無私の人間が、劣化する日本を食い止める「雪かき仕事」を引き受けることで日本は救われる、その数は人口の7%もあればいいというのである。しかもこの7%の国民は付和雷同するような大衆ではなく、個の確立した、群れない国民達だというのだ。

 この考えの背景にあるのは、自分も含めほとんどの国民は決して聖人でも完全な善人でもない。それどころか嘘もつき小悪を重ねる。そういう欠陥だらけの人間が寄り合って暮らす社会には必ず不都合が積もっていくが、それにまかせて積もらせてしまったら社会はつぶれる。誰かが少々の自己規制と自己犠牲をはらって雪かきをしなくてはならない。全員が立派になる必要はない。人口の7%でいいというのである。

 本来は国民のためにそれを行うべき立場にある政治家や官僚が臆面もなく巨悪を重ねている現状を見ると、この考えは日本をこれ以上悪化させない為の最善の方策ではないかと思う。

 そしてそれを政治の世界につなげていく考え方が、私の言う「質問主意書」新党の考え方なのだ。人口の7%というと800万人ぐらいだが、私はそんなにいなくてもいいと思っている。100万人で全国比例区の国会議員を参議院で一人送り込める。もし300万人ぐらいの国民が、世の中の巨悪をやっつけよう、弱いものを救おう、と無私の気持ちを持って、新党に賛同するようになれば、3人ぐらいの国会議員を送り込めるのだ。これで十分である。この国会議員は300万人の真の代表であるから、能力も、やる気もあり、何よりも無私の正義感を少しばかり持つ。6年間で十分だ。その間に政治の世界で大暴れする覚悟を持てばいい。最初は質問主意書でもいいが、数人ぐらいになれば国会質問をし、キャスチングボートさえ握れるかもしれない。 

なるほど!300万人で3人送り込めるのですか!天木氏本人は「悪乗りの続き」という表現でちょっと照れて書いているようだが、これは実現するべき方向で考えていく事は決して無駄ではないように思います。たった300万人です! そう思って行動するべきでしょう。
ネット上だけで考えれば1000人の読者を持つブログが3000集まればいいのです。それこそ、政治ブログだけに限らず、どんなブログでも参加は可能でしょう。こんなに面白い試みは無い。面白くなければ人生ではないと思っている私にとってはもってこいの話である。

ネットで政治に関心のある人の中で、天木氏を知らない人はいないだろうがネットをしない政治に関心が薄い人にはほとんど無名に近いであろう。2人目は少し名の通った論客を入れるのもいい。方法はいくらでも見つかる筈だ。天木氏には掲示板などもオープンして頂いて、様々な角度からの天木氏提案の「新党」に関しての意見交換をさせる場でも作って、話題創りを先行させて欲しいものだ。私も絶対的に応援させていただくつもりである。普通の感覚を持つ市民が参加が出来る唯一の新党になるのだ!こんな痛快な事は無い。

そこで問題になるのが資金面であろう、 と思う。
私はよく思うのだが、天木氏にしても他のブロガーにしてもそうだが、ほとんど無私でブログを書いている。書いたからといって原稿料が入るわけでもなく、何の利益も無い。それでも毎日のように日本の今と未来を憂いて書かずにはいられない。そしてそれを真剣に読む方々(優秀なコメンター含む)もこの頃は増えてきた。これは天木氏の記事であったように誰に頼まれたわけでもないのに「日本の汚れた部分を雪かき」している方々なのである。ボランティアの雪かきをしているわけだ!気力だけがブログを続けさせる。

ネット上で報酬を得る為に、一部の人達から忌み嫌われているものに「アフィリエイト」というのがある。私もこのブログの右下にGoogleとかアマゾンとかのアフィリエイトを貼っている。ほとんどといっていいほど効果は無い(笑)
これはどういうものかというと、簡単に言えばGoogleの場合はその広告をクリックしてもらうだけで少しずつだが報酬が得られる広告だ。アマゾンの場合は例えば私のブログの広告を押してからアマゾンで買い物をするとやはり私に数%の報酬が得られるというものである。他にもアフィリエイトというのは色々な種類があるわけです。

しかし、アフィリエイトはヒジョ〜に嫌われている(笑)
何故だか私にはわからない。もちろんブログやHP自体に何のコンテンツも無く、むやみやたらに広告ばかり貼っているサイトを見ると私も一瞬で素通りにはなるが。

ま、アフィリというのはそこを経由して何かモノを買ったり、クリックしたりするだけで、その人に数%のマージンが入る仕組みなわけだ。
この頃ではネットを通じてモノを買うことが多くなったと思う。この私でさえ、この頃は本もそうだが、ネットで買うし、ついこの前はノートPCもネットで買った。その際は密かにお気に入りのブログを通じて買っている。色々、分散しているけど。
よくは知らないけど、自分で自分のアフィリエイトは使えないらしいからそうしている。
そうする事でその方に少しでも貢献できたら嬉しいからそうしているわけだ。
これは人それぞれです。私はそう思うのである。

別にアフィリエイトは悪い事ではないと思う。
何も考えないでただ本を買えば、お店だけの利益だ。
そこで、アフィリエイトを通せばその数%が、日頃読んでお世話になっているブロガーの手元に届くのならば、利用した方がいいと思う。ネットで買うお店には何の恩義も無いから、どうせ割引出来るようなシステムにしているのなら自分は得しないけど、知っている誰かが得をすればいいと思うからだ。
だから私が一ヶ月に10000円分の本やDVDを買えば誰かに500円程度の手数料が渡されているってわけだ。それだけの事である。それのどこが悪いのか?
何故か、アフィリエイトは硬派なブログでは忌み嫌われている(笑)

そういった仕組みを知らなければ、何処の誰か、知らない人に手数料が渡っているのだ。それを意識して特定のブログなどでクリックしてから買うことによって、わずかな金額だが、その方の手元に手数料が渡る・・・。なんといいことでしょう(笑)と私なんかは思うのである。誰も損をする訳ではない。 本来ならただ本を買うという行為だけで、それを自分の好きなブログを経由して買うだけで、その方に幾ばくかの気持ちが届くだけのことなのに。。。^^

そんなわけで新党に関するお金の問題でもまず考えられるのが「カンパ」というのがある。
1万円ずつのカンパ、千人で1000万円だ。1万人なら1億!!@@  それらとあわせて、その方のアフィリエイトを通じてモノを買うようにするとか?やったっていいでしょ?
一人が自分の生活必需品を10000円くらいをネットでその人のブログを通じて買えば、10%の手数料として1000人で100万円か・・・少ないね。それでも応援にはなるよね。
そう思えばアフィリエイトも抵抗は無いと思うんだけどね。

有料のブログにするのも悪くは無いけれど、アフィリエイトに対する抵抗感を無くす事も大事な事だと思うんですよ、私はね。誰でもそうだと思うけど、キライな店からはモノは買わない。
好きな店で買ってその店が儲かってくれていつまでも存続してくれたらいいと思う。
それとブログアフィリも変わらない事だと思うのだ。好きなブログを通じて買う。
好きなブログを通じてどうせどこかで買うであろう必要なモノを買う。それだけの事だ。
それがチリも積もればで、月々のその方の本とかの資料代になったり、活動費にでもなれば読む方も書く方も、双方いい事だらけではないのでしょうかね?

世の中で金を儲ける事が悪いという風潮があり、それらが間違いだとは思いません。
確かに不法な事をして自分だけが儲かるようなやり方はキライです。ですからネットでもアフィリエイト専門のサイト等では決してクリックしないようにはしています。
要は金の廻り方なのです。正しく使ってくれそうな方に廻っていくのであれば有効だと思う。
私はブログにアフィリエイトを貼ることは決して悪い事じゃないと思うのですよ、だから。

選挙資金にしても、確かな人であれば、ネットを通じてカンパやアフィリエイトといった事まで考えていく事は前向きに考えた方が面白いと思うわけだ。
あ〜、スッキリした。世の中にはアフィリを貼るとなんだかなぁ〜って雰囲気があるのでいつか書きたかったのだ!(笑)


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今日は忙しい一日で、今帰ってきました^^ とりあえず形だけの更新の日です。

アクセス数がだんだん減っている。
ランキングも少しずつ落ちている。そんな今日この頃です(笑)
理由をちょっと考えてみる。

おそらく私が都知事選で右側に張っている浅野さんを応援するということからか?
仮に吉田氏を応援するといっても同じような現象になっていただろう。
それだけでも野党共闘とは難しいものだと思う。誰かを取れば誰かを失う。
上手にブログを書いていく為には、『無党派の中の無党派」のような文章を書いていくことがいいのだろう。誰を応援するのか、はっきりしないけど野党側を応援するという姿勢が世渡り上手な生き方かも知れないのかなぁとは思う。
あるいは、選挙があろうがなんだろうが特定アジアを叩いとけばいいのだろう(笑)

話はちょっと違うが藤原紀香の件にしても、決して個人の意思で石原の応援を望んでしたのではないだろう。何がしかのしがらみがあったからそうせざるを得なかったものだと思う。しかし、世間の評価は違う。「藤原紀香が・・・」となる。しかし。世の中はそういったしがらみで出来ている。生活を取るか、信念を取るか ということである。
私は藤原紀香だけを責めることも出来ないものだと思う。可哀想なものだ。

私がもし、しがらみ多い芸能人なんかだったとしたらやはり似たようなもんかもしれないとは思う。なかなか安定した生活を捨ててまで己の信念を通すことは難しいのが世の中のしくみだ。
子供がいたり、守る家族がいれば、当然そういった選択の中で「小さな妥協」を繰り返して生きていくのが普通の人間のあり方でもある。現実ね。

私のブログも今年になって、右より、左より、民主より、共産党より、あるいは自民よりも少しいるような幅広い読者層になった。ある意味自分でも面白いくらいに色々な層の人から読んで頂いていると思う。
ある意味、私のブログの一番の長所にもなっているかもしれない。
それだけ敷居の低いブログという気軽さが売りの^^;
しかし、それは支持されにくいという面もある。 誰かを取れば誰かを失う繰り返しを毎日しているようなもんだからね。
何でこうなったんだろう?(笑)>ぶれるからか(笑)

しかし、世の中はそういった様々な人たちで出来ているという事は間違いない。
その縮図がこのブログであるのならば嬉しいことだ。
共存共栄! これが世界のあり方だ。
色々な主義思想が混じり合っている中で生きていかなくてはいけないのが現実世界だ!

これからも右も左も上も下も、何ものにも捉われずに自由自在に生きていきたい。
・・・とここまで接待で酔っ払った私は連続更新記録の為に今日も頑張って書きました(笑)

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都知事選もあと実質3日。佳境に入ってきました。

<ドクター・中松氏>討論番組に出演させないテレビ朝日告訴 4月5日 毎日新聞
 テレビ朝日が東京都知事選候補の討論番組に自分を出演させず選挙の公正を害したとして、候補者のドクター・中松氏が4日、公職選挙法違反容疑の告訴状を警視庁に提出した。同氏は「事実をゆがめて放送するなど表現の自由を乱用して選挙の公正を害してはならない」と定めた同法に違反すると主張している。


テレ朝と4都知事候補らを告発=公選法違反で警視庁に−中松氏・統一地方選 4月4日 時事通信
 東京都知事選の立候補者による討論番組を放送したのは公選法に抵触するなどとして、ドクター・中松候補(78)が4日、同法違反の疑いで番組を作ったテレビ朝日などや、出演した石原慎太郎都知事(74)ら4候補に対する告発状を警視庁に提出した。
 中松候補によると、同社と担当プロデューサー2人は、1日午前の報道番組「サンデープロジェクト」で、石原知事ら4候補による討論を放送したが、これが公選法で規制されている選挙運動の放送や演説会に当たるという。
 石原知事ら4候補が番組内でマニフェストを紹介したことも、文書頒布に当たるとしている。

確かに石原、浅野、吉田、黒川の4人だけの構図ばかりではおかしな話ではある。ある意味TV局ですら公選法を十分に理解していないままにやっているわけだ。何故その4人しかメディアでは大きく扱わないのか?ネット検索では1位は外山恒一なのに。

ネット検索、外山氏首位 スポーツ報知
インターネット検索サイト最大手のヤフーは4日、「Yahoo! JAPAN」の検索ワード週計(3月26日〜4月1日)を発表し、都知事選の候補者名では、異色候補の外山恒一氏が単独トップに。過激かつユニークな政見放送が注目を集めた。ヤフーは「掲示板やブログ上で話題になり、動画サイトに映像が投稿されるなど、公職選挙法に違反する可能性もあり今後の課題になりそうです」と解説している。

4人に討論させたり、4人の選挙風景に時間を割いて、申し訳程度に「他にもこの方々が立候補しています」とテロップでも流せば公選法に触れないからと言ってもやはり、同じ供託金を払って選挙に臨んでいる候補者に対しては不公平ではある。大々的に流すなら、こういうニュースを流せばいいのだ。

慎太郎知事 ヤジにブチッ「うるさい、黙ってろ!」…8日都知事選 スポーツ報知
 石原慎太郎都知事(74)が4日、ついに爆発した。再開発計画を巡って物議を醸している下北沢の駅前で街頭に立ったが、開発反対派からの猛烈なヤジにヒートアップ。当初は柄にもなく?謙虚な姿勢を見せていたが、我慢も限界だったようだ。

 下北沢の駅前で「安心と安全」をテーマに「ここも救急車や消防車が入れるような開発をしないといけません」と再開発の必要を訴えていた石原氏。最初はヤジにも「黙って聞きなさいよ」といなしていたが、聴衆から「住民感情を排除している」などの声を浴びてついにキレた。

 「うるさい、黙ってろ!」と一喝。「(再開発について)いろんな意見を出してもらいたい。それを区長に取り次いでですね、当たり前の手順を踏んで、民主的にやるんだよ! 物事は多数決なんだから!」と怒りまくった。
<中略>
 演説後は、開発反対派と石原氏に同調する人たちが入り交じって一触即発に。土砂降りの中で「石原帰れ!」コールがこだましていた。

「帰れコール」だけを石原慎太郎関連のニュースの時にはTVも流せばいいのだ。意図的に印象操作するのはTVは得意なのだから。この間も浅野氏のどこかの演説を「政策は無い・・」という前置きの言葉と「それじゃいかんやろ!」というヤジだけを流していた。あれは半分ユーモアを交えた前置きで、そこから本題に入る話法だと私は思うが、それさえも部分的に切り取って報道すると、「無責任発言とヤジ」という印象操作があっという間に出来上がる。汚いもんだ。中松、浅野氏だけではなく、黒川氏も苦労しているようである。

黒川氏 妻・若尾文子との「銀恋」断念…8日都知事選 スポーツ報知
<前略>さらにニックネームとして名乗っている「下町のナポレオン」については、本家?の焼酎「いいちこ」を製造する社長から電話があり「宣伝をしてくれるのはいいが、石原派が飲まなくなったら困るから、あんまり言わないで」と懇願されたと明かした。
 だが、こうした奔放な発言がたたったのか警視庁から「この3日間が危ない」と物騒な連絡を受けたという。この日は銀座で購入したという防弾チョッキを着用して集会に臨んだ黒川氏。「都民のために命をささげたい」と話した。


現職以外は何かと不自由かつ、不公平感を味わいつついよいよ終盤に入ってきたわけだ。
私が応援している浅野氏に関してはこのブログを紹介したい。

〔緊急アピール〕
悲しみを背負い また走り出した男 都知事選出馬 浅野史郎氏へのオマージュ

そんな浅野さんに対するわたしの評価が変わったのは、彼が厚生省を辞め、文字通り無手勝流で、「宮城県知事選」に立候補したときのことだった。
 厚生省の「キャリア」を投げ捨て、からだひとつで立ち向かった浅野さん。

 わたしは彼を見直したのだ。再評価したのだ。仙台二高の同窓として、ひとりの人間として、浅野さんを見くびり、密かに蔑んでいた自分自身を自己批判したのである。

 都知事選への「出馬」が取り沙汰されていたころ、わたしは「出るんじゃない」と、浅野さんを説得したい思いに駆られた。
 宮城県知事としての「重責」を終え、ようやく家族そろった平安な日々に戻れたんじゃないですか、もう務めは果たしたでしょう、と。

 しかし、浅野さんは、にもかかわらず「家族と話しあって出馬を決めた」。
 それは、なぜか?

 それは、障害者福祉を人生のテーマとする浅野さんの義侠心のせいである。正義の心のせいである。
 浅野さんは真っ直ぐな人。意気に感じ、不正義に立ち向かう人なのだ。

 彼が宮城県知事選に名乗りを上げたのは、「宮城県知事」と「仙台市長」が「汚職」で同時逮捕される、ふるさとの汚辱を見過ごすことができなかったからだ。
 だから、無手勝つ流で、無謀な立候補を企てた。

 勝てるとわかっていたから出た……というのは、後だしジャンケンのアト知恵に過ぎない。
 浅野さんは「勝てない選挙に出て、勝った」のだ。

 週刊誌に早くも「浅野バッシング」が出ていると聞いて、さっそく目を通した。
 わたしが知る「事実」とは、違ったことが出ていた。悲しくなった。県知事と政令都市市長がダブルで逮捕される土地柄で、「政官の情報公開」に挑むことがどれほど大変なことか、週刊誌の編集部は、まったく知らない(知りたくもない)様子だった。

 週刊誌の記事のなかで浅野さんは「怒っています」とだけコメントしていた。
 ネガティブ・キャンペーンに対する、彼らしい、潔い「怒りのコメント」だった。

 わたしは仙台にいたころ、浅野さんの周辺を取材して、県知事に再選された彼の悲しみを知った。その事実をわたしは結局、活字にしなかった。

 浅野さんがそれを語らない以上、わたしのようなものに語る資格はないと思い定め、記事にしなかった。彼自身の悲しみであり、人生であり、他人の口出しすることではない。

 都知事選へ、浅野さんはまたも、真剣に考えた末、出馬を決心した。
 
 その彼に、権力への欲もなければ、傲慢さのカケラもないことは、彼を知る誰もが、肯くところである。

机の上の空 大沼安史の個人新聞


都民が誰を選ぶのか? メディアの情報だけに左右されずに、生きた1票を考えて入れて欲しいものである。少なくとも、誰とは言わないが選挙民に対して逆切れするような人間は、今の時代で人の上に立てる器ではないと私は思います。それが「行動力がある」とか「男らしい」なんて勘違いは不幸のはじまりである。

【候補者の公平性のために・・・】 ぬぬぬ?様より借用^^


この中にメディアに取り上げられた時間も記入した方がいいかもね。TV局別に。

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東京都知事選挙もいよいよ、最終展開として、浅野史郎VS吉田万三ということになってきたようですね。と私は勝手に思っています^^対抗として外山氏?(笑)世論調査は関係ない。
だって、どう考えたって現職のやってきた事ってあんまりな結果でしょ?
東京都民の方々はここを見て考えてみてください。立ち上がりたくなりませんか?
晴天とら日和:庶民も立ち上がるぞ!勝手連(1)+(2) 新銀行東京の段。
晴天とら日和:庶民も立ち上がるぞ!勝手連(3)オリンピックの段。
これが8年間の結果=事実=実績=なんじゃこりゃ? としてあるのです。

それを、毎日新聞の世論調査では「指導力」があるだの「強いリーダーシップ」だの「経歴や実績」「人柄やイメージ」「改革への意欲」という高い支持があるらしいのだから、今の世の中ってもうどうなってしまったのか私には信じられませんね。
未来を担う子供たちにしてみても、こういう事が、「リーダーの条件」なのかと思うことで、全く勘違いさせたまま成長させていいのでしょうかね?
私から言わせれば、「ゴネ得」=強いリーダー像しか浮かびません。
あるいは知り合いに、絶対に人に謝らないヤクザのような、傍若無人のお爺さんがいるって事で安心できるってところでしょうか?(笑)私はそんな知り合いとは付き合いませんが^^;

強いリーダーシップってなんだ? 人の話を聞かない事か?
偉そうにくっちゃべっているのがそうなのか? 
今時のまだ社会経験もない世間を知らない若造でも偉そうだぞ(笑)
謝らなくちゃいけない時に謝る事すら出来ない人間がそうなのか?
自分が車をぶつけても先に文句を言ってくるような人間がそうなのか?
「ゴネ得」 ここ最近、こういった人間が非常に増えてきたと思います。

文句を先に言ったもん勝ちみたいな世間の風潮。
言い切る事がカッコイイと勘違いする風潮。
人の話をさえぎり、聞かない事が男らしいという風潮。 全て間違ってます。
強いリーダーシップとは弱者の事を強く思いやれる人の事でしょう。
それ以外には私の中には強いリーダーシップ像は浮かびませんね。
 
私のブログのアクセス解析でも読者層は東京在住の方が一番多い。
1 東京都 3169 31.11%
2 大阪府 949 9.31%
3 神奈川県 604 5.93%
4 福岡県 473 4.64%   (3月度月間解析)

当然、ネット人口も、またそのネット比率もおそらく東京が日本一であろう。
その東京の結果は=ネットの今現在の力のバロメーターにもなりうる。
ネット上の声は届くのか?否か?届いてそして伝播していって欲しいものだ。

一人が5人に伝播すれば、9ステップ目で東京の人口、12ステップ目で日本の全人口を超えるという事なのです! 皆がちょっとだけ動けば何かが変わる!!
はじめの一歩:東京都知事選から全国の政治を変える!(転載)

ブログ上で声をあげる事も公選法をそんなに気にしなくても大丈夫なのです。

広島瀬戸内新聞ブログ版:檄文!自分から翼賛選挙にしてはだめだ!のびのび行こう!
みなさん。「投票してくれ」という記事でなければ、公職選挙法違反ではありません。一般的な政治評論ならたとえ、候補者の批判や褒め言葉であっても、違反ではありません。もし、それまで違反ならそれはそれこそ、はっきり言って、治安維持法と一緒です。

 1942年の「翼賛選挙」に、8日投票の都道府県知事・道府県議会選挙、政令指定都市市長選挙、市議選挙、22日投票の市町村長選挙、市町村議選挙、そして7月22日投票の参議院選挙をしてよいのですか?
 大きい組織や権力をバックにしている候補者が有利になる状況にして良いのですか?
 このままでは、本当に共謀罪などで、日本の民主主義が死亡しかねません。今のうちに「市民自ら翼賛選挙と同じ状態」にすることだけはしてはいけません。

参考ブログ :ネット時代の勝手連と公選法

今日と明日しか残されていませんが、何かやってみませんか?
誰か一人誘って選挙に行くだけでも、数人かに声をかけるだけでもいい。
今こそ、「吉田VS浅野」じゃない? 自分の信条のままに決めましょう。
そうして投票率が65%以上になれば可能性は広がります。
当選ラインは多くても250万票だと私は勝手に思っています。 
650万票以上集まれば・・・。 今こそ自公スルー作戦の開始です。

安倍晋三にしても石原慎太郎にしても60代以降の方々に支持されているという事だ。その年代以降の方々は選挙に行く比率も高い。だからこそチャンスはまだまだあるのである。
20歳から59歳の方々が選挙に参加すればするほど日本は変わる!

誰がいいか、悪いかではない。
誰が悪いか! ここが最初のポイントだ! という事で簡単に絞られるのだ^^
リーダーシップとは何なのか? 東京都民が選ぶリーダー像を信じたいものだ。
弱きを助け強きを挫く! これが良き時代のリーダー像だったし、私はそれが当たり前だと思っていた。それがこんな選択を問わなければいけない時代になってしまうなんて・・・・。

強者を守るリーダー像か、弱者を救うリーダー像か? 
答えは決まっているはずである。 後者の方がカッコイイじゃないですか。
漫画の世界でも前者はいないだろう(笑) 連載打ち切りは見えているからね。
東京はそんな本当の意味でカッコイイ街であって欲しい。

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昨日書こうかどうか迷った記事だがこんなニュースが片隅にあった。
読売社員が自宅で変死…後ろ手に手錠、口の中に靴下
総務省担当の記者との事だが、事件性は薄く事故扱いとなっている模様である。
記事を見た瞬間に思ったのはライブドアの野口さんの時のような気持ちである。
明らかにこれは事件でしょう?
室内から手錠などと関連した用具も多数あったとかでマニア?の事故のような扱いだったが・・・? 普通こんな状態での事故ってある?
何でもかんでも、すぐに何かに結びつけるのは安易で危険ではあるが、素人の私から見たら異様な事件である。詳しくは、この件について書いてくださっている灰色のベンチからを見て、読者の方が想像するのがいいかと思う。今の時点では私には何とも言えない。
そして安易に事故とも言いがたい気持ちはある。

さぁ、明日はいよいよ投票日! 私も朝イチで投票に行く。

今日で統一地方選の前半戦の選挙運動が終る。明日は投票日である。ほとんどの都道府県で選挙がある。選挙戦そのものがあまり面白いというか緊張感のない選挙というところも多いと思うが、それでも一票にはいろいろなメッセージがある。わが国の政治史上最悪の自公合体政権に打撃を与える一票の行使を考えて、それぞれの選挙区で投票されることを切望する。

それにしても今回も選挙期間中はWebサイトを更新してはならないとことの不都合さを痛感した。いまやほとんどの候補者がWebサイトをもっている。その内容はというと、いまひとつというものも多い。肝心な選挙期間中になると新しい記事をまったくみれないのであるから、その味気なさは一層大きくなる。総務省や各政党はこの問題にどう決着をつけようというのだろうか。この問題については、私は6年前から総務省の見解に大きな疑問をもっている。

公職選挙法142条・143条は、選挙運動用の「文書図画」(「ぶんしょとが」と読む)を規制している。そして、インターネットメールの発信やWebサイトの更新は、文書図画の“頒布”にあたると総務省選挙課では解釈している。本当にこの解釈で問題はないのだろうか。このように解釈する官僚は、インターネットというものを本当に知っているのだろか。疑問である。

永田町徒然草:pull と push 考

全く持って仰るとおりである。元、国政の一線におられた白川氏も疑問を持つ公選法。
そして上記の事件でも出た総務省の見解。まさか結びつくとは思わないが、参院選までにしかるべき前向きな解釈、もしくは改正をして頂きたいものである。
TVでも取り上げない、国会でも大きく問題にならない。
何故か?
TVはネットに脅威を感じて目の敵にしているからだ。自分らのだらしなさは放っておいて。
そして政治家はITを知らない(笑)怖いのだ。
政見放送がYou Tubeで流れるだろうというのはサルにでもわかる理屈である。
今頃になって削除要請をしている体たらくでは駄目だ。

この統一地方選前半戦が終れば、すぐに後半戦、そして福島、沖縄の参院補選だ。
今年の選挙は色々な意味で日本が変わる選挙になるだろう。
選挙に行けば日本は変わる可能性はある。行かなければ絶対に変わらない。
国政選挙ではないが明日の都知事選だけは別格だ。
自民党の落ちこぼれのようなチンタロウに任せていいのでしょうか??

選挙に行く人の数が増えれば増える分、日本は変われるだろう。
いい加減、変わらなくちゃ!! 都民の良識に、国民として1票入れときます!!
東京から日本が変わっていく事を期待しています!!!
老害を超えたチンタロウの引きつった作り笑顔はもう見たくない。
私はブログ右上に貼っている浅野史郎氏の笑顔の会見を明日の夜は見たい。
見させてくれるのは良識ある東京都民の方々次第である。



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投票に行ってきました。私の住む地域では、今日は知事選と県議選の投票だった。
ちなみに今まで選挙で私が投票をした候補者が当選した事は数回しかない。(笑)
死票とは言わないが、負ける方ばかりを応援してきた。当たりくじで言えばいつも「スカ」「ハズレ」を引いてきたようなものだ(笑)運は強い方なのだが^^;
結果、当選して欲しくない政党もしくは候補者による政治が行われ、日本、及び私の住む地域はよくなったのだろうか?良くなったのであれば、私の選択は間違いであったわけだ。
しかし今の日本の現状を思うに、私の選択の方が正しいとまでは言わないまでも、決して間違いでは無かった筈だとは思う。

えてして人は変化を好まない。 現状でそこそこの生活をしていれば、無理をしてまで改革は望まないものだ。 「変化(改革)」は「挑戦」だ!勇気もいる。未知への不安もある。
これ以上は悪くはならないだろうという安易な期待が現状を支持するという悪循環が蔓延する。それ以前にも民衆の政治に対する無関心がある。「誰が政治をしても一緒」という事で、数十年もかけて権力側から意図的に洗脳されてしまったわけである。
しかしここでちょっと考えて欲しい。
「誰が政治をしても一緒」という言葉が嘘である事を。
そこから庶民は国家(マスコミ含む)から騙されているのである。

日本は1955年以来、約50年間(短命細川政権時代は除くが)ず〜っと自民党が政権を握っているのである。私も生まれてからずっと自民党時代だし、選挙権を持っている、ほとんどの方がそうなのだ。そして今ではプラス公明党というフランスではカルト認定されている創価を支持母体に持つ宗教党までが一緒の最悪政権時代なのである。
「誰が政治をしても一緒」という言葉は、正しくは、今では
自民党(今では公明党も含む)政権では誰が政治をしても一緒」だ。
その方がわかりやすいのではなかろうか?
自民党以外の党に政権をしっかりと握らせた時代は無いではないか。

めまぐるしく価値観が変わる、この激動の戦後60年の時代を日本では「自民党」をずっと支持してきたわけなのである。国際的に見ても結構恥ずかしい事だと私は思う。
国民だけではなく、政治家も恥ずかしい。
何処の国の誰が考えてもその水は澱(よど)んで飲めたものではない。
汚いモノ同士が癒着しあった、庶民にはとても飲めない水なのだ。
「何とか還元水」ならぬ、「澱んで還元しない癒着水」とでも呼ぼうか(笑)

二大政党でも三中政党でも四小政党でもいい。政権は交代する方が望ましい。
その方が切磋琢磨するではないか?こんな当たり前の事が国レベルになるとわからない。
見よ!今の世襲政治家たちの群れを!一般社会の現状を知らない者たちが次から次へと悪臭漂う、悪習の政治の世界に浸りこんでしまっている現状を! 
一体今は何時代なのだ!??完全世襲時代である。

室町や、徳川幕府末期よりも酷い状態が今の民主主義とは名ばかりの政治の現状である。
政治家たち全体が腐った馴れ合いの幕府なのである。自公に限らず。
国民の方を向いている政治家はマスコミはあまり取り上げない。力も持たされない。
これではいつまで経ってもこの国は変わらない。益々酷くなるだろう。
政治家は「初代」に限る。
そうではないから家業を継いだ二世三世政治家達は自分らの生活の安定しか頭に無いのである。彼奴らは家業としての政治がまず最初にあるのだ。

今の安倍政権がそうだ。不祥事のレベルも情けないくらいだ。彼らにはもう庶民感覚の善悪の区別さえもつかないくらいの生ぬるい政治家という特権意識の中だけで息をしている生物なのである。腐臭漂う。 そんな者らが、国の根幹を為すような憲法や教育の問題まで手をつけている。これを「危険」といわず何というのだろうか?
誰の為の改正をやろうとしているのか? 国民(庶民)の為ではない。
自分らの安定の為である。 それが家業を継ぐ政治家だ。
国業ではないのだ! 志が。 自分ら身内だけが潤う家業のレベルなのだと思う。 
今の政治家の家という字は家業の家である。国家という家ではない。

なんだか話がまとまりがなくなってきたが(笑)今夜中には多くの地域で新しい政治家が誕生する。その結果は今の日本を象徴する結果になる。
その都知事選を始めとした結果で今の庶民らの現状認識もある程度判断できる。 
いい結果を期待したい。そして今年夏に行われる参院選への弾みにもしたいと思う。
自分だけがそこそこであれば現状を維持したいという「自分だけがよければ」という変化を好まない感覚は私は個人的にキライだ。そこには困っている人達のことやこれから困るであろう人達の事が含まれていないからだ。今こそ、まさに「庶民の力による変化」の時だと思う。

人は多くの人によって生かされている。一人では生きていけない。
それを忘れた民衆が支持する国家に真の意味での繁栄はないだろう。
せめて、自分の気持ち半分、困っている他人の気持ち半分で考えて1票投じて欲しい。
自分らだけがよければいい という結果が今の世の中の全てであるから・・・。
共存共栄とは弱者を中心に考えなくてはいけない言葉なのだ。
一部の得をする強者を中心の、あざ笑うかのような共存共栄はあり得ないのだと思う。
それはおこぼれを貰うだけのことである。そんな選択はしたくは無い。

自分の1票は投じた。
これでまた明日から、今夜の結果の如何を問わず諦めずに声をあげていける。




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昨日は見たくもない、年老いた老人のネズミ笑いを見せられてしまいましたね。
都民が選んだ結果です。それが東京の今現在の良識なのでしょう。
受け入れるしかありません。決して都民が○○だとは思いません。
これが仮に何処の地域でも同じような結果に今現在ではなるのでしょうから。
都知事選で言えば有権者10.419.204人のうち、有効投票数、5506266票で、投票率は54.35%。そのうち2811486票の51%が石原慎太郎に入ったのです。
約27%、4分の1の都民が石原慎太郎を選んだわけですね。
これが憲法改正に関わる国民投票だったら・・・・
と考えると怖いですね。たった27%の賛成で決まるんだから。

今回の13都道県知事選では多くの候補がマニフェストを掲げて選挙戦を繰り広げたが、知事選投票率の低下傾向の歯止めとならなかったとどこかに書いてありました。
公選法のプチ改正も意味は無かった。そりゃそうだろう。
東京都1000万人の有権者で言えばたったの3%、30万人の手元にしか行き渡らないマニフェストビラに何の効果があろうか?各地で演説をしたとしても一日10ヶ所で14日間やっても140箇所×1000人集まったとしても14万人ですぜ。よく見積もって44万人の人しか直接、間接的に政策やその候補者の事を知る機会は無いようなものですから。その他の人はTVや新聞だけでしょ?候補者を選ぶ情報は。それが公選法。

今回の都知事選にしても敗因の筆頭は現政権が変えようとしない公職選挙法が時代の流れに全く追いついていないという事なのだ。そもそも、候補者の触り程度の情報である政見放送にしたって、深夜や早朝に申し訳程度に流す程度では誰も見ないだろう。
私も福岡の知事選の各候補者の政見放送は見ていないし、演説も一度も聴いていない。
そして告示後の候補者同士の討論会や演説会も公選法では厳しく制限されているという事では盛り上がる筈がない。知事選で言えば4年間露出している見かけが派手な現職の方が有利に決まっている。そこから不公平なのに公選法では公平さを無理に演出している。

インターネットによる選挙応援にしても、選挙に金をかけないという点だけでも優れているのはわかっているのにいまだに実現されない。なんでもダウンロードして印刷したりすると紙代・インク代等もかかるし、パソコンやプリンターも必要とかで、実際はかなりの費用がかかるからとして「公平性」に疑問があるとか言っている政治家もいるそうである。
全く持って時代遅れな、そして馬鹿な与党政治家である。信じられない話だ。

いかに選挙民に政治に関心を持たせないようにするか!!
それしか与党政治家達は考えていないのである。
昨日の早すぎる当確速報にしてもそうだ。
あんなに早く当確を出して喜び、得をするのは誰だ?
少なくとも普通の国民の間では誰も喜ばないだろう。
それ以降チャンネルを変えられるのが関の山だ。私もすぐに画面を消した。

あれが逆に、投票が競ってどちらが受かるかわからなければどうだろう。
自分の1票の行方が当落を左右するような気持ちにもなり政治に関心を持たないだろうか。
出口調査などの数字の集計で勝手に当確を出す意味がわからない。
42.195キロのマラソンの最初の100メートル程度走ったくらいで優勝者を決めるようなレースを誰が興味・関心を持って見るだろうか?普通、世間ではそれを出来レースという。
結局自分の1票は出口調査で決められている価値程度しかないと演出されているわけだ。
自分の1票がレース開始後すぐに瞬殺される身にもなってみろ。TV局は。
その瞬間から関心は無くなる。結局何をしても一緒という無力感だけをプレゼントされて。

今後、出口調査は公選法によって規制されるべきである。するな!
政治に関心を持たない人を増やすだけの効果しかないだろう、あれは。

そうやって公選法は、普通の国民に対して、如何に今後も政治に興味関心を持たせないようにするかを考えながら作られていくのだろう。
そこから声をあげていかないといつまで経っても権力とマスコミが手を結んだ今の政治に対しての「国民無関心製造体制」には勝つことは出来ないのである。

最後に今回の選挙で学んだ事。
反権力側である、左派及びリベラル側は武士魂なのである。潔く義の為に真っ直ぐである。
そして権力、与党応援側は、(悪徳)商人魂なのである。勝つ(儲かる)為には何でもあり。
武士魂は純粋すぎて何かと制約が多すぎるのである!
悪徳商人魂は利の為には何でもアリだ。
武士が悪徳商人に勝つためにはどうしたらいいのか? 半商武士作戦か?
そこらあたりから考えていかないと、刀(言葉)さえ取り上げられていくだろう。
まして切腹はイヤじゃ(笑) 
切腹せずに、勝つ為にどうしたらいいかを考えていきたいですね。

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統一地方選前半戦のまとめとしてTB頂いたブログやお気に入りのブログの中からいくつかご紹介します。お時間がある方はそれぞれ読み比べてみてください^^ 
ちなみに私が昨日書いたような「武士道魂と悪徳商人魂」のような抽象的な内容とは違い、色々な角度から検証されているブログばかりです。勉強になりますよ〜〜〜!
夢想飛行−伝統的保守へ : 統一地方選挙のまとめ

広島瀬戸内新聞ブログ版 : 都道府県議選、自民党敗北、女性議員は中国地方では増加

棒に怒る日本人 : 痴呆選挙とエクソダス?

草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN : 「ノンポリ」栄え、国滅ぶ−石原都知事信任

復活!三輪のレッドアラート! : 今回の前哨戦について

最後に5部作で「結果を受け入れざるを得ない民主主義の弱点攻撃」という表題でまとめてくださった ぬぬぬ?のインターセプターさんのブログです。
【1】 異常に早期化する"当確"選挙速報とシナリオ掴んだ記者たちの我慢汁
【2】 「そういうことになってますから」の世の中のシナリオ書きの反復練習 
【3】 「横田めぐみが帰ってくる」衆院解散同日選挙と"安倍改憲翼賛体制"の確立 
【4】 結果と数字の目晦まし、新手のセコー戦術は世論偽装のクリックスクラム 
【5】 「あきらめてもらうシナリオ」への最大のレジスタンスは「あきらめてやんないこと」


もちろん他にも多数の素晴らしいブログがありますので、今回の選挙で少しでも政治に興味、関心を持たれたり、もっと知りたいと思われる方は以下のリンク先から、ノンビリと政治ネットサーフィンをしてみてください^^
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さて、上記のブログの数々を見て頂いたらわかるように様々な考え方が世の中にはあるわけです。それこそ右や左や保守や革新や上や下や?の考え方が政治に関してはあるわけです。それは政治に限らずなんでもそうでしょう。そういった様々な考え方がぶつかる事で民主主義は発展していくものと私は思っています。「これが絶対真理だ!」は無い。
日々流動していく世界の中で、それはありえない事だと思います。
「100:0」は無いのです。「どちらの考えも一理ある」が正解に近いと思います。
ある意味片方の暴走のブレーキ役として相反して必要なのです。

だから拒絶してはならないと私は思うのです。世の中が「100:0」になるよりはそれは絶対に健全な事だと思うからです。必ずしも黒か白かだけではないのが世の中の仕組みです。
光の三原色 で言えば、赤と緑と青の3つから全ての色が作り出せます。
そういった色々な色の方々がいるからこそ、世の中は面白く果てしない。
ちなみに、すべて混ぜれば「白」になるのが光の三原色だそうです。
ふと思いましたが、私は「白」になりたいかも?(笑) 要するに世の中が「黒」一色でもおかしいし、「赤」一色でも怖いとかいう事です。当たり前ですけどね^^;

そういった世の中で、私たちは日々生活しているわけです。
また否が応でも平和に、そして無駄なトラブルも無く生活していく為には、色の違い程度で争いを起こしたりはしないという分別はリアル社会では当たり前の処世術なのです。
ですからそれが犯罪とかに絡むものでなく、真っ当な意見であるのならば主義や思想が違っても、ある程度は受け入れて生きていくということが自然な、それこそ「普通の感覚の人」であるといえるのではないかと私は思うわけです。

「普通の人」 これが所謂、今回の選挙で与野党がさんざん取り込もうとした無党派層(政党支持なし層)と呼ばれる方々の多数を占めるのではないかと思います。
その「普通の人」たちの中には私なんかよりも政治に詳しい方々も大勢いると思います。
決してB層(ジミン命名)等と呼ばれている方々ばかりではない。少なくとも「普通の人」は選挙に行く人が多いと思う。何故って? 選挙に行く事は「普通」のことだからだ。

「普通の人」は左右に捉われない。「世の中に絶対は無いぞ」と思ってらっしゃる方たち。あるいは「騙されないぞ精神」がある人たち。右の意見も左の意見もとりあえず一歩引いて聞く人。どちらの情報も仕入れて自分が、より納得した方にその場その場で決断していく人たち。世の中の生きていくうえで当たり前の感覚で決断していく人たち。
それが「普通の人」達だと私は思います。

さて、ブログを書いている自分を振り返って考えてみる。「普通の人」か? と。
この一年間、安倍晋三の悪口とかこの頃では石原慎太郎の悪口ばかり書いていましたが(笑)これは普通か?と。 私の場合は言葉遊びが好きなのでチンゾウとかチンタロウとかまで書いて、批判していた自分を振り返ってみる。
「普通」から少し離れていたのかも知れないなぁ〜、なんて一人思う。

片方の主義・思想を一方的に叩く事。これは否定はしない。
絶対反対だという意思表明は大事である。要は伝え方、訴え方、書き方なのだろう。
「普通の人」たちにしっかりと伝わる言葉で書いているかどうかが大事だと思うのである。
訴え方、書き方を失敗すれば、それは一方的な独りよがりの一色の色の考え方になる。おまけに自分に酔って書いてしまえば仲間内だけで受けるだけで部外者から見れば「なんじゃこりゃ?」的な訴えになってはいないかと自問自答していく事も今後大事ではないでしょうか。

熱くなればなればなるほどその温度差は「普通の人」たちとかけ離れていく事もある。
だからといって冷めた文章を書けばいいわけでない。
大事な事は丁度いい湯加減で訴えていく事か? と、まとめようとしてみる(笑)

普通の人たち
これはネット上でも多数派の方々である。
政治ブログを書いたり読んだりしている人達は、ネット界ではまだまだ少数派なのだ。
やるべき事、創意工夫することは、まだまだ十分ある という事である。
多数派である「普通の人たち」が普通に、そして自然に、政治や世の中の仕組みなんかに興味や関心を少しでも持ってもらうようにする事もこれから、こういったブログを続けていく上で、大事な事ではないかと今回の選挙を通じて考えてみました。

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あまり人のブログのことでどうたらこうたら言うのは控えようとは思っているのだが、自分の関わったことも書かれていたら書きたくもなる。かといって人のコメント欄に書くのは苦手だし、どうせ長くなるから自分のエントリで書いてみる。

理解に苦しんだのは、反新自由主義・護憲を掲げながら、積極的に史郎クンを応援してたブロガーの存在である。史郎クンは、護憲候補じゃないだろう。僕にとって史郎クンの価値は、慎太郎クンに勝てるか!?
この一点だけであった。その可能性がないと見定めたとき、
僕にとって史郎クンは、ただのイヤな奴となった。
選挙公報に掲載された、史郎クンのメッセージである。

「生きる力が最も弱い人」。これが、史郎クンと史郎クンを応援する「市民」の障害者に対する「善意」である。いい気なもんだぜ。ったく。この表現の奇怪醜悪に比べたら、慎太郎クンのババァ発言のほうが、「よりマシ」ってもんだろう。

大映映画「座頭市」シリーズに、こんな台詞がある。
「あっしゃあねえ、『めくら』だの『ドめくら』だのといくら言われたって、構やしません。その通りなんすから。でもね、『めくらの分際で』とか、『ドめくらのくせしやがって』なんて言う奴ァ、許しちゃおけねんだ!」。

史郎クンと史郎クン応援団の人たちは、弱者ってゆうか、人の気持ちが、てんで分かっちゃねえ。それで「庶民も立ち上がるぞ」ってんだから、恐れ入谷の鬼子母神。その鈍感力は、致命的だろう。そんな似非ヒューマニズムで、慎太郎ファシズムに勝てるとお思いか。もちっと、しゃんとしようぜ。
BLOG BLUES:石原三選の戦犯は民主党

それに対してはじめの一歩さんがエントリを立ち上げられた。BLOG BLUESさんへ
そしてそのコメント欄にてBLOG BLUESさんは喜八さんを酷い言葉で批判している。
BLOG BLUESさん曰く「文は人なり」だそうだ。そうか?私は少し違う。
「文も人の一部である」だと思う。それが弱者にも気を使ったやさしい言葉であろう。
私にはBLOG BLUESさんが何が言いたいのか正直よくわからなかったというのが本音だ。

浅野史郎氏を応援するものを罵倒し、人のブログでコメントを入れている人を批判し、自分の信念を語る。そこに何が生まれるのでしょうか?
浅野氏を応援していた人の中に弱者は一人もいなかったのかな?
これが私がよく思う「左」の崩壊の姿だ。
左的な方々にありがちな何の益にもならない「強い思い込み」を見た気がする。
そこには「分裂」というカッコイイ姿があるだけだ・・。「思い込み」という。

今回の選挙にしても、私が偉いと思うのは、たらたらと持論を展開したり、ああでもないこうでもないとブログで室内に閉じこもって文字を打ってた人ではない。現場に出かけて、吉田陣営でもいい、浅野陣営でもいい、そこで汗を流して頑張った人の方が偉いのは誰にでもわかること。もちろん私のブログなんて、そういった方々に比べたら何の価値も無いくらいと思うくらいである。結果はどうであれ知行合一を実践した人が偉いと私は思う。現場に出ないとわからないことがある。 そこには文字だけでは伝えきれないものが多数散らばっている筈だ。
「文字は人なり」だけでは論ぜられない。文字は無くとも人は人を見抜ける力がある。

選挙が終わった後にまで、こういった発言をする事はどうなのか?
私にはまったく、その意義がわからない。頑張って応援した人を批判できるくらい自分は偉いのか?自分だけが弱者や人の気持ちをわかっているのか?
文面を見るだけではまったく垣間見えません。文は人ではないのか?
個人的にいえば、私は喜八さんを敬愛しています。何度か頂いたメールやコメントだけでもそのやさしさは感じています。決して「似非」では無い事は「文」でも感じています。
その敬愛している人を罵倒されて、気分がいい訳はありません。もし私が喜八さんの立場だったらと考えることがBLOG BLUESさんが言う「人の気持ちがわかる」って事でしょう。

そういう意味でBLOG BLUESさんの今回のエントリ、及び、コメントに関しては全く同意できません。しかし、こうやって考えさせてくれる時間を作って下さったことには感謝しております。世の中には無駄なものはない。
しかし、このことで議論に加わる気持ちは私には一切無い。
それこそいつものパターンではないか。左派同士がケンケンガクガク。
昨日書いた「普通の人」を無視した、表現は悪いがブログ遊びなのである。
願わくば、いい方向で終結して欲しいと思います。そうなると思いますが・・・。

「生きる力が最も弱い人」 私は好きな表現だ。
この言葉をどう受け取るかは人それぞれである。
それを第一に考え、素直に共鳴する人もいれば拒否反応を示す方もいる。
その人の立場や境遇や思想で人それぞれに180度受け取り方は違うものだ。

文字は文字なりである。 ただそれだけのことである。
自分が嫌いな人から言われた「付き合ってください」と
自分が好きな人から言われた「付き合ってください」は、同じ言葉でも微妙に違うのだ。(笑)

今回、浅野氏、吉田氏他の方をボランティアで応援された方々には改めてお疲れ様でした。
私は貴方方こそ、本当の「文は人なり」を実践されたブロガーだと思います。


【追記】

言ノ葉工房の るかさんのブログ
国民投票法案強行採決 & 石原さん弱い人間でも生きていていいですか。



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国民投票法案がいよいよ、今夕にも採決されそうである。しかし、TVなどを見ても取り上げてはいたが、軽い。扱いが。一体どれくらいの方々が国民投票法案について知っているのだろうか?ある意味ネットだけのような気もするくらい、伝わっていない現状ですね。
結局、与党単独で採決になるのだろう。鈍感力さえあれば何でも通る現国会である。しかし諦める事はない。例えば私の愛読してる白川氏と天木氏が同じような事を書いている。

自民党などが意図する憲法改正に反対の立場にある者がいましなければならないことは、彼らの憲法改正案が衆議院と参議院で3分の2の賛成で可決されないように努力することだと私は思っている。そしてそれはそんなに難しいことだとは思っていない。
永田町徒然草 :国民投票法案について

最後に、やはりなんと言っても、国民投票法はあくまでも手続法であって、それに基づいて実際に国民投票が行われる事との間には、天と地ほどの隔たりがあるという事である。政府がどのように改憲に有利な手続法をつくり、その後にあらゆる情報操作をしてみたところで、国民に改憲の決断をさせるということは容易な事ではない。
天木直人のブログ:国民投票法案の強行採決を前にして

詳しくは、上記の白川氏と天木氏のブログを両方ともご覧頂きたい。まだまだ先は長いし、諦める必要も何も無い。そういうことだ。時間はかかるかもしれないが希望は十分にあるわけだ。そういった意味でも今夏の参院選そして22日に行われる福島、沖縄の参院補選は大事な闘いとなっていく訳である。参院選で勝利して安倍政権にNO!と突きつけるのだ! 
闘うための準備を、野党あるいは反自公応援者たちは考えなくてはいけないわけである。

さて、闘いに行く為に手ぶらで何の戦略も無しに行く人はいないだろう。
しかし、現実は手ぶらの人が多いのが反与党側の人々ではないだろうか?
それも個々が連帯していないブラブラだ(笑)あるいは反目しあうブラブラだったりする。
与党にあって、反与党に無いもの。 少しこれを考えてみてください。
それは「したたかさ」であったり、人によっては「汚さ」という人もいるだろう。そして究極は「勝つためには何でもアリ」という「権力」に対しての貪欲さであるのではないかと思うわけだ。
そこから考えて、したたかな与党=自公政権と闘う準備をしないと、いくら崇高な理念を持ってしても参院選の勝利はかなり厳しいものになる筈だ。

弱いものがしてはいけないこと。
『相手の土俵に乗って闘うこと』 を筆頭にあげたいと思う。
以前、復活!三輪のレッドアラート!の三輪耀山さんにこんなコメントを頂いた事がある。

ぶいっちゃん様。
少し提案があります。貴方にもその他の方にもですが。

少し方向性を変換して頂けませんか?
今年については平和憲法云々にあまり拘らない方が良いと思うのです。
現在の安倍内閣の政策ですが、はっきり言って国民の生活を破壊する悪政です。
その方向をクローズアップした方が、戦い方としてはまともになると思うのですがね?

言わせて頂きます。これだけは忘れないで下さい。
「改憲をクローズアップする戦い」とは、とりもなおさず「安倍政権の土俵での戦い」です。
大事な事はそんな事には無い。
私が小泉政権に反旗を翻したのは、小泉政権が国民の生活と安全、日本国の積み重ねて来た国民の権利を蹂躙しようとする意図を見抜いたからです。
はっきり言いますが、貴方達も、威勢の良いだけのネット右翼達も政権批判やら政権肯定やらの方向を間違えています。

私は貴方がたに共闘を申し出たい。

けれど、こう言う国民の生活に取って枝葉末節の部分に飽くまで拘るのなら無理だ。
私は小泉内閣の時代から、何年にも渡って自殺を強いられてきた、困窮している国民を哀れだと思う。
彼等を守ってあげられなくて悲しい、悔しいと思う。
だから敢えて反体制派となった。

けれど、貴方がたが安倍政権擁護派とベクトルは正反対でも、絶対値では同じ方向性しか見れない、改憲馬鹿に正対する平和馬鹿ならそこまでと見限るしかない。

何が大事なのか?それは今この瞬間にも日本国から兵糧攻めを受けている日本国民なのではないか?
そのことをもっと重要視して欲しい。

平和憲法とやらを守りたいならば参院選に勝つ事だ。
その為には安倍政権の馬鹿ぶりを天下に知らしめる事が大切ではないか?
ぶっちゃけて言う。私達が残業代ゼロ法案に反対記事をあげているのを傍観して、平和平和と安倍支持派と逆の事を叫びながら遊んでいるのはそろそろやめて頂きたいのだ。

それよりも国民の生活の破壊に対する反対意見を皆に聞かせてあげて欲しいのだ。
安倍政権を本当に倒したいのならば、理念ではなく、今後あるべき善政への期待こそが効果的なのだと思う。
その事を理解して頂きたい。
もう、右翼も左翼も理念的なのに私はほとほと疲れて来ている。
情けなくて仕方が無い。目を覚まして欲しい。
 

私の中ではこれは「直江状」ならぬ「三輪状」という位置づけで私の頭から離れない。
保守の三輪さんが言葉を抑えてではあるが、私のようなブログを通して「共闘」を申し出てくださったのである。これは私がブログをやっていて正直、一番の衝撃であった。心にも響いた。
共闘は左からではなく右方面から来たのだから・・・。
もちろん全ての考えが一致しないという事は当たり前ではあるが、ここに「共闘」の本質的な意味合いがあるのだと思う。今の時代で必要な真の共闘の意味が。

そして三輪さんも書いておられる「安倍政権の土俵での戦い」。
これは取りも直さず、非権力側の弱点にもなる可能性が大なのである。
自分の信じるものの為に乗らざるを得なくなる時もあるのはわかる。
しかし、そこは敵の土俵なのである。
どこで闘おうが信念は変わらないのだ!みたいな闘い方も潔しである。
しかし、勝てないだろう、それでは。えてして左派にはこの手の闘い方が多いように思う。
そしてその「義」に同調する方も多い。
あえて言う。それは弱者の為の戦いではない。 自分の為の闘いなのだ と。

国民投票法案や、憲法改正の話をするな ではない。
敵の土俵に乗るな という事である。 その土俵の名前は「策略」かもしれない。「正義」かもしれない。あるいは「分断」という名の土俵かもしれないのだ。共産と民主が互いに批判しあう事も相手の土俵に無意識に乗っているようなものだ。互いの「正義」という「義」を利用された土俵かもしれないわけだ。 こんな事を書かずとも皆、気づいているだろうが、あえて書いた。 それぞれの土俵の進行役に味方のふりをした敵側が一人でもいれば、その土俵の行き着く先はある程度見えているからだ。

団結、連帯は難しいが、分断はある意味簡単だ。
外からも内からも、あっけなく、もろくも崩れていく・・・。
私がブログを、ふと辞めたくなるのはそんな時なのだ。
 
現政権に異議を唱える人たちで揺ぎ無い土俵を作りましょう。
その名も共闘土俵です。
もちろん土俵に乗らないゲリラ的な闘いもアリだと思う。
しかし、土俵は自分たち(生活弱者を含む)で作った土俵で闘いませんか?
私は、来る参院選に勝利する為にも、こちら側の土俵の準備が大事だと思います。

それは大変な事だとは思います。土俵上の細かなルールをあげればきりがありません。
でももうそろそろ出来る筈です。機はそろそろ熟してきたのではないでしょうか?
それくらいブログ(ネット)上のレベルは上がってきていると思っています、私は。
頑張りましょう!! それぞれの共闘という名の土俵で^^

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とりあえず昨日の不愉快な出来事を記録しておこう。
在日米軍再編への協力度合いに応じて地方自治体に交付金を支給する事を柱とした米軍再編推進法案が可決、そして国民投票法案は与党の目論見通りに採決されてしまった。

国民投票法案採決、野党が反発 辻元氏「角も牙も出た」2007年04月13日asahi.com
 国民投票法案の衆院委員会可決について安倍首相は12日、首相官邸で記者団に「相当長い議論、深い議論をしてきたと思います。その結果いよいよ採決をするときが来たのだろうと思います」と期待感を示した。

 中山太郎・衆院憲法調査特別委員長も「混乱の中で採決をしたことは残念だが、国民の手に主権が確立されるとの観点から、これで正しかったと思う」と強調した。
 公明党の赤松正雄・同委理事は「常に選挙もあるし、常に戦時だ。戦後60年間、決められていなかった手続き法を出来るだけ早い時に決めなきゃならない」と述べた。

 一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は「将来、憲法改正が現実となった時、今回の手続き法で強行採決されたことが何らかの汚点として残るのではないかと心配している。強硬姿勢に転じることで安倍政権の評価が上がると錯覚しているのではないか」と批判した。

 共産党の志位委員長は「ほとんど質疑を抜きに大変な悪法が委員会で強行(採決)された。この罪は非常に深い。9条を変え、海外で戦争をする国をつくることが憲法改定の目的だが、真っ当な国民投票では到底勝ち目がないと、こういう仕掛けを作っている。参院で必ず廃案に追い込む」。
 同委の委員の社民党の辻元清美氏は「安倍首相のタカのツメだけではなく、角も牙も出てきた。憲法を総理大臣が私物化している」と批判した。
 (太赤字は私)

こうなる事は教育基本法改正の強行採決の時から想像は出来た。
計画通りに安倍晋三は動いているだけだ。太字にした部分なんて嘘八百な話ではある。
結果、記録としてこのような言葉だけが電波として流され、何も知らない国民は「偉い政治家さん達が一生懸命議論して語りつくして、我々国民の為に、国民主権とやらの為に頑張ってくれた」と勘違いする人もいるのだろう。そんな国家運営の小泉以降安倍政権時代に生きている皆さん、まだこれでも政治家を信じて任せて暢気に生きてていいですか?

知っている人が知らない人に、わかりやすく伝えていくだけで日本は変わっていけるのです。知らないからTVで流される言葉だけを信じて「オラには何もわからねぇ、頭のいい人たちに任せるべぇ」になってしまう。しかし、本当の意味での頭のいい人達は政治家にはもういないのですよ。党議拘束という、「安倍が右向けと言ったら全員右向くような」頭数だけの頭しか持っていないような人しかいないのですよ。言い過ぎ?(笑)
安倍が右向けで与党政治家全て右向く、そして政治家を信じる素直な国民も、声をあげている人も右向きにされていく。 恐ろしいこってす。

とりあえず国民投票法案の危険性について知らない人がまだまだいると思いますのでメールでも何でもいいですから教えてあげましょうよ。
「こんな事言わなくても知ってるやろ?」とか面倒くさいとか思わずに知っている人達は知らない人たちに伝える事が大切です。それが共闘。  自分の口や文字で伝えるのが苦手だったら、例えばこういった動画を教えてやるだけでもいいんです。

弁護士、猿田佐世が解説する国民投票法の問題点

私が政治関連のブログやサイトを見ていて、たまに不満に思うのは、高所から書いている感がするものが意外にまだまだ多い事。勿論意識してそう書いているのではなくとも、「こんな事は知ってて当たり前だからあえて説明はしない」や「これくらいの事は勉強してから質問しなさい」的な、または「人に聞く前に政治の基本位は勉強してから読んで下さい」のような。
そうして政治知識が少ない人に対して敷居を作る。更には選挙で負ければそういった「B層(ジミン命名)のせいで・・・」と書いて非難したりする。これはおかしいと思うのである。

その方々の場合で言えば、原因はわかっているではないか?ジミン命名のB層だって事が。
もちろんそれだけが選挙で負けた理由ではないのだが。
その嫌な言葉であるジミンが影で言う「B層」と舐められている方々に、どうにかして、ちゃんとした情報を伝えてやればいいだけの話ではないか? 
本当の情報をわかりやすく伝えて手助けしてやればいいのに、助けてもらいたければ、それなりの最低限の知識を自分で得たら、助けてやってもいいよ的な姿勢なのである。
ちょっと極端な言い回しになったが、そんな気がよくします。

政治ブログや時事を扱うブログにコメントを入れる事は非常に難しいことだ。
「普通の人」は一歩、引いてしまうこともあると思う。と書くとコメントくださる方は普通では無い人になるか(笑)失礼しました。ちょっと違いますね。それくらいコメントって普通難しい。
だからコメントは入れない方々の方が多いのである。
しかし、そのアクセスの数だけ読みにきてくれている方々は多いのである。
声なき声の読者は多いのである。書き手は読者を選べない。
難しい文章や政治用語の意味を知りたければ自分で勉強しなさい、理解出来るようになってから読みに来なさい的なやり方では勿体無いと私は思うのである。
(これはあくまで、選挙の敗因が「B層」だとか書いてるサイトの場合です。難しいブログがいけないという事ではありません^^ 念のため)

私は自分の力(政治に関して)を客観視するに、大したものではないと自覚しているだけに、自分も普段使わないような政治用語を書いたりする時には極力「リンク」や「引用」をしたりして解説するように心がけてはいる。例えば党議拘束 と。これだけでもいいと思う。簡単だ。
そんなリンクや引用なんかしなくったって自分で調べさせればいいじゃないかと思われる方も多いだろうが、その検索さえ上手に出来ない人もまだまだ多いと思うし、また、それが政治的弱者(ネット弱者?)の一部だとも思うわけなのです。

社会的弱者の為にとか、生活弱者の為にとか、あるいはネット弱者、情報弱者を考える事ってこういうことからだと思うわけです。私の友人知人でもネットの使い方や検索のしかたさえ満足に知らない人間はまだまだ多いです。
そういった方々が情報難民でもあり、ジミン命名のB層扱いにもされる比率は高いものだと思います。 弱者と書くと語弊がありますが、政治の事や、情報収集や、ネットの扱いなどが苦手な方々の手助けをする事も大事な事だと思うわけです。

自分が知っていて当たり前だと思っている事は、他の人は知らないかもしれない。
そう思うことから他者の悩みも痛みもわかるようになっていくと思います。
そうして知らない事を皆が知るようになった時に世の中は変わっていくと思うのです。
知っているから偉いのではない。それを多くの人に伝えられる人が偉いと私は思う。

ひとりがひとりに伝えていく繰り返し これがやはり大事なことだ。
私はそういった意味で、政治や世の中の情報などを、よく知っている人と、あまり知らない人がリンクして助け合うことも共闘だと思うのです。

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自公政権の土俵に乗って闘う必要は無いが知っておかなくてはいけない事は色々とある。
憲法改正の手続法である国民投票法にしても本来は、法によって決まっている事なので、
ことさら反対したり騒いだりする必要は無いのである。60年も経てばどこかしら改正しなくてはいけない事は公職選挙法と同じようにあってもおかしくは無い。
大事な事は「何のために変えるのか?」「誰の為に変えるのか?」という事を国民主権の元、まともな政治家がごく、まともに論議してくれて、ある程度の国民の納得の元で、しっかりと進めてくれればいいだけのことである。しかし である。

とりあえずガスパーチョ:07年統一地方選自滅党ポスター その2:軍需に活力
※ガスパーチョさん、ありがとうございます。お借りしました。
 
しかし、その「長」たる責任者が、一番マトモではない論理思考の否国民の安倍晋三だから、全てが危険で愚かで信用ならないので反対したくなるのだ。またその法もいい加減なまま。

<<国民投票法案の主要な問題点>>
・投票年齢を18歳に引き下げる。義務と責任の問題。(民主党の要望)⇒20歳で維持すべき
・公務員の運動制限違反に刑事罰をもうけない。(官労組と癒着している民主党の要望、民主党は制限規定でさえ撤廃を要望している。)⇒刑事罰規定を設ける
・最低賛成者数の規定が無い(自民、公明、民主の合意事項)⇒賛成者が過半数且つ有権者の40%以上とする⇒国民的議論が必要不可欠になる
・白票を無効票にし、母集団に加えない。⇒白票の有効化
・関連項目ごとの賛否投票であり、民意の反映が十分になされない。⇒条文ごとに投票
・憲法以外の国民投票を可能にするか(民主党の要望)⇒不可(過去にエントリー参照)

夢想飛行−伝統的保守へ:憲法改正の行方−国民投票法案可決へ


夢想飛行の四季桜さんが国民投票法の主な問題点をわかりやすくしてくれた。
この頃思うのだが、保守とは何?って。私自身、自分のスタンスがいまだにわからない位置にいると思っている。この頃よく私が書いている「普通の人」という方々もそうだが、保守か、革新か?って定義についてはあまり考えた事は無い方々も多いものだと思う。
私自身、保守的な部分も微妙に持っている部分もあれば、革新的な発想も多分にあると思っている。一言で言えば、「中途半端な男」なのであろう(笑) ちょっとお勉強してみる。

8、「方法論・手段・技術としての保守」は伝統主義ではない
本来、保守思想とは英国の体制擁護イデオロギーであった。保守の反対は革新であるが、よく考えるとこれを「右vs左」の構図にはめるのは適切でない。なんとなれば、革新が「動・変」でそこに動きのベクトルがあるとすれば、保守は「不動・不変・現状維持」であって動きとしてはゼロ点におくことができる。「動きのベクトル」を「革新」とよぶのは、変化すれば新しくなると思い込んでいるからだが、変化には「新しくなる」ことばかりではない。変化には今を否定して「昔にもどす、古くなる」こともある。これを保守とは呼べない。復古主義は単なる革新よりも一層過激でありうるからだ。保守とは逆向きの二つの変化のベクトル(革新派と復古派)の中間にあって現状維持を唱える、つまり中道なのである。たとえば戦後を否定し戦前回帰を唱えるのは、復古派であって保守ではあり得ないだろう。戦後を肯定擁護する者が保守のはずである。

ふむふむ。こういう意味で言うと、私は保守にも近いのかな?とも思う。この勉強はまた時間がある時にでもじっくりと自分を見つめなおしてみよう。 しかし、どちらにしても私は私だ。
こうやってブログを書いてみてよかった事の最大は、自分と全く違う考えの方々と多く触れ合う事ができたという事だ。以前、ぬぬぬ?さんのブログで「意見が異なっても『筋のいい人』は大勢いる」という一文を見た時にそれまでリトル悩んでいた事がパっと晴れた事がある。

今では毎日政治の事ばかり書いているけど、最初の頃はそんな気はサラサラなかった。そして書き出してから暫くすると自然発生的に左派・リベラル系の方々との交流が多くなった。
私の考え方が自然にそういった交流を作っていったものだと思われる。
唯一このブログの存在を教えている「完全保守系(笑)」の友人に言われたもんだ。「あんた、バリバリの左やねぇ〜!」と(笑)言われて自分のブログスタンスみたいなものに気がつくくらい何も考えずに書いていたもんだ。
無意識に書いている頃は気にもしていなかったが、ゲストさんが増える度に意識しだす。

そしてだんだんとジレンマが出てくるようになった。
思った事が書きにくくなるという悪循環に陥ってしまうのであった。
半年ほど前に天皇の話を書いた時くらいかな?一番わかりやすかったのは。普段、気楽にコメントしあう間柄の方でも、考えが全く違っていたからだ。それからは「これをこういう風に書くと顰蹙を買うだろうなぁ」とか思いながら意識して書いてましたね。
もちろん、だからといって自分に嘘をついてまで書いた事は無い。
要は書き方の問題なのだろう。ニュアンスを微妙にしたり、その手の話題を避けたりとか・・。自分の思っている事を100%、ズバズバと書いていない状態だ。

やっぱ、人ってムダに嫌われたくは無いでしょ?無駄な争いも避けたい。
いい人同士なのに、政治的な主義主張だけで分断されるのは悲しい事だと私は思っている。というか寂しいと思う。世の中は政治だけではないからだ。
そこでぬぬぬ?さんのこの言葉だ。「意見が異なっても『筋のいい人』は大勢いる
それでいいじゃないか と思うようになった。筋がいい同士が増える事はいいことだ!
須(すべか)らくこの世の中を難しくしているのはそういうことなのだ。
そこを認めてこそ、実りのある世の中になっていくのじゃないかと思った。
そして再び、夢想飛行−伝統的保守への四季桜さんの記事を引用。

不合理なのは、民主党である。強行採決を阻止するには、国民世論の沸騰させて、自民党内の慎重派に反乱を起させる事であった。その為にも、熱心に議論し、問題点を浮き彫りにする必要があった。しかし、民主党は、党内事情を優先させて、議論から逃げたのである。民主党が土俵から降りた、この事実は、民主党が自民党の暴走を間接支援した事となる。また、同法案は、民主党が賛成しようと、しまいと、実質、民主党と自民党の妥協案である。鳩山幹事長が、他人事の様に意見を述べるのは、無責任であり、責任回避であり、不道徳である。もはや、民主党は、自民党に批判の為の批判をするだけの恥ずかしい政党のようである。古い社会主義体質は嫌いであるが、社民党の方がマシである。

 また、政治哲学的身体を持たない政党(指導者)が、政権を担い、政策を実行する危険性は、小泉独裁や村山内閣で示している。民主党は、サヨクからネオリベまで幅が広すぎるのある。その上、無党派取り組みを意図して、大衆迎合しようとする愚かな政党である。憲法改正や格差是正という重要課題まで、政争の道具とし、真っ当な政策論争をしていないように思われる。少しは、筋の通った政策論議をして欲しいものである。

 民主党は、自民党を強権国家と評するが、民主党の都知事選の選考過程を考えれば、強権政党である。民主党による格差のスローガン化(参照 民主党の都知事選の敗因と余波−参議院選挙)を考えたら笑止千万の批判である。

 民主党は、徹頭徹尾、「国家・国民より党(中央)利党(中央)略」なのである。最大野党である民主党の責任は重い。とまれ、憲法改正までの道のりは長く、それまで激しい『知的』政治闘争が展開されるであろう。左翼やリベラルの知性を結集させた政治闘争のプロ集団に注目したい。民主党のように、ママゴトやお遊戯をしたりしない。安保闘争を戦い抜いた、タフな集団である。実力闘争の苛烈な政治運動を知っており、政治闘争は戦争であり、スピン合戦であり、謀略戦であり、シンパ獲得の為のオルグに長けている集団による戦いである。一言申し上げるなら、サヨク臭を消す事で、革新から保守まで連帯できるかが鍵になるであろう。サヨク臭が漂えば、保守は反発するからである。

 嘗て、改憲運動他の保守活動に主体的に参加した者として、今回の件には、強い関心を寄せている。民主党は、サヨク切りをするか、保守切りをしない限り、政党としての体を為さないであろう。

夢想飛行−伝統的保守へ:憲法改正の行方−国民投票法案可決へ

この一文を見たら、ちょっと前の私ではスルーしたと思う。しかし、読めば今では納得して読める部分も多いし、そこから自分の血肉となり新しい考え方が生まれて行くようにも思う。それでいいと自分で思う。左も右も保守も革新もその他様々な分類の中に私はいないと思う。今後もおそらく私には無いだろう。 読む人が勝手に決めるだけなのだ。 それでいい。

ちょっと前に頂いた「管理人にだけ閲覧」のコメントで、民主党支持のリベラルの方から
「ぶいっちゃん様に、四季桜さんのブログを紹介して頂き助かりました。(中略)四季桜さんが保守だから保守的価値観と言ったと思いましたが、数字で示されれば、明確に根拠のあるとわかりましたから。四季桜さんの見解を踏まえて、民主党に意見を述べたいと思います。」
というコメントを頂いた。そういうことだと思う。
意見が異なっても『筋のいい人』は大勢いる 」し、そこからまた何かが始まる。
その筋のいい人と繋がる事は決してマイナスではない。大きなプラスである。

左だから、右だから、保守だから、革新だから・・・等といった大まかな分類だけで人は人を判断できないという事だ。その政治的スタンスだけで人が人を判断して世界を狭くしてしまっては勿体無い、もったいない!MOTTAINAI! いち庶民として・・・。
いつまでも自由自在に考えて、自由自在に生きてゆける世の中であって欲しいものである。
私の思う共闘とはそんな中から生まれてくる共闘なのだ^^

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