らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


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都知事選を始めとした統一地方選挙も残すところ1週間となりました。
私の住む福岡でも選挙カーは相変わらず大声で駆け回っています。
都知事選も福岡県知事選も現職が先行しているという各紙の報道はあるがまだまだわからない。福岡の3人の候補者の政見放送はまだ見ていない。 
・・・というか、いつあったの?(笑) ちょっと調べてみよう。

 【28日】午前7時35分、NHK(テレビ)
 【30日】午後9時半、NHK(ラジオ)
 【31日】午前5時29分、FBS(テレビ)▽午前6時半、KBC(テレビ)▽午後9時、RKB(ラジオ)
 【4月4日】午前7時20分、NHK(ラジオ)
 【同5日】午後6時半、NHK(テレビ)
 【同6日】午前10時15分、KBC(テレビ)

見ないって!(爆)朝の5時とか6時には!何でこんな時間にあるわけ?ラジオ聞かないし。
わざとなのか?関心を持たせないようにしているのでしょうか?
TV局もわからせる気もないというのはよ~くわかる。そもそも選挙ってのは現職が有利なのは明らかな事である。よほどの不人気か不祥事等があったりしたとかでの選挙で無い限り現職の方が露出度も元々多いし、知名度もあるわけで、最初からハンデがあるようなものだ。
それを不公平が無いようにというルールの下での公選法で一律平等にというルールもどこかおかしな選挙方法ではある。 普通に仕事している人はなかなか見られないんだから。

TV局がふざけた時間に政見放送してる番組を録画してまで見る人はほとんどいないだろう。そんな気持ちがあるならば日本はとっくにいい方向に変わっているはずだから。
「その時間に見られない人の為に」という観点が全く無い政見放送はただのおざなりのメディア姿勢である。やる気が無いし、メディアの使命を全く果たしていない。
せめて平等に見たい人が、見たい時に見られるように整備すべきである。
わかりやすく言えば、地方の各TV局はその政見放送をいつでも見られるようにインターネットで常時アップしておけばいいのである。そんな時代だ、今は。
やってる?今? 知らないけどそうすれば時間がある時にゆっくり見られるってもんだ。

政見放送 byウィキペディア
また、政見放送のスケジュールは公職選挙法に基づいて決定しているため必ず指定された日時でないと放送することが出来ない(振り替え放送できない)ので、NHKの場合、総合テレビと中波ラジオ第1放送で政見放送中に突発的な事件や地震などがあった場合は教育テレビやFMラジオ放送などでニュース放送が振り替えられる。

泡沫候補の政見放送及び選挙公報は非常に個性的なものが多く、愛好する好事家も多い。


公職選挙法でそれくらいは早急に改正するべきだろう。
そうしたら以下のような事は問題にならないはずである。

動画投稿サイトに政見放送、選管「法に抵触の可能性」4月1日 読売新聞

 利用者が急増しているインターネットの動画投稿サイトに、東京都知事選(8日投開票)の立候補者の政見放送や街頭演説の映像が投稿され、いつでも自由に見られる状態になっている。

 候補者の映像などの公開は、公職選挙法で決められた方法に限るのが原則だが、動画投稿サイトでの政見放送“放映”は想定外で、明確な定めはない。都選挙管理委員会は「公選法に抵触する可能性もある」としながらも、映像を前に手をこまぬいているのが実情だ。

 動画投稿サイトは、もともと利用者が自分で撮影した映像などを公開するためのものだったが、テレビ番組などの録画映像が勝手に投稿されるケースも目立つ。米国の「YouTube(ユーチューブ)」が有名で、国内でも同様のサイトが運営され、急速に利用者が増えている。これらのサイトでは現在、複数の候補者の街頭演説や、支持者向けに作成された政策ビデオの映像などが視聴可能だ。

おそらくこれはあの外山恒一氏の面白い政見放送だろう。都知事選の政見放送だから私ら地方の人間には見られないから本来ならば有難いことなのにね。
本来、公選法でTV局のサイトかどこかで常時政見放送を見られる状態にしておけばなんら問題は無い話ではないでしょうか?全ての候補者の政見放送がいつでも見られるって当たり前の事だと思います。大事な一票を決める際の国民の当然の権利だ。

TV等で有力な候補者を贔屓目に流す事の方がよほど公選法違反ではないでしょうか?
都知事選にしても、石原、浅野、吉田、黒川ばかりしかTV局に呼ばないではないか? 
不公平な話ですよね、まったく。その上で、勝手な世論調査で石原を浅野、吉田が追う展開とか放送している方が私からして見れば違反である。 せめて黒川よりも何度も都知事選に立候補しているドクター中松を出す方が自然ではないでしょうか?(笑)

公職選挙法は国民の手で現代にマッチした法に変えるべきである。
これは政治家の手から離して改正しないといつまで経っても変わらない。
全ての法の中で政治家を取り締まる法律だけは、政治家以外の人間が決めないと、この国はいつまで経っても変わりません。 国民投票法案憲法改正なんて事よりも、早急に手をつけるべき問題はここにあるわけです。無駄法ですから。
自分ら政治家を取り締まる法律を自分らで作るなんて・・・・許せますか?

泥棒団体が自分らを裁く法律を自分で作っているようなもんです。甘くするって!
これは国民の方から声をあげないと政治家からは声は上がりません(爆)未来永劫絶対に!
公職選挙法とあわせて議員年金の件にしても、昨日書いた議員宿舎の件にしても他の議員特権にしてもそうです。政治家に政治家のルールを決めさせるなんて異常ですよ。
特に今の世襲政治家らの群れでは・・・。抜け道しか興味ないんだから。
政治家をはじめとした公職取締法は公職以外の人間で作るべきである!

【追記】 
Rolling Beanさんから頂いたコメントで知りました。皆さんもご覧ください。
都知事選:石原候補「泥棒5点セット」発言とアメリカの「マカク」発言:Jan Jan


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都知事選をはじめとした統一地方選挙前半戦も今週末には結果が出る。
期日前投票でもう投票を済ませた方もいるだろう。
地方選挙は国政選挙とは違うという方も多いが、やはり都知事選の結果は影響多大だ。
その影響力は今夏の参院選にも大きな影響力もあることだと思う。全国ニュースで時間を割いて流れる映像はほとんど都知事選のみだ。
来週には東京の知事選の結果をメディアは多大な時間を使うだろう。そういった意味で地方に住む1票の権利の無い私達にも東京の選挙情報は気になるところである。
しかし割り与えられた平等な政見放送すら見る事は出来ない。中途半端なTVという御用メディアの情報くらいが関の山である。後はネット上で消されないうちに見つけるくらいだ。
※ 都知事選:石原候補「泥棒5点セット」発言とアメリカの「マカク」発言

その中で信頼しているブロガーが東京都知事選の情報を流してくださるのは非常に助かる。
TV等とは違い、ノーカットで御用司会者などの余計な主観も入らない、候補者の演説風景なだけに役に立ちます。
その映像をまとめておいていますのでよろしかったら見てください。
らくちんランプさんが今まで撮ってくださった映像をまとめてみました。 ※ 都知事選の風景
こういった事までが万が一、公職選挙法に違反しているのだとしたら、私もらくちんランプさんとあわせて違反者になるでしょう(笑)それも浮世の縁です。喜んで浮世の縁を謳歌したいと思います^^ 「情報をただ流す」という行為までをもこんなに気を使わなくてはいけない世の中って不思議ですねー!住みにくい世の中ですねー!

今そこであっている多くの人が目撃している情報を、その場にいない多くの庶民に自由に見させない、流させない、気を使わせるという事はどういうことか下記の問題で考えてみる。

沖縄戦検定 歴史の真実がゆがむ
来春の高校日本史教科書から、沖縄戦での集団自決が軍による強制だった旨の表現が消える。文部科学省の検定に沿って記述が削除・修正されたことによるが、歴史の真実がゆがんでしまわないか。

 沖縄戦は一九四五年三月二十六日から六月二十三日の事実上の戦闘終結までの三カ月にわたった第二次大戦での国内唯一の地上戦。
米軍の本土侵攻を遅らせるための玉砕覚悟の捨て石作戦が展開され、日本人の戦死約十九万人。家族、友人、知人が手榴弾(しゅりゅうだん)やカミソリ、カマで互いに殺し合う集団自決の惨劇が各地で起こった。

 二〇〇六年度の教科書検定で、この沖縄戦の集団自決に関する記述内容を修正したのは六出版社の七点の教科書だった。

 集団自決が軍の強制である旨の表現が「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」というのが文科省の検定意見で、記述の修正、変更を求めたからだ。 

 その結果、教科書の「日本軍に『集団自決』を強いられたり…」などの記述は、主語の日本軍が削られ、「追いつめられて『集団自決』した人や…」など強制とは意味上連係しない表現に書き換えられて、検定を合格した。


情報、あるいは事実は多くの人が共有した時にこそ、真実となり、それは「力」となるという事である。国はそれをよしとしない姿勢が多々ある。
情報(目撃情報)は出来るだけ少なめに、そして隠蔽できれば出来るだけ隠蔽した方が国民の声を封殺できると考えていると私達は認識した方が正しいと思う。
沖縄戦では軍によって自決用の手榴弾が住民に配られた事実があるのだ。
その事実や様々な証言さえも公的資料が無いからという理由で教科書が変えられる。事実(真実)を消す!それが権力者たちのやり方だ。事実は事実として残さなくてはいけない!
参照:「映像で見る沖縄戦」

今現在もやがて歴史となる。その時代時代で「何が正しいか」は意味合いが違ってはくる。
しかし、その時あった確かな事実を権力側の一方的な処置で変えられてはいけない。
逆もそうである。一部の国民たちがそれを変えてもいけない。
情報(事実)は全てに対して平等であるべきである。
その為には事実を多くの人が共有する事で、事実を事実として捉えて変えられないものにしていかなくてはいけないのである。
そこに人為的な・・・あるいは意図的な操作があってはいけないのである。
それを意図的にやっているのが今のメディア体制ではないのだろうか?
だから世界中の多くの人がネットで声をあげるのだ!

隠そうとするのは何故なのか? 広く国民に伝えようとしないのは何故なのか?
国民投票法案の実体を多くの国民に知らせないままに、統一地方選のさなかに、どさくさに紛れてさっさと通そうとするのは何故なのか?
TV等では何故その事についてスルーして意図的に流さないのか?
小泉以降、安倍政権の現在まで、多くの改革(悪政)が多くの国民に知らされないままに通されてしまったのは何故なのか?あの選挙の結果として何が残って、どういう結果になってしまっていったのかも総括もしない。 そしていよいよ安倍晋三の無知によって国の根幹の教育や憲法改悪にまでその手が及んでいる。多くの国民がその真の事実を知らないから、国側のいいように勝手に進められていってしまうわけである。

国民の武器あるいは防具 それは多くの情報(真実)を共有する事である。
それをさせまいとするのがいつの時代でも権力側の基本姿勢である。
下々のものが賢くなっては困るのが上に立つものの普通の感覚である。
そこを努々(ゆめゆめ)忘れてはならないのだ!私も事業をやって人を何人か使っている時に友人に言われた事がある。「従業員はほどほどに教育しておかないと、賢くなったらよりいい所に転職するから社員教育も難しいね」と。その友人が悪人というわけではない。それが普通の感覚だろうと思う。しかし私は人を教育するのが好きなのでそれには応えなかったが^^

それが国レベルで考えれば・・ましてそのTOPに立つ者がバカな利己主義者なら尚更だ!
「国民に賢くなっては困るのが国家運営なのだ。バカな国民は無視していいのだ!」と、勝手に思っているのが自ら「権力の頂点にいる」と豪語している全然賢くは無い、安倍晋三だ。
本当に賢いのはどっちだ!!?? 国民の大多数の方が賢い筈だ・・人として!!
後は政治の分野で、ちょっとだけ視野を広げて真実の声に耳を傾ける事が出来るようになれば大丈夫なのだ!! ガンバレ日本国民!真実の情報を共有するのだ!
国民が真実を共有する事が、日本が生き延びる道に繋がっているのだ。

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色々な著名人のブログを読んではいるが、一番私と考えが近いかなぁと思うのが天木直人氏のブログだ。というとちょっと偉そうだが読んでいて文章力は当然、ダントツに違うが私の思っているような事が具体的に書かれている。もちろん全面的に全て支持するという事はありえないが考え方の根本がピュアで読んでいて澱(よど)みが無く清清しい。
先日も下記のような「新党」の話が掲載されていた。

閑話休題 盛り上がらない地方選挙と世の中を変える方法天木直人のブログ
もう一つの考えは、月刊現代5月号に掲載されている内田樹氏の「7%の勇者が日本を救う」という考え方である。「下流志向」(講談社)という著書を出版して日本のモラルの低下を分析した彼は、日本を救う為にすべての国民にモラルの向上を説いてみてもはじまらないという。そして、国民の中で能力とやる気のある一定数の無私の人間が、劣化する日本を食い止める「雪かき仕事」を引き受けることで日本は救われる、その数は人口の7%もあればいいというのである。しかもこの7%の国民は付和雷同するような大衆ではなく、個の確立した、群れない国民達だというのだ。

 この考えの背景にあるのは、自分も含めほとんどの国民は決して聖人でも完全な善人でもない。それどころか嘘もつき小悪を重ねる。そういう欠陥だらけの人間が寄り合って暮らす社会には必ず不都合が積もっていくが、それにまかせて積もらせてしまったら社会はつぶれる。誰かが少々の自己規制と自己犠牲をはらって雪かきをしなくてはならない。全員が立派になる必要はない。人口の7%でいいというのである。

 本来は国民のためにそれを行うべき立場にある政治家や官僚が臆面もなく巨悪を重ねている現状を見ると、この考えは日本をこれ以上悪化させない為の最善の方策ではないかと思う。

 そしてそれを政治の世界につなげていく考え方が、私の言う「質問主意書」新党の考え方なのだ。人口の7%というと800万人ぐらいだが、私はそんなにいなくてもいいと思っている。100万人で全国比例区の国会議員を参議院で一人送り込める。もし300万人ぐらいの国民が、世の中の巨悪をやっつけよう、弱いものを救おう、と無私の気持ちを持って、新党に賛同するようになれば、3人ぐらいの国会議員を送り込めるのだ。これで十分である。この国会議員は300万人の真の代表であるから、能力も、やる気もあり、何よりも無私の正義感を少しばかり持つ。6年間で十分だ。その間に政治の世界で大暴れする覚悟を持てばいい。最初は質問主意書でもいいが、数人ぐらいになれば国会質問をし、キャスチングボートさえ握れるかもしれない。 

なるほど!300万人で3人送り込めるのですか!天木氏本人は「悪乗りの続き」という表現でちょっと照れて書いているようだが、これは実現するべき方向で考えていく事は決して無駄ではないように思います。たった300万人です! そう思って行動するべきでしょう。
ネット上だけで考えれば1000人の読者を持つブログが3000集まればいいのです。それこそ、政治ブログだけに限らず、どんなブログでも参加は可能でしょう。こんなに面白い試みは無い。面白くなければ人生ではないと思っている私にとってはもってこいの話である。

ネットで政治に関心のある人の中で、天木氏を知らない人はいないだろうがネットをしない政治に関心が薄い人にはほとんど無名に近いであろう。2人目は少し名の通った論客を入れるのもいい。方法はいくらでも見つかる筈だ。天木氏には掲示板などもオープンして頂いて、様々な角度からの天木氏提案の「新党」に関しての意見交換をさせる場でも作って、話題創りを先行させて欲しいものだ。私も絶対的に応援させていただくつもりである。普通の感覚を持つ市民が参加が出来る唯一の新党になるのだ!こんな痛快な事は無い。

そこで問題になるのが資金面であろう、 と思う。
私はよく思うのだが、天木氏にしても他のブロガーにしてもそうだが、ほとんど無私でブログを書いている。書いたからといって原稿料が入るわけでもなく、何の利益も無い。それでも毎日のように日本の今と未来を憂いて書かずにはいられない。そしてそれを真剣に読む方々(優秀なコメンター含む)もこの頃は増えてきた。これは天木氏の記事であったように誰に頼まれたわけでもないのに「日本の汚れた部分を雪かき」している方々なのである。ボランティアの雪かきをしているわけだ!気力だけがブログを続けさせる。

ネット上で報酬を得る為に、一部の人達から忌み嫌われているものに「アフィリエイト」というのがある。私もこのブログの右下にGoogleとかアマゾンとかのアフィリエイトを貼っている。ほとんどといっていいほど効果は無い(笑)
これはどういうものかというと、簡単に言えばGoogleの場合はその広告をクリックしてもらうだけで少しずつだが報酬が得られる広告だ。アマゾンの場合は例えば私のブログの広告を押してからアマゾンで買い物をするとやはり私に数%の報酬が得られるというものである。他にもアフィリエイトというのは色々な種類があるわけです。

しかし、アフィリエイトはヒジョ~に嫌われている(笑)
何故だか私にはわからない。もちろんブログやHP自体に何のコンテンツも無く、むやみやたらに広告ばかり貼っているサイトを見ると私も一瞬で素通りにはなるが。

ま、アフィリというのはそこを経由して何かモノを買ったり、クリックしたりするだけで、その人に数%のマージンが入る仕組みなわけだ。
この頃ではネットを通じてモノを買うことが多くなったと思う。この私でさえ、この頃は本もそうだが、ネットで買うし、ついこの前はノートPCもネットで買った。その際は密かにお気に入りのブログを通じて買っている。色々、分散しているけど。
よくは知らないけど、自分で自分のアフィリエイトは使えないらしいからそうしている。
そうする事でその方に少しでも貢献できたら嬉しいからそうしているわけだ。
これは人それぞれです。私はそう思うのである。

別にアフィリエイトは悪い事ではないと思う。
何も考えないでただ本を買えば、お店だけの利益だ。
そこで、アフィリエイトを通せばその数%が、日頃読んでお世話になっているブロガーの手元に届くのならば、利用した方がいいと思う。ネットで買うお店には何の恩義も無いから、どうせ割引出来るようなシステムにしているのなら自分は得しないけど、知っている誰かが得をすればいいと思うからだ。
だから私が一ヶ月に10000円分の本やDVDを買えば誰かに500円程度の手数料が渡されているってわけだ。それだけの事である。それのどこが悪いのか?
何故か、アフィリエイトは硬派なブログでは忌み嫌われている(笑)

そういった仕組みを知らなければ、何処の誰か、知らない人に手数料が渡っているのだ。それを意識して特定のブログなどでクリックしてから買うことによって、わずかな金額だが、その方の手元に手数料が渡る・・・。なんといいことでしょう(笑)と私なんかは思うのである。誰も損をする訳ではない。 本来ならただ本を買うという行為だけで、それを自分の好きなブログを経由して買うだけで、その方に幾ばくかの気持ちが届くだけのことなのに。。。^^

そんなわけで新党に関するお金の問題でもまず考えられるのが「カンパ」というのがある。
1万円ずつのカンパ、千人で1000万円だ。1万人なら1億!!@@  それらとあわせて、その方のアフィリエイトを通じてモノを買うようにするとか?やったっていいでしょ?
一人が自分の生活必需品を10000円くらいをネットでその人のブログを通じて買えば、10%の手数料として1000人で100万円か・・・少ないね。それでも応援にはなるよね。
そう思えばアフィリエイトも抵抗は無いと思うんだけどね。

有料のブログにするのも悪くは無いけれど、アフィリエイトに対する抵抗感を無くす事も大事な事だと思うんですよ、私はね。誰でもそうだと思うけど、キライな店からはモノは買わない。
好きな店で買ってその店が儲かってくれていつまでも存続してくれたらいいと思う。
それとブログアフィリも変わらない事だと思うのだ。好きなブログを通じて買う。
好きなブログを通じてどうせどこかで買うであろう必要なモノを買う。それだけの事だ。
それがチリも積もればで、月々のその方の本とかの資料代になったり、活動費にでもなれば読む方も書く方も、双方いい事だらけではないのでしょうかね?

世の中で金を儲ける事が悪いという風潮があり、それらが間違いだとは思いません。
確かに不法な事をして自分だけが儲かるようなやり方はキライです。ですからネットでもアフィリエイト専門のサイト等では決してクリックしないようにはしています。
要は金の廻り方なのです。正しく使ってくれそうな方に廻っていくのであれば有効だと思う。
私はブログにアフィリエイトを貼ることは決して悪い事じゃないと思うのですよ、だから。

選挙資金にしても、確かな人であれば、ネットを通じてカンパやアフィリエイトといった事まで考えていく事は前向きに考えた方が面白いと思うわけだ。
あ~、スッキリした。世の中にはアフィリを貼るとなんだかなぁ~って雰囲気があるのでいつか書きたかったのだ!(笑)


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今日は忙しい一日で、今帰ってきました^^ とりあえず形だけの更新の日です。

アクセス数がだんだん減っている。
ランキングも少しずつ落ちている。そんな今日この頃です(笑)
理由をちょっと考えてみる。

おそらく私が都知事選で右側に張っている浅野さんを応援するということからか?
仮に吉田氏を応援するといっても同じような現象になっていただろう。
それだけでも野党共闘とは難しいものだと思う。誰かを取れば誰かを失う。
上手にブログを書いていく為には、『無党派の中の無党派」のような文章を書いていくことがいいのだろう。誰を応援するのか、はっきりしないけど野党側を応援するという姿勢が世渡り上手な生き方かも知れないのかなぁとは思う。
あるいは、選挙があろうがなんだろうが特定アジアを叩いとけばいいのだろう(笑)

話はちょっと違うが藤原紀香の件にしても、決して個人の意思で石原の応援を望んでしたのではないだろう。何がしかのしがらみがあったからそうせざるを得なかったものだと思う。しかし、世間の評価は違う。「藤原紀香が・・・」となる。しかし。世の中はそういったしがらみで出来ている。生活を取るか、信念を取るか ということである。
私は藤原紀香だけを責めることも出来ないものだと思う。可哀想なものだ。

私がもし、しがらみ多い芸能人なんかだったとしたらやはり似たようなもんかもしれないとは思う。なかなか安定した生活を捨ててまで己の信念を通すことは難しいのが世の中のしくみだ。
子供がいたり、守る家族がいれば、当然そういった選択の中で「小さな妥協」を繰り返して生きていくのが普通の人間のあり方でもある。現実ね。

私のブログも今年になって、右より、左より、民主より、共産党より、あるいは自民よりも少しいるような幅広い読者層になった。ある意味自分でも面白いくらいに色々な層の人から読んで頂いていると思う。
ある意味、私のブログの一番の長所にもなっているかもしれない。
それだけ敷居の低いブログという気軽さが売りの^^;
しかし、それは支持されにくいという面もある。 誰かを取れば誰かを失う繰り返しを毎日しているようなもんだからね。
何でこうなったんだろう?(笑)>ぶれるからか(笑)

しかし、世の中はそういった様々な人たちで出来ているという事は間違いない。
その縮図がこのブログであるのならば嬉しいことだ。
共存共栄! これが世界のあり方だ。
色々な主義思想が混じり合っている中で生きていかなくてはいけないのが現実世界だ!

これからも右も左も上も下も、何ものにも捉われずに自由自在に生きていきたい。
・・・とここまで接待で酔っ払った私は連続更新記録の為に今日も頑張って書きました(笑)

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都知事選もあと実質3日。佳境に入ってきました。

<ドクター・中松氏>討論番組に出演させないテレビ朝日告訴 4月5日 毎日新聞
 テレビ朝日が東京都知事選候補の討論番組に自分を出演させず選挙の公正を害したとして、候補者のドクター・中松氏が4日、公職選挙法違反容疑の告訴状を警視庁に提出した。同氏は「事実をゆがめて放送するなど表現の自由を乱用して選挙の公正を害してはならない」と定めた同法に違反すると主張している。


テレ朝と4都知事候補らを告発=公選法違反で警視庁に-中松氏・統一地方選 4月4日 時事通信
 東京都知事選の立候補者による討論番組を放送したのは公選法に抵触するなどとして、ドクター・中松候補(78)が4日、同法違反の疑いで番組を作ったテレビ朝日などや、出演した石原慎太郎都知事(74)ら4候補に対する告発状を警視庁に提出した。
 中松候補によると、同社と担当プロデューサー2人は、1日午前の報道番組「サンデープロジェクト」で、石原知事ら4候補による討論を放送したが、これが公選法で規制されている選挙運動の放送や演説会に当たるという。
 石原知事ら4候補が番組内でマニフェストを紹介したことも、文書頒布に当たるとしている。

確かに石原、浅野、吉田、黒川の4人だけの構図ばかりではおかしな話ではある。ある意味TV局ですら公選法を十分に理解していないままにやっているわけだ。何故その4人しかメディアでは大きく扱わないのか?ネット検索では1位は外山恒一なのに。

ネット検索、外山氏首位 スポーツ報知
インターネット検索サイト最大手のヤフーは4日、「Yahoo! JAPAN」の検索ワード週計(3月26日~4月1日)を発表し、都知事選の候補者名では、異色候補の外山恒一氏が単独トップに。過激かつユニークな政見放送が注目を集めた。ヤフーは「掲示板やブログ上で話題になり、動画サイトに映像が投稿されるなど、公職選挙法に違反する可能性もあり今後の課題になりそうです」と解説している。

4人に討論させたり、4人の選挙風景に時間を割いて、申し訳程度に「他にもこの方々が立候補しています」とテロップでも流せば公選法に触れないからと言ってもやはり、同じ供託金を払って選挙に臨んでいる候補者に対しては不公平ではある。大々的に流すなら、こういうニュースを流せばいいのだ。

慎太郎知事 ヤジにブチッ「うるさい、黙ってろ!」…8日都知事選 スポーツ報知
 石原慎太郎都知事(74)が4日、ついに爆発した。再開発計画を巡って物議を醸している下北沢の駅前で街頭に立ったが、開発反対派からの猛烈なヤジにヒートアップ。当初は柄にもなく?謙虚な姿勢を見せていたが、我慢も限界だったようだ。

 下北沢の駅前で「安心と安全」をテーマに「ここも救急車や消防車が入れるような開発をしないといけません」と再開発の必要を訴えていた石原氏。最初はヤジにも「黙って聞きなさいよ」といなしていたが、聴衆から「住民感情を排除している」などの声を浴びてついにキレた。

 「うるさい、黙ってろ!」と一喝。「(再開発について)いろんな意見を出してもらいたい。それを区長に取り次いでですね、当たり前の手順を踏んで、民主的にやるんだよ! 物事は多数決なんだから!」と怒りまくった。
<中略>
 演説後は、開発反対派と石原氏に同調する人たちが入り交じって一触即発に。土砂降りの中で「石原帰れ!」コールがこだましていた。

「帰れコール」だけを石原慎太郎関連のニュースの時にはTVも流せばいいのだ。意図的に印象操作するのはTVは得意なのだから。この間も浅野氏のどこかの演説を「政策は無い・・」という前置きの言葉と「それじゃいかんやろ!」というヤジだけを流していた。あれは半分ユーモアを交えた前置きで、そこから本題に入る話法だと私は思うが、それさえも部分的に切り取って報道すると、「無責任発言とヤジ」という印象操作があっという間に出来上がる。汚いもんだ。中松、浅野氏だけではなく、黒川氏も苦労しているようである。

黒川氏 妻・若尾文子との「銀恋」断念…8日都知事選 スポーツ報知
<前略>さらにニックネームとして名乗っている「下町のナポレオン」については、本家?の焼酎「いいちこ」を製造する社長から電話があり「宣伝をしてくれるのはいいが、石原派が飲まなくなったら困るから、あんまり言わないで」と懇願されたと明かした。
 だが、こうした奔放な発言がたたったのか警視庁から「この3日間が危ない」と物騒な連絡を受けたという。この日は銀座で購入したという防弾チョッキを着用して集会に臨んだ黒川氏。「都民のために命をささげたい」と話した。


現職以外は何かと不自由かつ、不公平感を味わいつついよいよ終盤に入ってきたわけだ。
私が応援している浅野氏に関してはこのブログを紹介したい。

〔緊急アピール〕
悲しみを背負い また走り出した男 都知事選出馬 浅野史郎氏へのオマージュ

そんな浅野さんに対するわたしの評価が変わったのは、彼が厚生省を辞め、文字通り無手勝流で、「宮城県知事選」に立候補したときのことだった。
 厚生省の「キャリア」を投げ捨て、からだひとつで立ち向かった浅野さん。

 わたしは彼を見直したのだ。再評価したのだ。仙台二高の同窓として、ひとりの人間として、浅野さんを見くびり、密かに蔑んでいた自分自身を自己批判したのである。

 都知事選への「出馬」が取り沙汰されていたころ、わたしは「出るんじゃない」と、浅野さんを説得したい思いに駆られた。
 宮城県知事としての「重責」を終え、ようやく家族そろった平安な日々に戻れたんじゃないですか、もう務めは果たしたでしょう、と。

 しかし、浅野さんは、にもかかわらず「家族と話しあって出馬を決めた」。
 それは、なぜか?

 それは、障害者福祉を人生のテーマとする浅野さんの義侠心のせいである。正義の心のせいである。
 浅野さんは真っ直ぐな人。意気に感じ、不正義に立ち向かう人なのだ。

 彼が宮城県知事選に名乗りを上げたのは、「宮城県知事」と「仙台市長」が「汚職」で同時逮捕される、ふるさとの汚辱を見過ごすことができなかったからだ。
 だから、無手勝つ流で、無謀な立候補を企てた。

 勝てるとわかっていたから出た……というのは、後だしジャンケンのアト知恵に過ぎない。
 浅野さんは「勝てない選挙に出て、勝った」のだ。

 週刊誌に早くも「浅野バッシング」が出ていると聞いて、さっそく目を通した。
 わたしが知る「事実」とは、違ったことが出ていた。悲しくなった。県知事と政令都市市長がダブルで逮捕される土地柄で、「政官の情報公開」に挑むことがどれほど大変なことか、週刊誌の編集部は、まったく知らない(知りたくもない)様子だった。

 週刊誌の記事のなかで浅野さんは「怒っています」とだけコメントしていた。
 ネガティブ・キャンペーンに対する、彼らしい、潔い「怒りのコメント」だった。

 わたしは仙台にいたころ、浅野さんの周辺を取材して、県知事に再選された彼の悲しみを知った。その事実をわたしは結局、活字にしなかった。

 浅野さんがそれを語らない以上、わたしのようなものに語る資格はないと思い定め、記事にしなかった。彼自身の悲しみであり、人生であり、他人の口出しすることではない。

 都知事選へ、浅野さんはまたも、真剣に考えた末、出馬を決心した。
 
 その彼に、権力への欲もなければ、傲慢さのカケラもないことは、彼を知る誰もが、肯くところである。

机の上の空 大沼安史の個人新聞


都民が誰を選ぶのか? メディアの情報だけに左右されずに、生きた1票を考えて入れて欲しいものである。少なくとも、誰とは言わないが選挙民に対して逆切れするような人間は、今の時代で人の上に立てる器ではないと私は思います。それが「行動力がある」とか「男らしい」なんて勘違いは不幸のはじまりである。

【候補者の公平性のために・・・】 ぬぬぬ?様より借用^^


この中にメディアに取り上げられた時間も記入した方がいいかもね。TV局別に。

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東京都知事選挙もいよいよ、最終展開として、浅野史郎VS吉田万三ということになってきたようですね。と私は勝手に思っています^^対抗として外山氏?(笑)世論調査は関係ない。
だって、どう考えたって現職のやってきた事ってあんまりな結果でしょ?
東京都民の方々はここを見て考えてみてください。立ち上がりたくなりませんか?
晴天とら日和:庶民も立ち上がるぞ!勝手連(1)+(2) 新銀行東京の段。
晴天とら日和:庶民も立ち上がるぞ!勝手連(3)オリンピックの段。
これが8年間の結果=事実=実績=なんじゃこりゃ? としてあるのです。

それを、毎日新聞の世論調査では「指導力」があるだの「強いリーダーシップ」だの「経歴や実績」「人柄やイメージ」「改革への意欲」という高い支持があるらしいのだから、今の世の中ってもうどうなってしまったのか私には信じられませんね。
未来を担う子供たちにしてみても、こういう事が、「リーダーの条件」なのかと思うことで、全く勘違いさせたまま成長させていいのでしょうかね?
私から言わせれば、「ゴネ得」=強いリーダー像しか浮かびません。
あるいは知り合いに、絶対に人に謝らないヤクザのような、傍若無人のお爺さんがいるって事で安心できるってところでしょうか?(笑)私はそんな知り合いとは付き合いませんが^^;

強いリーダーシップってなんだ? 人の話を聞かない事か?
偉そうにくっちゃべっているのがそうなのか? 
今時のまだ社会経験もない世間を知らない若造でも偉そうだぞ(笑)
謝らなくちゃいけない時に謝る事すら出来ない人間がそうなのか?
自分が車をぶつけても先に文句を言ってくるような人間がそうなのか?
「ゴネ得」 ここ最近、こういった人間が非常に増えてきたと思います。

文句を先に言ったもん勝ちみたいな世間の風潮。
言い切る事がカッコイイと勘違いする風潮。
人の話をさえぎり、聞かない事が男らしいという風潮。 全て間違ってます。
強いリーダーシップとは弱者の事を強く思いやれる人の事でしょう。
それ以外には私の中には強いリーダーシップ像は浮かびませんね。
 
私のブログのアクセス解析でも読者層は東京在住の方が一番多い。
1 東京都 3169 31.11%
2 大阪府 949 9.31%
3 神奈川県 604 5.93%
4 福岡県 473 4.64%   (3月度月間解析)

当然、ネット人口も、またそのネット比率もおそらく東京が日本一であろう。
その東京の結果は=ネットの今現在の力のバロメーターにもなりうる。
ネット上の声は届くのか?否か?届いてそして伝播していって欲しいものだ。

一人が5人に伝播すれば、9ステップ目で東京の人口、12ステップ目で日本の全人口を超えるという事なのです! 皆がちょっとだけ動けば何かが変わる!!
はじめの一歩:東京都知事選から全国の政治を変える!(転載)

ブログ上で声をあげる事も公選法をそんなに気にしなくても大丈夫なのです。

広島瀬戸内新聞ブログ版:檄文!自分から翼賛選挙にしてはだめだ!のびのび行こう!
みなさん。「投票してくれ」という記事でなければ、公職選挙法違反ではありません。一般的な政治評論ならたとえ、候補者の批判や褒め言葉であっても、違反ではありません。もし、それまで違反ならそれはそれこそ、はっきり言って、治安維持法と一緒です。

 1942年の「翼賛選挙」に、8日投票の都道府県知事・道府県議会選挙、政令指定都市市長選挙、市議選挙、22日投票の市町村長選挙、市町村議選挙、そして7月22日投票の参議院選挙をしてよいのですか?
 大きい組織や権力をバックにしている候補者が有利になる状況にして良いのですか?
 このままでは、本当に共謀罪などで、日本の民主主義が死亡しかねません。今のうちに「市民自ら翼賛選挙と同じ状態」にすることだけはしてはいけません。

参考ブログ :ネット時代の勝手連と公選法

今日と明日しか残されていませんが、何かやってみませんか?
誰か一人誘って選挙に行くだけでも、数人かに声をかけるだけでもいい。
今こそ、「吉田VS浅野」じゃない? 自分の信条のままに決めましょう。
そうして投票率が65%以上になれば可能性は広がります。
当選ラインは多くても250万票だと私は勝手に思っています。 
650万票以上集まれば・・・。 今こそ自公スルー作戦の開始です。

安倍晋三にしても石原慎太郎にしても60代以降の方々に支持されているという事だ。その年代以降の方々は選挙に行く比率も高い。だからこそチャンスはまだまだあるのである。
20歳から59歳の方々が選挙に参加すればするほど日本は変わる!

誰がいいか、悪いかではない。
誰が悪いか! ここが最初のポイントだ! という事で簡単に絞られるのだ^^
リーダーシップとは何なのか? 東京都民が選ぶリーダー像を信じたいものだ。
弱きを助け強きを挫く! これが良き時代のリーダー像だったし、私はそれが当たり前だと思っていた。それがこんな選択を問わなければいけない時代になってしまうなんて・・・・。

強者を守るリーダー像か、弱者を救うリーダー像か? 
答えは決まっているはずである。 後者の方がカッコイイじゃないですか。
漫画の世界でも前者はいないだろう(笑) 連載打ち切りは見えているからね。
東京はそんな本当の意味でカッコイイ街であって欲しい。

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昨日書こうかどうか迷った記事だがこんなニュースが片隅にあった。
読売社員が自宅で変死…後ろ手に手錠、口の中に靴下
総務省担当の記者との事だが、事件性は薄く事故扱いとなっている模様である。
記事を見た瞬間に思ったのはライブドアの野口さんの時のような気持ちである。
明らかにこれは事件でしょう?
室内から手錠などと関連した用具も多数あったとかでマニア?の事故のような扱いだったが・・・? 普通こんな状態での事故ってある?
何でもかんでも、すぐに何かに結びつけるのは安易で危険ではあるが、素人の私から見たら異様な事件である。詳しくは、この件について書いてくださっている灰色のベンチからを見て、読者の方が想像するのがいいかと思う。今の時点では私には何とも言えない。
そして安易に事故とも言いがたい気持ちはある。

さぁ、明日はいよいよ投票日! 私も朝イチで投票に行く。

今日で統一地方選の前半戦の選挙運動が終る。明日は投票日である。ほとんどの都道府県で選挙がある。選挙戦そのものがあまり面白いというか緊張感のない選挙というところも多いと思うが、それでも一票にはいろいろなメッセージがある。わが国の政治史上最悪の自公合体政権に打撃を与える一票の行使を考えて、それぞれの選挙区で投票されることを切望する。

それにしても今回も選挙期間中はWebサイトを更新してはならないとことの不都合さを痛感した。いまやほとんどの候補者がWebサイトをもっている。その内容はというと、いまひとつというものも多い。肝心な選挙期間中になると新しい記事をまったくみれないのであるから、その味気なさは一層大きくなる。総務省や各政党はこの問題にどう決着をつけようというのだろうか。この問題については、私は6年前から総務省の見解に大きな疑問をもっている。

公職選挙法142条・143条は、選挙運動用の「文書図画」(「ぶんしょとが」と読む)を規制している。そして、インターネットメールの発信やWebサイトの更新は、文書図画の“頒布”にあたると総務省選挙課では解釈している。本当にこの解釈で問題はないのだろうか。このように解釈する官僚は、インターネットというものを本当に知っているのだろか。疑問である。

永田町徒然草:pull と push 考

全く持って仰るとおりである。元、国政の一線におられた白川氏も疑問を持つ公選法。
そして上記の事件でも出た総務省の見解。まさか結びつくとは思わないが、参院選までにしかるべき前向きな解釈、もしくは改正をして頂きたいものである。
TVでも取り上げない、国会でも大きく問題にならない。
何故か?
TVはネットに脅威を感じて目の敵にしているからだ。自分らのだらしなさは放っておいて。
そして政治家はITを知らない(笑)怖いのだ。
政見放送がYou Tubeで流れるだろうというのはサルにでもわかる理屈である。
今頃になって削除要請をしている体たらくでは駄目だ。

この統一地方選前半戦が終れば、すぐに後半戦、そして福島、沖縄の参院補選だ。
今年の選挙は色々な意味で日本が変わる選挙になるだろう。
選挙に行けば日本は変わる可能性はある。行かなければ絶対に変わらない。
国政選挙ではないが明日の都知事選だけは別格だ。
自民党の落ちこぼれのようなチンタロウに任せていいのでしょうか??

選挙に行く人の数が増えれば増える分、日本は変われるだろう。
いい加減、変わらなくちゃ!! 都民の良識に、国民として1票入れときます!!
東京から日本が変わっていく事を期待しています!!!
老害を超えたチンタロウの引きつった作り笑顔はもう見たくない。
私はブログ右上に貼っている浅野史郎氏の笑顔の会見を明日の夜は見たい。
見させてくれるのは良識ある東京都民の方々次第である。



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投票に行ってきました。私の住む地域では、今日は知事選と県議選の投票だった。
ちなみに今まで選挙で私が投票をした候補者が当選した事は数回しかない。(笑)
死票とは言わないが、負ける方ばかりを応援してきた。当たりくじで言えばいつも「スカ」「ハズレ」を引いてきたようなものだ(笑)運は強い方なのだが^^;
結果、当選して欲しくない政党もしくは候補者による政治が行われ、日本、及び私の住む地域はよくなったのだろうか?良くなったのであれば、私の選択は間違いであったわけだ。
しかし今の日本の現状を思うに、私の選択の方が正しいとまでは言わないまでも、決して間違いでは無かった筈だとは思う。

えてして人は変化を好まない。 現状でそこそこの生活をしていれば、無理をしてまで改革は望まないものだ。 「変化(改革)」は「挑戦」だ!勇気もいる。未知への不安もある。
これ以上は悪くはならないだろうという安易な期待が現状を支持するという悪循環が蔓延する。それ以前にも民衆の政治に対する無関心がある。「誰が政治をしても一緒」という事で、数十年もかけて権力側から意図的に洗脳されてしまったわけである。
しかしここでちょっと考えて欲しい。
「誰が政治をしても一緒」という言葉が嘘である事を。
そこから庶民は国家(マスコミ含む)から騙されているのである。

日本は1955年以来、約50年間(短命細川政権時代は除くが)ず~っと自民党が政権を握っているのである。私も生まれてからずっと自民党時代だし、選挙権を持っている、ほとんどの方がそうなのだ。そして今ではプラス公明党というフランスではカルト認定されている創価を支持母体に持つ宗教党までが一緒の最悪政権時代なのである。
「誰が政治をしても一緒」という言葉は、正しくは、今では
自民党(今では公明党も含む)政権では誰が政治をしても一緒」だ。
その方がわかりやすいのではなかろうか?
自民党以外の党に政権をしっかりと握らせた時代は無いではないか。

めまぐるしく価値観が変わる、この激動の戦後60年の時代を日本では「自民党」をずっと支持してきたわけなのである。国際的に見ても結構恥ずかしい事だと私は思う。
国民だけではなく、政治家も恥ずかしい。
何処の国の誰が考えてもその水は澱(よど)んで飲めたものではない。
汚いモノ同士が癒着しあった、庶民にはとても飲めない水なのだ。
「何とか還元水」ならぬ、「澱んで還元しない癒着水」とでも呼ぼうか(笑)

二大政党でも三中政党でも四小政党でもいい。政権は交代する方が望ましい。
その方が切磋琢磨するではないか?こんな当たり前の事が国レベルになるとわからない。
見よ!今の世襲政治家たちの群れを!一般社会の現状を知らない者たちが次から次へと悪臭漂う、悪習の政治の世界に浸りこんでしまっている現状を! 
一体今は何時代なのだ!??完全世襲時代である。

室町や、徳川幕府末期よりも酷い状態が今の民主主義とは名ばかりの政治の現状である。
政治家たち全体が腐った馴れ合いの幕府なのである。自公に限らず。
国民の方を向いている政治家はマスコミはあまり取り上げない。力も持たされない。
これではいつまで経ってもこの国は変わらない。益々酷くなるだろう。
政治家は「初代」に限る。
そうではないから家業を継いだ二世三世政治家達は自分らの生活の安定しか頭に無いのである。彼奴らは家業としての政治がまず最初にあるのだ。

今の安倍政権がそうだ。不祥事のレベルも情けないくらいだ。彼らにはもう庶民感覚の善悪の区別さえもつかないくらいの生ぬるい政治家という特権意識の中だけで息をしている生物なのである。腐臭漂う。 そんな者らが、国の根幹を為すような憲法や教育の問題まで手をつけている。これを「危険」といわず何というのだろうか?
誰の為の改正をやろうとしているのか? 国民(庶民)の為ではない。
自分らの安定の為である。 それが家業を継ぐ政治家だ。
国業ではないのだ! 志が。 自分ら身内だけが潤う家業のレベルなのだと思う。 
今の政治家の家という字は家業の家である。国家という家ではない。

なんだか話がまとまりがなくなってきたが(笑)今夜中には多くの地域で新しい政治家が誕生する。その結果は今の日本を象徴する結果になる。
その都知事選を始めとした結果で今の庶民らの現状認識もある程度判断できる。 
いい結果を期待したい。そして今年夏に行われる参院選への弾みにもしたいと思う。
自分だけがそこそこであれば現状を維持したいという「自分だけがよければ」という変化を好まない感覚は私は個人的にキライだ。そこには困っている人達のことやこれから困るであろう人達の事が含まれていないからだ。今こそ、まさに「庶民の力による変化」の時だと思う。

人は多くの人によって生かされている。一人では生きていけない。
それを忘れた民衆が支持する国家に真の意味での繁栄はないだろう。
せめて、自分の気持ち半分、困っている他人の気持ち半分で考えて1票投じて欲しい。
自分らだけがよければいい という結果が今の世の中の全てであるから・・・。
共存共栄とは弱者を中心に考えなくてはいけない言葉なのだ。
一部の得をする強者を中心の、あざ笑うかのような共存共栄はあり得ないのだと思う。
それはおこぼれを貰うだけのことである。そんな選択はしたくは無い。

自分の1票は投じた。
これでまた明日から、今夜の結果の如何を問わず諦めずに声をあげていける。




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昨日は見たくもない、年老いた老人のネズミ笑いを見せられてしまいましたね。
都民が選んだ結果です。それが東京の今現在の良識なのでしょう。
受け入れるしかありません。決して都民が○○だとは思いません。
これが仮に何処の地域でも同じような結果に今現在ではなるのでしょうから。
都知事選で言えば有権者10.419.204人のうち、有効投票数、5506266票で、投票率は54.35%。そのうち2811486票の51%が石原慎太郎に入ったのです。
約27%、4分の1の都民が石原慎太郎を選んだわけですね。
これが憲法改正に関わる国民投票だったら・・・・
と考えると怖いですね。たった27%の賛成で決まるんだから。

今回の13都道県知事選では多くの候補がマニフェストを掲げて選挙戦を繰り広げたが、知事選投票率の低下傾向の歯止めとならなかったとどこかに書いてありました。
公選法のプチ改正も意味は無かった。そりゃそうだろう。
東京都1000万人の有権者で言えばたったの3%、30万人の手元にしか行き渡らないマニフェストビラに何の効果があろうか?各地で演説をしたとしても一日10ヶ所で14日間やっても140箇所×1000人集まったとしても14万人ですぜ。よく見積もって44万人の人しか直接、間接的に政策やその候補者の事を知る機会は無いようなものですから。その他の人はTVや新聞だけでしょ?候補者を選ぶ情報は。それが公選法。

今回の都知事選にしても敗因の筆頭は現政権が変えようとしない公職選挙法が時代の流れに全く追いついていないという事なのだ。そもそも、候補者の触り程度の情報である政見放送にしたって、深夜や早朝に申し訳程度に流す程度では誰も見ないだろう。
私も福岡の知事選の各候補者の政見放送は見ていないし、演説も一度も聴いていない。
そして告示後の候補者同士の討論会や演説会も公選法では厳しく制限されているという事では盛り上がる筈がない。知事選で言えば4年間露出している見かけが派手な現職の方が有利に決まっている。そこから不公平なのに公選法では公平さを無理に演出している。

インターネットによる選挙応援にしても、選挙に金をかけないという点だけでも優れているのはわかっているのにいまだに実現されない。なんでもダウンロードして印刷したりすると紙代・インク代等もかかるし、パソコンやプリンターも必要とかで、実際はかなりの費用がかかるからとして「公平性」に疑問があるとか言っている政治家もいるそうである。
全く持って時代遅れな、そして馬鹿な与党政治家である。信じられない話だ。

いかに選挙民に政治に関心を持たせないようにするか!!
それしか与党政治家達は考えていないのである。
昨日の早すぎる当確速報にしてもそうだ。
あんなに早く当確を出して喜び、得をするのは誰だ?
少なくとも普通の国民の間では誰も喜ばないだろう。
それ以降チャンネルを変えられるのが関の山だ。私もすぐに画面を消した。

あれが逆に、投票が競ってどちらが受かるかわからなければどうだろう。
自分の1票の行方が当落を左右するような気持ちにもなり政治に関心を持たないだろうか。
出口調査などの数字の集計で勝手に当確を出す意味がわからない。
42.195キロのマラソンの最初の100メートル程度走ったくらいで優勝者を決めるようなレースを誰が興味・関心を持って見るだろうか?普通、世間ではそれを出来レースという。
結局自分の1票は出口調査で決められている価値程度しかないと演出されているわけだ。
自分の1票がレース開始後すぐに瞬殺される身にもなってみろ。TV局は。
その瞬間から関心は無くなる。結局何をしても一緒という無力感だけをプレゼントされて。

今後、出口調査は公選法によって規制されるべきである。するな!
政治に関心を持たない人を増やすだけの効果しかないだろう、あれは。

そうやって公選法は、普通の国民に対して、如何に今後も政治に興味関心を持たせないようにするかを考えながら作られていくのだろう。
そこから声をあげていかないといつまで経っても権力とマスコミが手を結んだ今の政治に対しての「国民無関心製造体制」には勝つことは出来ないのである。

最後に今回の選挙で学んだ事。
反権力側である、左派及びリベラル側は武士魂なのである。潔く義の為に真っ直ぐである。
そして権力、与党応援側は、(悪徳)商人魂なのである。勝つ(儲かる)為には何でもあり。
武士魂は純粋すぎて何かと制約が多すぎるのである!
悪徳商人魂は利の為には何でもアリだ。
武士が悪徳商人に勝つためにはどうしたらいいのか? 半商武士作戦か?
そこらあたりから考えていかないと、刀(言葉)さえ取り上げられていくだろう。
まして切腹はイヤじゃ(笑) 
切腹せずに、勝つ為にどうしたらいいかを考えていきたいですね。

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統一地方選前半戦のまとめとしてTB頂いたブログやお気に入りのブログの中からいくつかご紹介します。お時間がある方はそれぞれ読み比べてみてください^^ 
ちなみに私が昨日書いたような「武士道魂と悪徳商人魂」のような抽象的な内容とは違い、色々な角度から検証されているブログばかりです。勉強になりますよ~~~!
夢想飛行-伝統的保守へ : 統一地方選挙のまとめ

広島瀬戸内新聞ブログ版 : 都道府県議選、自民党敗北、女性議員は中国地方では増加

棒に怒る日本人 : 痴呆選挙とエクソダス?

草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN : 「ノンポリ」栄え、国滅ぶ-石原都知事信任

復活!三輪のレッドアラート! : 今回の前哨戦について

最後に5部作で「結果を受け入れざるを得ない民主主義の弱点攻撃」という表題でまとめてくださった ぬぬぬ?のインターセプターさんのブログです。
【1】 異常に早期化する"当確"選挙速報とシナリオ掴んだ記者たちの我慢汁
【2】 「そういうことになってますから」の世の中のシナリオ書きの反復練習 
【3】 「横田めぐみが帰ってくる」衆院解散同日選挙と"安倍改憲翼賛体制"の確立 
【4】 結果と数字の目晦まし、新手のセコー戦術は世論偽装のクリックスクラム 
【5】 「あきらめてもらうシナリオ」への最大のレジスタンスは「あきらめてやんないこと」


もちろん他にも多数の素晴らしいブログがありますので、今回の選挙で少しでも政治に興味、関心を持たれたり、もっと知りたいと思われる方は以下のリンク先から、ノンビリと政治ネットサーフィンをしてみてください^^
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さて、上記のブログの数々を見て頂いたらわかるように様々な考え方が世の中にはあるわけです。それこそ右や左や保守や革新や上や下や?の考え方が政治に関してはあるわけです。それは政治に限らずなんでもそうでしょう。そういった様々な考え方がぶつかる事で民主主義は発展していくものと私は思っています。「これが絶対真理だ!」は無い。
日々流動していく世界の中で、それはありえない事だと思います。
「100:0」は無いのです。「どちらの考えも一理ある」が正解に近いと思います。
ある意味片方の暴走のブレーキ役として相反して必要なのです。

だから拒絶してはならないと私は思うのです。世の中が「100:0」になるよりはそれは絶対に健全な事だと思うからです。必ずしも黒か白かだけではないのが世の中の仕組みです。
光の三原色 で言えば、赤と緑と青の3つから全ての色が作り出せます。
そういった色々な色の方々がいるからこそ、世の中は面白く果てしない。
ちなみに、すべて混ぜれば「白」になるのが光の三原色だそうです。
ふと思いましたが、私は「白」になりたいかも?(笑) 要するに世の中が「黒」一色でもおかしいし、「赤」一色でも怖いとかいう事です。当たり前ですけどね^^;

そういった世の中で、私たちは日々生活しているわけです。
また否が応でも平和に、そして無駄なトラブルも無く生活していく為には、色の違い程度で争いを起こしたりはしないという分別はリアル社会では当たり前の処世術なのです。
ですからそれが犯罪とかに絡むものでなく、真っ当な意見であるのならば主義や思想が違っても、ある程度は受け入れて生きていくということが自然な、それこそ「普通の感覚の人」であるといえるのではないかと私は思うわけです。

「普通の人」 これが所謂、今回の選挙で与野党がさんざん取り込もうとした無党派層(政党支持なし層)と呼ばれる方々の多数を占めるのではないかと思います。
その「普通の人」たちの中には私なんかよりも政治に詳しい方々も大勢いると思います。
決してB層(ジミン命名)等と呼ばれている方々ばかりではない。少なくとも「普通の人」は選挙に行く人が多いと思う。何故って? 選挙に行く事は「普通」のことだからだ。

「普通の人」は左右に捉われない。「世の中に絶対は無いぞ」と思ってらっしゃる方たち。あるいは「騙されないぞ精神」がある人たち。右の意見も左の意見もとりあえず一歩引いて聞く人。どちらの情報も仕入れて自分が、より納得した方にその場その場で決断していく人たち。世の中の生きていくうえで当たり前の感覚で決断していく人たち。
それが「普通の人」達だと私は思います。

さて、ブログを書いている自分を振り返って考えてみる。「普通の人」か? と。
この一年間、安倍晋三の悪口とかこの頃では石原慎太郎の悪口ばかり書いていましたが(笑)これは普通か?と。 私の場合は言葉遊びが好きなのでチンゾウとかチンタロウとかまで書いて、批判していた自分を振り返ってみる。
「普通」から少し離れていたのかも知れないなぁ~、なんて一人思う。

片方の主義・思想を一方的に叩く事。これは否定はしない。
絶対反対だという意思表明は大事である。要は伝え方、訴え方、書き方なのだろう。
「普通の人」たちにしっかりと伝わる言葉で書いているかどうかが大事だと思うのである。
訴え方、書き方を失敗すれば、それは一方的な独りよがりの一色の色の考え方になる。おまけに自分に酔って書いてしまえば仲間内だけで受けるだけで部外者から見れば「なんじゃこりゃ?」的な訴えになってはいないかと自問自答していく事も今後大事ではないでしょうか。

熱くなればなればなるほどその温度差は「普通の人」たちとかけ離れていく事もある。
だからといって冷めた文章を書けばいいわけでない。
大事な事は丁度いい湯加減で訴えていく事か? と、まとめようとしてみる(笑)

普通の人たち
これはネット上でも多数派の方々である。
政治ブログを書いたり読んだりしている人達は、ネット界ではまだまだ少数派なのだ。
やるべき事、創意工夫することは、まだまだ十分ある という事である。
多数派である「普通の人たち」が普通に、そして自然に、政治や世の中の仕組みなんかに興味や関心を少しでも持ってもらうようにする事もこれから、こういったブログを続けていく上で、大事な事ではないかと今回の選挙を通じて考えてみました。

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あまり人のブログのことでどうたらこうたら言うのは控えようとは思っているのだが、自分の関わったことも書かれていたら書きたくもなる。かといって人のコメント欄に書くのは苦手だし、どうせ長くなるから自分のエントリで書いてみる。

理解に苦しんだのは、反新自由主義・護憲を掲げながら、積極的に史郎クンを応援してたブロガーの存在である。史郎クンは、護憲候補じゃないだろう。僕にとって史郎クンの価値は、慎太郎クンに勝てるか!?
この一点だけであった。その可能性がないと見定めたとき、
僕にとって史郎クンは、ただのイヤな奴となった。
選挙公報に掲載された、史郎クンのメッセージである。

「生きる力が最も弱い人」。これが、史郎クンと史郎クンを応援する「市民」の障害者に対する「善意」である。いい気なもんだぜ。ったく。この表現の奇怪醜悪に比べたら、慎太郎クンのババァ発言のほうが、「よりマシ」ってもんだろう。

大映映画「座頭市」シリーズに、こんな台詞がある。
「あっしゃあねえ、『めくら』だの『ドめくら』だのといくら言われたって、構やしません。その通りなんすから。でもね、『めくらの分際で』とか、『ドめくらのくせしやがって』なんて言う奴ァ、許しちゃおけねんだ!」。

史郎クンと史郎クン応援団の人たちは、弱者ってゆうか、人の気持ちが、てんで分かっちゃねえ。それで「庶民も立ち上がるぞ」ってんだから、恐れ入谷の鬼子母神。その鈍感力は、致命的だろう。そんな似非ヒューマニズムで、慎太郎ファシズムに勝てるとお思いか。もちっと、しゃんとしようぜ。
BLOG BLUES:石原三選の戦犯は民主党

それに対してはじめの一歩さんがエントリを立ち上げられた。BLOG BLUESさんへ
そしてそのコメント欄にてBLOG BLUESさんは喜八さんを酷い言葉で批判している。
BLOG BLUESさん曰く「文は人なり」だそうだ。そうか?私は少し違う。
「文も人の一部である」だと思う。それが弱者にも気を使ったやさしい言葉であろう。
私にはBLOG BLUESさんが何が言いたいのか正直よくわからなかったというのが本音だ。

浅野史郎氏を応援するものを罵倒し、人のブログでコメントを入れている人を批判し、自分の信念を語る。そこに何が生まれるのでしょうか?
浅野氏を応援していた人の中に弱者は一人もいなかったのかな?
これが私がよく思う「左」の崩壊の姿だ。
左的な方々にありがちな何の益にもならない「強い思い込み」を見た気がする。
そこには「分裂」というカッコイイ姿があるだけだ・・。「思い込み」という。

今回の選挙にしても、私が偉いと思うのは、たらたらと持論を展開したり、ああでもないこうでもないとブログで室内に閉じこもって文字を打ってた人ではない。現場に出かけて、吉田陣営でもいい、浅野陣営でもいい、そこで汗を流して頑張った人の方が偉いのは誰にでもわかること。もちろん私のブログなんて、そういった方々に比べたら何の価値も無いくらいと思うくらいである。結果はどうであれ知行合一を実践した人が偉いと私は思う。現場に出ないとわからないことがある。 そこには文字だけでは伝えきれないものが多数散らばっている筈だ。
「文字は人なり」だけでは論ぜられない。文字は無くとも人は人を見抜ける力がある。

選挙が終わった後にまで、こういった発言をする事はどうなのか?
私にはまったく、その意義がわからない。頑張って応援した人を批判できるくらい自分は偉いのか?自分だけが弱者や人の気持ちをわかっているのか?
文面を見るだけではまったく垣間見えません。文は人ではないのか?
個人的にいえば、私は喜八さんを敬愛しています。何度か頂いたメールやコメントだけでもそのやさしさは感じています。決して「似非」では無い事は「文」でも感じています。
その敬愛している人を罵倒されて、気分がいい訳はありません。もし私が喜八さんの立場だったらと考えることがBLOG BLUESさんが言う「人の気持ちがわかる」って事でしょう。

そういう意味でBLOG BLUESさんの今回のエントリ、及び、コメントに関しては全く同意できません。しかし、こうやって考えさせてくれる時間を作って下さったことには感謝しております。世の中には無駄なものはない。
しかし、このことで議論に加わる気持ちは私には一切無い。
それこそいつものパターンではないか。左派同士がケンケンガクガク。
昨日書いた「普通の人」を無視した、表現は悪いがブログ遊びなのである。
願わくば、いい方向で終結して欲しいと思います。そうなると思いますが・・・。

「生きる力が最も弱い人」 私は好きな表現だ。
この言葉をどう受け取るかは人それぞれである。
それを第一に考え、素直に共鳴する人もいれば拒否反応を示す方もいる。
その人の立場や境遇や思想で人それぞれに180度受け取り方は違うものだ。

文字は文字なりである。 ただそれだけのことである。
自分が嫌いな人から言われた「付き合ってください」と
自分が好きな人から言われた「付き合ってください」は、同じ言葉でも微妙に違うのだ。(笑)

今回、浅野氏、吉田氏他の方をボランティアで応援された方々には改めてお疲れ様でした。
私は貴方方こそ、本当の「文は人なり」を実践されたブロガーだと思います。


【追記】

言ノ葉工房の るかさんのブログ
国民投票法案強行採決 & 石原さん弱い人間でも生きていていいですか。



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国民投票法案がいよいよ、今夕にも採決されそうである。しかし、TVなどを見ても取り上げてはいたが、軽い。扱いが。一体どれくらいの方々が国民投票法案について知っているのだろうか?ある意味ネットだけのような気もするくらい、伝わっていない現状ですね。
結局、与党単独で採決になるのだろう。鈍感力さえあれば何でも通る現国会である。しかし諦める事はない。例えば私の愛読してる白川氏と天木氏が同じような事を書いている。

自民党などが意図する憲法改正に反対の立場にある者がいましなければならないことは、彼らの憲法改正案が衆議院と参議院で3分の2の賛成で可決されないように努力することだと私は思っている。そしてそれはそんなに難しいことだとは思っていない。
永田町徒然草 :国民投票法案について

最後に、やはりなんと言っても、国民投票法はあくまでも手続法であって、それに基づいて実際に国民投票が行われる事との間には、天と地ほどの隔たりがあるという事である。政府がどのように改憲に有利な手続法をつくり、その後にあらゆる情報操作をしてみたところで、国民に改憲の決断をさせるということは容易な事ではない。
天木直人のブログ:国民投票法案の強行採決を前にして

詳しくは、上記の白川氏と天木氏のブログを両方ともご覧頂きたい。まだまだ先は長いし、諦める必要も何も無い。そういうことだ。時間はかかるかもしれないが希望は十分にあるわけだ。そういった意味でも今夏の参院選そして22日に行われる福島、沖縄の参院補選は大事な闘いとなっていく訳である。参院選で勝利して安倍政権にNO!と突きつけるのだ! 
闘うための準備を、野党あるいは反自公応援者たちは考えなくてはいけないわけである。

さて、闘いに行く為に手ぶらで何の戦略も無しに行く人はいないだろう。
しかし、現実は手ぶらの人が多いのが反与党側の人々ではないだろうか?
それも個々が連帯していないブラブラだ(笑)あるいは反目しあうブラブラだったりする。
与党にあって、反与党に無いもの。 少しこれを考えてみてください。
それは「したたかさ」であったり、人によっては「汚さ」という人もいるだろう。そして究極は「勝つためには何でもアリ」という「権力」に対しての貪欲さであるのではないかと思うわけだ。
そこから考えて、したたかな与党=自公政権と闘う準備をしないと、いくら崇高な理念を持ってしても参院選の勝利はかなり厳しいものになる筈だ。

弱いものがしてはいけないこと。
『相手の土俵に乗って闘うこと』 を筆頭にあげたいと思う。
以前、復活!三輪のレッドアラート!の三輪耀山さんにこんなコメントを頂いた事がある。

ぶいっちゃん様。
少し提案があります。貴方にもその他の方にもですが。

少し方向性を変換して頂けませんか?
今年については平和憲法云々にあまり拘らない方が良いと思うのです。
現在の安倍内閣の政策ですが、はっきり言って国民の生活を破壊する悪政です。
その方向をクローズアップした方が、戦い方としてはまともになると思うのですがね?

言わせて頂きます。これだけは忘れないで下さい。
「改憲をクローズアップする戦い」とは、とりもなおさず「安倍政権の土俵での戦い」です。
大事な事はそんな事には無い。
私が小泉政権に反旗を翻したのは、小泉政権が国民の生活と安全、日本国の積み重ねて来た国民の権利を蹂躙しようとする意図を見抜いたからです。
はっきり言いますが、貴方達も、威勢の良いだけのネット右翼達も政権批判やら政権肯定やらの方向を間違えています。

私は貴方がたに共闘を申し出たい。

けれど、こう言う国民の生活に取って枝葉末節の部分に飽くまで拘るのなら無理だ。
私は小泉内閣の時代から、何年にも渡って自殺を強いられてきた、困窮している国民を哀れだと思う。
彼等を守ってあげられなくて悲しい、悔しいと思う。
だから敢えて反体制派となった。

けれど、貴方がたが安倍政権擁護派とベクトルは正反対でも、絶対値では同じ方向性しか見れない、改憲馬鹿に正対する平和馬鹿ならそこまでと見限るしかない。

何が大事なのか?それは今この瞬間にも日本国から兵糧攻めを受けている日本国民なのではないか?
そのことをもっと重要視して欲しい。

平和憲法とやらを守りたいならば参院選に勝つ事だ。
その為には安倍政権の馬鹿ぶりを天下に知らしめる事が大切ではないか?
ぶっちゃけて言う。私達が残業代ゼロ法案に反対記事をあげているのを傍観して、平和平和と安倍支持派と逆の事を叫びながら遊んでいるのはそろそろやめて頂きたいのだ。

それよりも国民の生活の破壊に対する反対意見を皆に聞かせてあげて欲しいのだ。
安倍政権を本当に倒したいのならば、理念ではなく、今後あるべき善政への期待こそが効果的なのだと思う。
その事を理解して頂きたい。
もう、右翼も左翼も理念的なのに私はほとほと疲れて来ている。
情けなくて仕方が無い。目を覚まして欲しい。
 

私の中ではこれは「直江状」ならぬ「三輪状」という位置づけで私の頭から離れない。
保守の三輪さんが言葉を抑えてではあるが、私のようなブログを通して「共闘」を申し出てくださったのである。これは私がブログをやっていて正直、一番の衝撃であった。心にも響いた。
共闘は左からではなく右方面から来たのだから・・・。
もちろん全ての考えが一致しないという事は当たり前ではあるが、ここに「共闘」の本質的な意味合いがあるのだと思う。今の時代で必要な真の共闘の意味が。

そして三輪さんも書いておられる「安倍政権の土俵での戦い」。
これは取りも直さず、非権力側の弱点にもなる可能性が大なのである。
自分の信じるものの為に乗らざるを得なくなる時もあるのはわかる。
しかし、そこは敵の土俵なのである。
どこで闘おうが信念は変わらないのだ!みたいな闘い方も潔しである。
しかし、勝てないだろう、それでは。えてして左派にはこの手の闘い方が多いように思う。
そしてその「義」に同調する方も多い。
あえて言う。それは弱者の為の戦いではない。 自分の為の闘いなのだ と。

国民投票法案や、憲法改正の話をするな ではない。
敵の土俵に乗るな という事である。 その土俵の名前は「策略」かもしれない。「正義」かもしれない。あるいは「分断」という名の土俵かもしれないのだ。共産と民主が互いに批判しあう事も相手の土俵に無意識に乗っているようなものだ。互いの「正義」という「義」を利用された土俵かもしれないわけだ。 こんな事を書かずとも皆、気づいているだろうが、あえて書いた。 それぞれの土俵の進行役に味方のふりをした敵側が一人でもいれば、その土俵の行き着く先はある程度見えているからだ。

団結、連帯は難しいが、分断はある意味簡単だ。
外からも内からも、あっけなく、もろくも崩れていく・・・。
私がブログを、ふと辞めたくなるのはそんな時なのだ。
 
現政権に異議を唱える人たちで揺ぎ無い土俵を作りましょう。
その名も共闘土俵です。
もちろん土俵に乗らないゲリラ的な闘いもアリだと思う。
しかし、土俵は自分たち(生活弱者を含む)で作った土俵で闘いませんか?
私は、来る参院選に勝利する為にも、こちら側の土俵の準備が大事だと思います。

それは大変な事だとは思います。土俵上の細かなルールをあげればきりがありません。
でももうそろそろ出来る筈です。機はそろそろ熟してきたのではないでしょうか?
それくらいブログ(ネット)上のレベルは上がってきていると思っています、私は。
頑張りましょう!! それぞれの共闘という名の土俵で^^

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とりあえず昨日の不愉快な出来事を記録しておこう。
在日米軍再編への協力度合いに応じて地方自治体に交付金を支給する事を柱とした米軍再編推進法案が可決、そして国民投票法案は与党の目論見通りに採決されてしまった。

国民投票法案採決、野党が反発 辻元氏「角も牙も出た」2007年04月13日asahi.com
 国民投票法案の衆院委員会可決について安倍首相は12日、首相官邸で記者団に「相当長い議論、深い議論をしてきたと思います。その結果いよいよ採決をするときが来たのだろうと思います」と期待感を示した。

 中山太郎・衆院憲法調査特別委員長も「混乱の中で採決をしたことは残念だが、国民の手に主権が確立されるとの観点から、これで正しかったと思う」と強調した。
 公明党の赤松正雄・同委理事は「常に選挙もあるし、常に戦時だ。戦後60年間、決められていなかった手続き法を出来るだけ早い時に決めなきゃならない」と述べた。

 一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は「将来、憲法改正が現実となった時、今回の手続き法で強行採決されたことが何らかの汚点として残るのではないかと心配している。強硬姿勢に転じることで安倍政権の評価が上がると錯覚しているのではないか」と批判した。

 共産党の志位委員長は「ほとんど質疑を抜きに大変な悪法が委員会で強行(採決)された。この罪は非常に深い。9条を変え、海外で戦争をする国をつくることが憲法改定の目的だが、真っ当な国民投票では到底勝ち目がないと、こういう仕掛けを作っている。参院で必ず廃案に追い込む」。
 同委の委員の社民党の辻元清美氏は「安倍首相のタカのツメだけではなく、角も牙も出てきた。憲法を総理大臣が私物化している」と批判した。
 (太赤字は私)

こうなる事は教育基本法改正の強行採決の時から想像は出来た。
計画通りに安倍晋三は動いているだけだ。太字にした部分なんて嘘八百な話ではある。
結果、記録としてこのような言葉だけが電波として流され、何も知らない国民は「偉い政治家さん達が一生懸命議論して語りつくして、我々国民の為に、国民主権とやらの為に頑張ってくれた」と勘違いする人もいるのだろう。そんな国家運営の小泉以降安倍政権時代に生きている皆さん、まだこれでも政治家を信じて任せて暢気に生きてていいですか?

知っている人が知らない人に、わかりやすく伝えていくだけで日本は変わっていけるのです。知らないからTVで流される言葉だけを信じて「オラには何もわからねぇ、頭のいい人たちに任せるべぇ」になってしまう。しかし、本当の意味での頭のいい人達は政治家にはもういないのですよ。党議拘束という、「安倍が右向けと言ったら全員右向くような」頭数だけの頭しか持っていないような人しかいないのですよ。言い過ぎ?(笑)
安倍が右向けで与党政治家全て右向く、そして政治家を信じる素直な国民も、声をあげている人も右向きにされていく。 恐ろしいこってす。

とりあえず国民投票法案の危険性について知らない人がまだまだいると思いますのでメールでも何でもいいですから教えてあげましょうよ。
「こんな事言わなくても知ってるやろ?」とか面倒くさいとか思わずに知っている人達は知らない人たちに伝える事が大切です。それが共闘。  自分の口や文字で伝えるのが苦手だったら、例えばこういった動画を教えてやるだけでもいいんです。

弁護士、猿田佐世が解説する国民投票法の問題点

私が政治関連のブログやサイトを見ていて、たまに不満に思うのは、高所から書いている感がするものが意外にまだまだ多い事。勿論意識してそう書いているのではなくとも、「こんな事は知ってて当たり前だからあえて説明はしない」や「これくらいの事は勉強してから質問しなさい」的な、または「人に聞く前に政治の基本位は勉強してから読んで下さい」のような。
そうして政治知識が少ない人に対して敷居を作る。更には選挙で負ければそういった「B層(ジミン命名)のせいで・・・」と書いて非難したりする。これはおかしいと思うのである。

その方々の場合で言えば、原因はわかっているではないか?ジミン命名のB層だって事が。
もちろんそれだけが選挙で負けた理由ではないのだが。
その嫌な言葉であるジミンが影で言う「B層」と舐められている方々に、どうにかして、ちゃんとした情報を伝えてやればいいだけの話ではないか? 
本当の情報をわかりやすく伝えて手助けしてやればいいのに、助けてもらいたければ、それなりの最低限の知識を自分で得たら、助けてやってもいいよ的な姿勢なのである。
ちょっと極端な言い回しになったが、そんな気がよくします。

政治ブログや時事を扱うブログにコメントを入れる事は非常に難しいことだ。
「普通の人」は一歩、引いてしまうこともあると思う。と書くとコメントくださる方は普通では無い人になるか(笑)失礼しました。ちょっと違いますね。それくらいコメントって普通難しい。
だからコメントは入れない方々の方が多いのである。
しかし、そのアクセスの数だけ読みにきてくれている方々は多いのである。
声なき声の読者は多いのである。書き手は読者を選べない。
難しい文章や政治用語の意味を知りたければ自分で勉強しなさい、理解出来るようになってから読みに来なさい的なやり方では勿体無いと私は思うのである。
(これはあくまで、選挙の敗因が「B層」だとか書いてるサイトの場合です。難しいブログがいけないという事ではありません^^ 念のため)

私は自分の力(政治に関して)を客観視するに、大したものではないと自覚しているだけに、自分も普段使わないような政治用語を書いたりする時には極力「リンク」や「引用」をしたりして解説するように心がけてはいる。例えば党議拘束 と。これだけでもいいと思う。簡単だ。
そんなリンクや引用なんかしなくったって自分で調べさせればいいじゃないかと思われる方も多いだろうが、その検索さえ上手に出来ない人もまだまだ多いと思うし、また、それが政治的弱者(ネット弱者?)の一部だとも思うわけなのです。

社会的弱者の為にとか、生活弱者の為にとか、あるいはネット弱者、情報弱者を考える事ってこういうことからだと思うわけです。私の友人知人でもネットの使い方や検索のしかたさえ満足に知らない人間はまだまだ多いです。
そういった方々が情報難民でもあり、ジミン命名のB層扱いにもされる比率は高いものだと思います。 弱者と書くと語弊がありますが、政治の事や、情報収集や、ネットの扱いなどが苦手な方々の手助けをする事も大事な事だと思うわけです。

自分が知っていて当たり前だと思っている事は、他の人は知らないかもしれない。
そう思うことから他者の悩みも痛みもわかるようになっていくと思います。
そうして知らない事を皆が知るようになった時に世の中は変わっていくと思うのです。
知っているから偉いのではない。それを多くの人に伝えられる人が偉いと私は思う。

ひとりがひとりに伝えていく繰り返し これがやはり大事なことだ。
私はそういった意味で、政治や世の中の情報などを、よく知っている人と、あまり知らない人がリンクして助け合うことも共闘だと思うのです。

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自公政権の土俵に乗って闘う必要は無いが知っておかなくてはいけない事は色々とある。
憲法改正の手続法である国民投票法にしても本来は、法によって決まっている事なので、
ことさら反対したり騒いだりする必要は無いのである。60年も経てばどこかしら改正しなくてはいけない事は公職選挙法と同じようにあってもおかしくは無い。
大事な事は「何のために変えるのか?」「誰の為に変えるのか?」という事を国民主権の元、まともな政治家がごく、まともに論議してくれて、ある程度の国民の納得の元で、しっかりと進めてくれればいいだけのことである。しかし である。

とりあえずガスパーチョ:07年統一地方選自滅党ポスター その2:軍需に活力
※ガスパーチョさん、ありがとうございます。お借りしました。
 
しかし、その「長」たる責任者が、一番マトモではない論理思考の否国民の安倍晋三だから、全てが危険で愚かで信用ならないので反対したくなるのだ。またその法もいい加減なまま。

<<国民投票法案の主要な問題点>>
・投票年齢を18歳に引き下げる。義務と責任の問題。(民主党の要望)⇒20歳で維持すべき
・公務員の運動制限違反に刑事罰をもうけない。(官労組と癒着している民主党の要望、民主党は制限規定でさえ撤廃を要望している。)⇒刑事罰規定を設ける
・最低賛成者数の規定が無い(自民、公明、民主の合意事項)⇒賛成者が過半数且つ有権者の40%以上とする⇒国民的議論が必要不可欠になる
・白票を無効票にし、母集団に加えない。⇒白票の有効化
・関連項目ごとの賛否投票であり、民意の反映が十分になされない。⇒条文ごとに投票
・憲法以外の国民投票を可能にするか(民主党の要望)⇒不可(過去にエントリー参照)

夢想飛行-伝統的保守へ:憲法改正の行方-国民投票法案可決へ


夢想飛行の四季桜さんが国民投票法の主な問題点をわかりやすくしてくれた。
この頃思うのだが、保守とは何?って。私自身、自分のスタンスがいまだにわからない位置にいると思っている。この頃よく私が書いている「普通の人」という方々もそうだが、保守か、革新か?って定義についてはあまり考えた事は無い方々も多いものだと思う。
私自身、保守的な部分も微妙に持っている部分もあれば、革新的な発想も多分にあると思っている。一言で言えば、「中途半端な男」なのであろう(笑) ちょっとお勉強してみる。

8、「方法論・手段・技術としての保守」は伝統主義ではない
本来、保守思想とは英国の体制擁護イデオロギーであった。保守の反対は革新であるが、よく考えるとこれを「右vs左」の構図にはめるのは適切でない。なんとなれば、革新が「動・変」でそこに動きのベクトルがあるとすれば、保守は「不動・不変・現状維持」であって動きとしてはゼロ点におくことができる。「動きのベクトル」を「革新」とよぶのは、変化すれば新しくなると思い込んでいるからだが、変化には「新しくなる」ことばかりではない。変化には今を否定して「昔にもどす、古くなる」こともある。これを保守とは呼べない。復古主義は単なる革新よりも一層過激でありうるからだ。保守とは逆向きの二つの変化のベクトル(革新派と復古派)の中間にあって現状維持を唱える、つまり中道なのである。たとえば戦後を否定し戦前回帰を唱えるのは、復古派であって保守ではあり得ないだろう。戦後を肯定擁護する者が保守のはずである。

ふむふむ。こういう意味で言うと、私は保守にも近いのかな?とも思う。この勉強はまた時間がある時にでもじっくりと自分を見つめなおしてみよう。 しかし、どちらにしても私は私だ。
こうやってブログを書いてみてよかった事の最大は、自分と全く違う考えの方々と多く触れ合う事ができたという事だ。以前、ぬぬぬ?さんのブログで「意見が異なっても『筋のいい人』は大勢いる」という一文を見た時にそれまでリトル悩んでいた事がパっと晴れた事がある。

今では毎日政治の事ばかり書いているけど、最初の頃はそんな気はサラサラなかった。そして書き出してから暫くすると自然発生的に左派・リベラル系の方々との交流が多くなった。
私の考え方が自然にそういった交流を作っていったものだと思われる。
唯一このブログの存在を教えている「完全保守系(笑)」の友人に言われたもんだ。「あんた、バリバリの左やねぇ~!」と(笑)言われて自分のブログスタンスみたいなものに気がつくくらい何も考えずに書いていたもんだ。
無意識に書いている頃は気にもしていなかったが、ゲストさんが増える度に意識しだす。

そしてだんだんとジレンマが出てくるようになった。
思った事が書きにくくなるという悪循環に陥ってしまうのであった。
半年ほど前に天皇の話を書いた時くらいかな?一番わかりやすかったのは。普段、気楽にコメントしあう間柄の方でも、考えが全く違っていたからだ。それからは「これをこういう風に書くと顰蹙を買うだろうなぁ」とか思いながら意識して書いてましたね。
もちろん、だからといって自分に嘘をついてまで書いた事は無い。
要は書き方の問題なのだろう。ニュアンスを微妙にしたり、その手の話題を避けたりとか・・。自分の思っている事を100%、ズバズバと書いていない状態だ。

やっぱ、人ってムダに嫌われたくは無いでしょ?無駄な争いも避けたい。
いい人同士なのに、政治的な主義主張だけで分断されるのは悲しい事だと私は思っている。というか寂しいと思う。世の中は政治だけではないからだ。
そこでぬぬぬ?さんのこの言葉だ。「意見が異なっても『筋のいい人』は大勢いる
それでいいじゃないか と思うようになった。筋がいい同士が増える事はいいことだ!
須(すべか)らくこの世の中を難しくしているのはそういうことなのだ。
そこを認めてこそ、実りのある世の中になっていくのじゃないかと思った。
そして再び、夢想飛行-伝統的保守への四季桜さんの記事を引用。

不合理なのは、民主党である。強行採決を阻止するには、国民世論の沸騰させて、自民党内の慎重派に反乱を起させる事であった。その為にも、熱心に議論し、問題点を浮き彫りにする必要があった。しかし、民主党は、党内事情を優先させて、議論から逃げたのである。民主党が土俵から降りた、この事実は、民主党が自民党の暴走を間接支援した事となる。また、同法案は、民主党が賛成しようと、しまいと、実質、民主党と自民党の妥協案である。鳩山幹事長が、他人事の様に意見を述べるのは、無責任であり、責任回避であり、不道徳である。もはや、民主党は、自民党に批判の為の批判をするだけの恥ずかしい政党のようである。古い社会主義体質は嫌いであるが、社民党の方がマシである。

 また、政治哲学的身体を持たない政党(指導者)が、政権を担い、政策を実行する危険性は、小泉独裁や村山内閣で示している。民主党は、サヨクからネオリベまで幅が広すぎるのある。その上、無党派取り組みを意図して、大衆迎合しようとする愚かな政党である。憲法改正や格差是正という重要課題まで、政争の道具とし、真っ当な政策論争をしていないように思われる。少しは、筋の通った政策論議をして欲しいものである。

 民主党は、自民党を強権国家と評するが、民主党の都知事選の選考過程を考えれば、強権政党である。民主党による格差のスローガン化(参照 民主党の都知事選の敗因と余波-参議院選挙)を考えたら笑止千万の批判である。

 民主党は、徹頭徹尾、「国家・国民より党(中央)利党(中央)略」なのである。最大野党である民主党の責任は重い。とまれ、憲法改正までの道のりは長く、それまで激しい『知的』政治闘争が展開されるであろう。左翼やリベラルの知性を結集させた政治闘争のプロ集団に注目したい。民主党のように、ママゴトやお遊戯をしたりしない。安保闘争を戦い抜いた、タフな集団である。実力闘争の苛烈な政治運動を知っており、政治闘争は戦争であり、スピン合戦であり、謀略戦であり、シンパ獲得の為のオルグに長けている集団による戦いである。一言申し上げるなら、サヨク臭を消す事で、革新から保守まで連帯できるかが鍵になるであろう。サヨク臭が漂えば、保守は反発するからである。

 嘗て、改憲運動他の保守活動に主体的に参加した者として、今回の件には、強い関心を寄せている。民主党は、サヨク切りをするか、保守切りをしない限り、政党としての体を為さないであろう。

夢想飛行-伝統的保守へ:憲法改正の行方-国民投票法案可決へ

この一文を見たら、ちょっと前の私ではスルーしたと思う。しかし、読めば今では納得して読める部分も多いし、そこから自分の血肉となり新しい考え方が生まれて行くようにも思う。それでいいと自分で思う。左も右も保守も革新もその他様々な分類の中に私はいないと思う。今後もおそらく私には無いだろう。 読む人が勝手に決めるだけなのだ。 それでいい。

ちょっと前に頂いた「管理人にだけ閲覧」のコメントで、民主党支持のリベラルの方から
「ぶいっちゃん様に、四季桜さんのブログを紹介して頂き助かりました。(中略)四季桜さんが保守だから保守的価値観と言ったと思いましたが、数字で示されれば、明確に根拠のあるとわかりましたから。四季桜さんの見解を踏まえて、民主党に意見を述べたいと思います。」
というコメントを頂いた。そういうことだと思う。
意見が異なっても『筋のいい人』は大勢いる 」し、そこからまた何かが始まる。
その筋のいい人と繋がる事は決してマイナスではない。大きなプラスである。

左だから、右だから、保守だから、革新だから・・・等といった大まかな分類だけで人は人を判断できないという事だ。その政治的スタンスだけで人が人を判断して世界を狭くしてしまっては勿体無い、もったいない!MOTTAINAI! いち庶民として・・・。
いつまでも自由自在に考えて、自由自在に生きてゆける世の中であって欲しいものである。
私の思う共闘とはそんな中から生まれてくる共闘なのだ^^

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友人知人と政治の話をする。
TVで政治関連の番組を見る。
ネットでNEWSを読む。
色々なブログやサイトを読む。
ブログで頂いたTBやコメントを読む。

そして自分の元々持っている知識や経験等を元に、自分の考えをまとめ、ブログ記事にして人様に見て頂く。そしてまた上記を繰り返す。そうやって人は色々な「点」を結びつけ、いくつもの線を作り出し、自分の考えを昇華させていくものだと思う。
その「点」は事柄であったり、人であったり、モノであったり様々だ。
安倍晋三という点と憲法改正という点のたった二つの「点」でもそこから生まれる考えは多種多様である。私はこの二つの点を結ぶ線は絶対に切らなくちゃいけないと思っている。

またはその「点」の中には、数多くのトラップが仕掛けられている事もある。
善意を装った悪意もあるだろう。昨日飲んだ時に友人とも話したが、創価学会の末端の人などは本当にいい人が多いと。仏縁とでも言うのだろうが私の知り合いでも学会に入っている人間は人生で落ち込んでいる時に出会っているのである。そういう人は多い。救ってもらったと感謝して入っているわけだ。そして熱心にその教えを守り、人に伝える事、広宣流布が「善」となる。そこには悪意は無い、一生懸命勧誘もするし、選挙の時だけではなく、その普段からの面倒見のいい姿勢が実質選挙にも役立つ事は多い。
誰も入れる人がいなければ日頃の付き合いで公明党に入れてやるか?ともなる。

その「点」には悪意が無い。末端の信者には何の疑いも無い。それだけにその「点」から流れる情報は自然なものに聞こえるであろう。そこに第三者が、「公明党に付き合いで入れては駄目だ」と進言しても人間関係が構築された当事者の耳に届かない事も多い。
学会員という「点」と選挙という「点」の関係でも一言では結論付けは出来ない。

それらとは違い、善意を装った悪意もある。これが一番厄介です。
TVでもある。最もな顔をしていい事を言う。10のうち9の最もな話の中に1の悪意を入れる。9のイエスがあれば1の「YES」も無意識に自然に入り込んでしまうこともある。
この頃の御用学者や司会者にはこの手が多い。ブログの世界でもそれはある。 
コメントなどを利用して好意を持って近づいてきて、同意を見せて、または褒めて、そして正論を述べつつ、わずかな落とし穴を作り、ブロガーをそのミスリードの道へ誘い込もうとする高等技術を持った方々も世の中に存在するようである。

巧言令色鮮し仁(こうげんれいしょくすくなしじん) である。気をつけねばいけません。
私なんてすぐに人を信じてしまう暢気な面も多々ありますから特に注意が必要です(笑)
えてして自分の好きなブログに対しては甘いフィルターをかけて読んでしまう事が多い。
「ま、いっか♪これくらいは」という優しい気持ちで見逃してやる事も多いのだと思います。
しかし です!
私もそういった優しい方々に見守られながらブログを今日まで続けてこられたのですが^^; その私でさえ、読者の方々を騙す事があるかもしれないという事は肝に銘じてある意味、一歩か二歩くらい引いて見ていた方がいいかもしれません。
実は私はある宗教の教祖なのです!!(笑)>らんきー教? >嘘っすよ^^;

それは先ほどの学会員の話ではありませんが、私には悪意が無くとも、私の未熟な知識のせいで読者の方々をミスリードさせてしまうこともあるし、未熟な伝え方のせいで思わぬ誤解を与える事も多々あるということです。
ぶれるぶいっちゃん。 略してぶれいっちゃんと前にも書きました。
ぶれる人を相手にするのは疲れることだと思います(笑) 
ある意味「ぶれる」という表現は卑怯ですからね^^;
何でもぶれたせいにしてしまえば、解決するのですから。

私が主義主張を超えて、様々な思想の方々のブログを引用したり紹介したりする事もそうです。ぶいっちゃんが紹介しているから間違いない、ぶいっちゃんも同じ考えなのだって事は無いのです。当たり前ですが^^; 最大公約数的な部分で言えば混じる部分は多少なりともあります。1年ほど前に書いたこんな図のような感じですね^^
人生公約数理論(笑) 参照^^
公約数

全てではないが、認めている部分があり、そこは大事にしたいって事です。
そこを大事にする事(芯の部分)で話し合いは十分に出来ますからね。
それを混ざらない部分だけで反発しあったりしてもしょうがない。
しかし、私も未熟だから、その重なっていると思っている部分が間違っている事や勘違いしている時もあるって事。その間違いや勘違いに気付く度に、あるいは自分の成長と共に軌道修正はしますから、上の図の「A,F,G」は増えたり減ったりと変動していく事もあるのですね。

私が成長していく途中で危なっかしい場所に近寄る事もあるかもしれません。あるいは言説が変わる事もあるかもしれません。政治が流動していくのなら、臨機応変な柔軟な基本姿勢は常に持っていたいとは思っています。 
例えば先日書いた「敵の土俵に乗らない」という考え方も絶対ではありません。
自分の言葉に縛られたくは無い。私は常に自由なスタンスでいたい。
今後、あえて乗って闘った方が効果的だと思えば乗る事もあるだろうと思う。
自分で決めたルールは自分が変えればいいのである。より正しいと思う方向へ。

しかし私は私。「私は私だ」という点だけはぶれないぶいっちゃんでいたいと思っています。
戦争も嫌いだし、格差社会も嫌いだし、小泉以降安倍政権は大嫌いです。ぶれません。
私も発展途上人。皆さんも発展途上人。
その道のどこかですれ違っているのが「多生(他生)の縁」の始まりですからね。

私は自由でいたい。
そういった自由な発想の人についていくのは、上記で書いたように大変な事なのである(笑)
そして、たまに間違う事もある。ん? たまにではない? 私の場合。
危険な事もありますから、3歩くらい引いて見に来てください^^
万が一、何かの時に、騙されるのは私だけで十分ですからね^^ 
私の考えとあなたの考え。 その点と点は「付かず離れず」程度で十分嬉しい距離だと思います。何といっても自分の人生を決めるのは自分ですからね。恨みっこなしでいきましょう(笑)

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さすがに亥年選挙の年だ。早くも今度の日曜日は統一地方後半選と参院補選がある。
しかし盛り上がっているのは政治家とその利権に関わる周辺と政治ブロガーだけか?(笑)
それくらい前回の都知事選にしても各選挙地区にしてもなかなか投票率は上がらない。
上がらない事には現状維持の政治が罷り通る事このうえない。選挙に行かない=現状維持を是とすることに変わりは無いからだ。行かない人の理由は何なのだろうか?
現状では行かない人は「現状維持でもいい」か「誰が勝っても一緒」なのだろうな。
そこらの意識を変えることこそが野党側の選挙対策の一番の仕事だろう。

安倍首相と小沢氏が沖縄で舌戦=「実行力」「格差是正」訴え-参院補選 2007/04/15-時事通信
 安倍晋三首相(自民党総裁)と小沢一郎民主党代表は15日、参院沖縄補選(22日投開票)の応援のためそれぞれ沖縄入りし、「実行力」や「格差是正」を掲げて舌戦を展開した。同補選では与野党の推薦候補が激しく競り合っており、双方ともマイクを握る手に力を込めていた。
 白のかりゆし姿の首相は、公明党の北側一雄幹事長と浦添市などで街頭演説。「この6年間で構造改革の成果が出てきた。野党は6年間、暗い顔で文句ばかり。こんな政党に日本を、沖縄を任せていいのか」と訴えた。
 北側氏も「野党統一候補というが(野党の)政策はバラバラだ。基本政策が180度違う政党が一緒に応援するのを『野合』という」と批判した。首相は同日夕には宮古島に入り、与党候補への支援を呼び掛けた。
 一方、小沢氏は那覇市内で、社民党の福島瑞穂党首、国民新党の綿貫民輔代表とともに街頭に立ち、「自公政権で、弱者切り捨て地方切り捨ての政治が平然と行われている。この政治に終止符を打たなければならない」とアピール。
 福島氏は「与党が雇用を破壊し社会保障を切り捨て、沖縄を踏みにじっている」と述べ、綿貫氏も「地方切り捨てや格差を解消しない限り、日本の政治は良くならない」と強調した。
 (太赤字はわたし)

自分らの事はほったらかしにして言いたい放題の自公の二人。「野党が6年間暗い顔して文句ばかり」というが、それ以上に暗い顔して文句ばかり言っているのは良識ある国民である。安倍晋三は自分に擦り寄ってくる人間しか相手にしないから真の国民の姿を知らない。そして暗い顔して文句ばかり言いたくなる政治をしでかしているのは他ならぬ安倍晋三であり小泉純一郎であった。北川の言葉もそうである。それならば、自民党と公明党の連立は何なのだ!合致しているということか?それでは公明党=創価学会=自民党という事になるな。
はっきりと日本は創価学会教に仕切られているという事を言っているようなものだ。

しかし、なんだかんだ言ってもそれらを許している国民がいけない。
極端な話、選挙に行ってまで自公を応援している人間の数と自公以外の応援の数は、おおよそ今現在、半々位なのではないかと思う。
前回の都知事選だって石原慎太郎の投票率は51%くらいであった。
その都知事選で勝った石原慎太郎が当選後「都民の良識が冷静に判断してくれた」とか言ってたが、この言葉ほど都民を舐めた発言は無いと思う。
ま、石原慎太郎だけではなく、どの当選者も似たような事は言うが・・。

しかしそれでは、石原を入れなかった人は良識が無いのかって事になるんだからね。
それも反省した振りして当選したらコロっと態度がまた元に戻るような非常識人間に「良識が無い」人間のように言われて少しは頭にこないのだろうか?
良識ある政治家というものは、自分に入れなかった人のことをしっかりと考え、反省した言葉を言ってこそ、本当の意味での政治家といえる。
石原慎太郎みたいな餓鬼老人にして見れば、自分に入れなかった半数の人と投票しなかった人に対しては、良識の無い事をしても平気なのだと思われます。

誰に入れようが、選挙に行った人は良識はあるのだ。わずか都民の27%に投票されたくらいでここまで石原を増長慢にしてしまったのだ。(有権者10.419.204人、有効投票数、5506266票、投票率は54.35%。そのうち51%が石原票。結果、約27%の投票率)
石原の言葉で言えば(良識発言)自分に投票しなかった73%の都民の事は考えない都政になるかもしれないのです。それこそ嫌な渡世の都政ですな。
結局選挙に行かなかった人は、都知事選挙の場合で言えば石原慎太郎を選んだわけではないのに、良識の無い都民扱いをされるわけである。

結局世の中のこの流れを止めるには選挙に行く人の国民の半数に訴える事よりも選挙に行かない半数の人に訴えた方が効果的なのがよくわかる。先ほど言ったように自公と野党の応援者数はほぼ同じくらいとしよう。すると自公はしっかりと選挙対策も出来、棲み分けが出来てるのに対し、野党はバラバラである。これだけで勝てるわけが無いのはよくわかる。
そしてそれぞれの応援する野党を野党が批判して益々分散する。
半数の野党応援者の選挙民たちをいつも惑わせるだけである。下手したら惑わせすぎて選挙に本来行く層までをも選挙に興味が湧かないようにもする。

限られたパイの中で、こっちがいい!そっちはだめだ!の言論展開をするよりも選挙に行かない半数の人たちを新規開拓した方がよほどいい選挙対策になるのだ!
選挙に行く50の人よりも行かない50の人にもっと目を向ける事が必要だ。
それは無党派層と呼ばれる人たちではない。
あんたら政治家に全く、興味関心がない層」なのだと自覚するがよい。 
下手したら私も後ちょっと、誰かから押されたらそちらの層に行きたいくらいだ(笑)

欠点を言い合う政治活動をするよりは、長所を訴えて自党に興味関心を持たせ、選挙に行かない国民に少しでも関心を持たせる事が今、一番問われているのが野党政治家たちなのではないか? 政治に興味関心がない人たちに対して興味関心を持たせるようにする。
これこそ、やりがいがある、本来の政治活動ではないだろうか?
買いたい人に買わせる事は誰でも出来る。買いたくない人が買いたくなるような魅力ある言論や行動・・・。これは政治家だけではなく世を憂う私たちにも大事な課題だと思う。

与党自民の政治によって、今では国民の約半数を選挙に行く気も起こらないほど、政治には何の興味関心も無い状態にさせられたのだから。
与党は国民に対して政治に関心を持たせないような政治を過去からずっと取っているのだ! だから選挙は雨が降ればいいとか、寝てくれたらいいとか平気で言うのだ。
「国民は馬鹿なほうがいい」これが与党の基本政策だ。
似た言葉で、自分に自信の無い、時代錯誤の男が言う言葉がある。
「女はバカな方が可愛い」という、ある種の差別用語と同じ扱いではある。

国民の約半数は日本を蘇らせる、地下に眠っている黄金の原石なのかも知れない。
選挙に行かない人たちを選挙に行くようにすること。
もしかしたら、野党の政治家たちだけではなく、これが政治を憂う私らにも、一番大事な問題なのかもしれない。考えてみる価値は大いにある。
絶対自民数が減ってきている今こそ、そのチャンスなのである。
「選挙に行こう」キャンペーンを大々的に広めてみるか??誰かやる??
これならば、政治ブログだけでは無く、もっと広がりも大きくなるのではなかろうか?

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来週辺りから事務所の引越しやなんやらでいよいよもってブログ連続更新記録が途絶えそうな予感がします。 ってたいした記録でもないけど、こうやって毎日書いていると、本来の飽きっぽい性格がもたげてきて、一日休むと「怖い?」部分があったりもするから、ブログの力、あるいは妙な責任感?待っててくれる読者がいるとか勝手に想像しているプレッシャー?とか
その他諸々の気持ちの中で今日も、ほぼ片手打ちでブログを書く。

「選挙に行こう」キャンペーンといっても何かアイデアがあるわけではない。そしてこういった話はあまり人気も無い。人気があるのは「安倍晋三叩き」の記事の時だ(笑)投票数がグ~ンと上る。(笑)右は特定アジアを叩いて票を伸ばし、左は安倍叩きで票を伸ばすみたいな。
ま、この頃はランキングもあまり気にしないようにしました。今までよく頑張ったと思います。 と自分で自分を褒めておく←コレ大事。

安倍晋三は叩かれ慣れしたのか、鈍感力が開花したのか、沖縄でも相変わらず妙な早口で元気にしているようである。慣れというのは怖いものである。
自民内反安倍勢力も野党側もイマイチ安倍を追い詰められない。それだけ憲法改正という武器は強力なのであろう。社共だけがその土俵に乗って闘っても、なかなか厳しい。
民主がまともに乗れば、疑惑の週刊誌報道の大相撲扱いになるか?

んじゃ、格差問題か?と思っても、苦労知らずのお金持ちのハトポッポが幹事長ではその言葉も虚しく響く。やはりイメージって大事である。叩き上げの苦労人が格差問題を訴えればそりゃぁ心に響くだろう。「私はこうだった」は百万言の美辞麗句よりも強力ワ○カモトだ(笑)
格差問題は、本来、下から湧き出てくる問題なのである。その上の頂点にいる人が「格差」と言ってもピンとは来ない。そこが土俵で言えばガチンコにはなかなか見えにくいわけである。もちろん格差問題は切実である。何とかして欲しいと思う。今現在の予備軍も含めたら末恐ろしいものがある。精神貧乏という格差の数は史上空前じゃないかとも思う。

土俵はひとつではないのである。ブログ言論もひとつではない。
どの方法がよいのか?いまだかって答えはない。何故ならば野党側は勝った事がないからだ。民主、共産、社民、国民新党他、と野党はあれど勝った実績がない。
理由のひとつは、一つの土俵に乗ってしまいがちだからではないのか?

野党共闘とは何なのか?一緒に同じ土俵で闘おうじゃなくていいと思うんですよ。
それは思う壺の安倍壷のタン壷のド壷なんですから。(笑)
与党が用意した土俵がある。そこに乗りたい人は乗りばいい。
しかし、その土俵には55年の歴史があり、様々な仕掛けが用意されているのである。
そんな大事なお客(国民)を無視して、ただ勝てばいいという、数を頼りのガブリ寄りだけの安倍晋三の土俵を見せられる事の虚しさにメディアは気づくべし。
そこで、各野党がそれぞれに得意な新しい土俵を作ってそこに与党側を引っ張り込めばいいいんです。 私が思うのはそういうことです。

争点がたくさん出来るじゃないですか?
社民が好きな土俵を見たいお客さんもいるでしょう。
共産が念入りに創り上げた土俵での闘いを見たい玄人客もいる。
民主の闘いがガチンコかを桟敷(さじき)席でつぶさに見たいお客さんもいるでしょう。
その土俵に上がりたい人がいれば、他の野党からの参加も受け付ければいいのです。
それだけ今の政権には問題が山積みだと思います。
土俵は野党も作る。大事な事は客を呼べる土俵が作れるかってこと。
そして与党側が乗らざるを得ないようにしっかりと下準備をする事。

皆で寄り集まってひとつの土俵に乗る必要なんて全く無い。 ブログもそうだと思う。
それぞれが得意な分野の土俵で闘う事が望ましい。自然に共闘したい人も出てくるだろう。
自分の土俵を作りたくなる人も出てくる。大事な事は人の土俵を荒らすなってこってす。
「こんなのは土俵じゃない!政治を舐めんなよ!」ではアカンと思います。
政治の土俵がひとつだという捉われ感が最早、自民マジックに陥っているのだと思います。

ただ、ひとつのなのは政治という大きな国技館みたいな箱はあってもいい。
その中に無数の土俵がある。どの土俵がお客さんを呼べるか!惹きつけられるか!
納得のいく戦いを見せてくれるか! それだと思う。
アチコチの土俵に顔を出して応援したりアドバイスしたりするのはいい。
しかし、逆にアチコチの土俵を壊しに行ったり邪魔しに行くのはどうか?ということである。
土俵の鬼、初代若乃花は言いました。「土俵の中には金が埋まっている」と。
ぶいっちゃんも言いましょう(笑)「土俵の中には日本の幸せな未来がある」

ブログでできる事。
それぞれの土俵のルールを解説したり、歴史を語ったり、あるいは勝負のあやを紐解いたり、または反則があれば抗議をして判定を覆したり、そしてその土俵にたくさんのお客さん(国民)が来たくなるような演出をしたり、そんな創意工夫・・・。

思いつくままに書いてみました。 土俵分散論
ブログルールはひとつ。人が真剣に闘っている土俵に文句を言うな でどうでしょうか?
文句を言うなら自分で新しい土俵を作れってって事で、どうでしょうか?
本来は国民の数だけ、ブログで言えばブログの数だけ土俵が必要なのである。
国の行く末を決めるガチンコ土俵が・・・。

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選挙期間中にあってはならないことが起こった。
伊藤一長長崎市長が暴力団関係者から至近距離で撃たれ、亡くなりました。

2007/04/18-09:03
長崎市長が死亡=銃撃で大量出血、意識戻らず-組幹部関係先を捜索・県警  
伊藤一長・長崎市長(61)が銃撃された事件で、同市長は18日午前2時28分、大量出血のため搬送先の長崎大学付属病院で死亡した。長崎署捜査本部は同日午前、殺人未遂の現行犯で逮捕した指定暴力団山口組水心会会長代行、城尾哲弥容疑者(59)について、容疑を殺人に切り替えて本格的な取り調べを始めるとともに、関係先を家宅捜索した。
 病院によると、市長は17日午後8時10分ごろ病院に運ばれた。到着時、既に心肺が停止しており、約4時間にわたる手術を受け集中治療室に入ったが、銃弾は右の心室を貫き、心臓が裂けている状態だった。右心室からの出血が激しく、1万1760ミリリットルを輸血したが、意識は回復することなく、一言も発しなかったという。 
 
(以下略)


どんな理由があるにせよ、こういった事は許せません。言論テロだ。
国民にとっても恐怖だが、それ以上に恐怖を感じるのは通常、同じ立場の政治家であろうと思う。言論を封殺するメッセージにもなる。ところが安倍晋三は違うようである。

長崎市長銃撃:首相「厳正に捜査を」 
安倍晋三首相は17日午後8時3分、首相公邸で秘書官から長崎市の伊藤一長市長が銃撃されたと報告を受けた。その後、同50分捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望むとのコメントを発表した。

 日本共産党の志位和夫委員長は同夜「こうした卑劣なテロ行為は、自由と民主主義に対するもっとも凶暴な攻撃であって絶対に許されない」とするコメントを発表。

 社民党の福島瑞穂党首は取材に対し「選挙中の首長が撃たれるというのは異常な事態だ。武力で問題解決をしようとする傾向には断固抗議する。日本の中で政治活動が危うくなっている」と語った。

毎日新聞 2007年4月17日 21時17分 (太字は私)


安倍晋三のこの言葉を信じられますか? その時点ではまだ伊藤市長は亡くなってはいません。それを差し置いてもこのコメントは人としての心や、自分が同じ政治の世界に生きているとは思えません。ひとごとだ。 そう、自分は関係ない位置にいるという・・・。
津久井進の弁護士ノートBlogに全く同感です。
なんと鈍感なのか!~長崎市長銃撃の首相コメント

小泉以降安倍時代になってから、加藤氏宅への放火など度々、言論に対する暴力行為が横行している。そしてそれらに対する安倍の態度は一貫して他人事であるように見える。
それは一体何を意味するのか?

「発言控える世の中にしてはいけない」加藤紘一元幹事長
asahi.com 2007年04月18日01時23分
自民党の加藤紘一元幹事長は17日夜、長崎市の伊藤一長市長が銃撃されたことについて、国会内で記者団に「非常に深刻な話だ。これで政治活動をおさえたり、発言を控えたりするような世の中になっては絶対にいけない。政治活動が萎縮(いしゅく)すればこの国が暗くなり、危ういものになる感じを、みんな持ってしまう」と述べた。

 さらに「暴力に訴えて発言や行動をとめることがあってはならないという怒りをもっと強く共有しないとこういう事件は続発する。政治家や国民やメディアがどうとらえるのか。そこが問われる」と語った。

しかし、政治家の口はこうやってどんどん封殺されていくのであろうか?
政治に関わる人、応援する人にまで及ぶ暴力による封殺。物言えぬ世界。
言論の自由をどんどん無くしていく今の政治の方向と一致する事が恐怖である。
自由な言論が政治家からも市民からも出されなくなった時、国は滅びる。

最後にらくちんランプさんのブログを紹介します。
マスゴミの偏向報道が招いた「長崎市伊藤市長銃撃事件」

伊藤市長のご冥福をお祈りいたします。

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安倍晋三は、伊藤一長長崎市長が銃弾によって死亡した件で、事件の翌日に
「ご冥福を衷心よりお祈りしたい。ご家族の悲しみや怒りを察すると余りある。
選挙中の凶行は民主主義に対する挑戦で、断じて許すわけにはいかない。
こうした暴力を断固として撲滅していかなければならない」と優等生の無難な言葉を吐いた。
常識のある大人、あるいは政治家ならば、当然の言葉を、安倍晋三は目をどこかに泳がせながら、暗記した文を辿るように喋るのが、自分の言葉ではない証拠である。

事件の一報を聞いた際は「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」だったのは、既に皆さんご存知の通り。
これが安倍晋三を語る上での一番大事なポイントだと私は常々思う。
ちょっと前に踏切事故で女性を助け、殉職した警官の葬儀の際に故人の名前を平気で間違えたり、官房長官時代には、同じ自民の加藤氏宅の放火事件の際もコイズミ同様、しばらくの間、何も語らずだったりの最低人格の持ち主だ。
人の痛みや暴力を受ける側の気持ちが本当にわからないのだろう。
人としてやはり欠陥品なのである。 当たり前の言葉すら自分で判断できない。

悲しいとか嬉しいとか楽しいとかの気持ちを、私は、絶対に安倍晋三とは共有できない。
もし仮に将来日本が戦争が出来る国になった時でも、国民の戦死についても何もわからないのであろう。おそらく「人口を増やさなくてはいけません」なんて事を平気で言うのではなかろうか? こんなバカ殿様の下で生きていかなくちゃいけない国民こそ哀れである。もちろん私も哀れな国民の一人である。殿様とその周辺がバカならば忠告してやらねばならない。だから毎日、こういったバカ殿と不愉快な老臣達相手に、時間を費やしてブログを書いている。

その安倍晋三首相は18日夜、またまた強行採決した少年法改正による少年院送致年齢の引き下げについて「残念ながら少年犯罪が凶悪化しており、被害者の気持ちも踏まえればやむを得ない」とのたまっているが被害者の気持ちがわからない男が何をほざく! である。
全く、自分の言葉に一貫性がないのである。何故少年犯罪が凶悪化しているのか? 
今の弱者切捨ての社会が子供たちを、不安と狂気の世界に踏み込ませているのだ。
一番の弱者である子供たちは敏感に察知する。
そこを被害者を利用して、平気で法改正する。安倍晋三、、お得意の拉致被害者を利用する唯一の政治姿勢と全く同じやり口なのである。この内閣はこういったやり口が非常に多い!

少年法改正では少年院送致の下限年齢を現在の「14歳以上」から「おおむね12歳以上」に引き下げる少年法改正案の与党修正案を自公両党がまたも強行採決した。 
教育基本法国民投票法やその他何でもかんでも強行採決させているのは誰だ!?
2年前のコイズミ郵政選挙で自公を圧勝させた国民の民意なのである。
回りまわって今、その数による暴力という不条理が国会で当たり前のように行われている事を、自公を圧勝させた国民は知っているのだろうか? 

更には関連で長勢甚遠法相は、国民投票法での投票権年齢を「18歳以上」とする国民投票法案の成立を受けて、成人年齢を「満20歳」と定める民法や少年法などの改正に着手する考えを明らかにした。
「法案が成立すれば議論するのは法律上の義務だ。考え方を整理して作業を進めなければならない」という事だ。どんどん進められていく。
今現在、そしてこれからの子供たちの未来は一体どうなるんでしょう?

教育基本法の改悪で、国に対しての愛国心を強制的に持たされ、国家による道徳を徳育という教科ですり込まれ、奉仕を義務化され、そしてルールを守らないと、小学生でも少年院に送り込まれるような監理の下、18歳で成人扱いされる教育を受けていく今の子供たち。
一体どんな大人へと成長していくのだろう? 強制愛国少年少女の誕生?

それは、自発的に、どこかに自ら進んで、どこかに志願したくなるような教育の始まり?
そのどこかとは軍隊であろう。18歳になれば誰もが軍隊に行きたくなるような教育を受けていくのではないか? しかも私たちのように賛否を論じるのでもなく、まともな議論もせず、何の疑いも無く当たり前のようにそこに志願したくなるような教育。
成熟した大人を変えるよりも子供を変える事(洗脳とも言う)は簡単なことである。
国家10年計画?あるいは20年計画か?それとも崩壊するまで永遠に続く計画か?
そう思いたくもなる恐ろしい将来の日本人像を想像してしまう。

多感な10代の子供たちの思想を今現在の大人たちである私たちとは全く別なものに変えてしまうようなものだ。政府好みの、安倍晋三好みの人間製造計画である。

その国の防衛に関するTOPのいつも妙な笑い顔の久間章生防衛相は亡くなった伊藤市長に対し「人柄、人望も本当にすばらしいと思っていただけに本当に残念だ」と言ったらしい。
これもまた前日には「制度の欠陥が如実に出ている。投票日の3日前を過ぎたら補充がきかない。すると共産党の候補者が当選する。」「選挙期間中に凶事があった時、補充立候補ができるからまだよいが、できない時にどうなるのか。制度の問題としてきちんととらえないといけない。」というような党利党略・自分利自分略を咄嗟に正直にコメントする男の言葉だ。
後先は人にとって大事である。 これを間違えると人は信用されない。

今回のこの二人の発言は国民不在である。 いつもの事ではあるが。
目の前にぶら下がった憲法改正による軍事国家誕生しか見ていないかのようだ。
同じ自民系の伊藤市長が亡くなってもこのような発言しか出来ない政治家らが国防のTOPに君臨しているのである。国民の恐怖感や、不安感などは一切、脳裏には浮かばないように頭の構造が出来ているのだろう。最早、話し合いは通用しないのである。彼らには。
選挙という国民の意思で落としてやる事が良いと思われます。
国政を携わる政治家の選挙民は地域だけではなく国の事も考えなくてはいけません。

それを受けて、菅義偉総務相は18日、候補の死亡日によっては補充立候補ができないケースがあるので現行の補充立候補制度の問題点を調査し、その後の公職選挙法の見直し論議をするようである。 公選法によると市長の死亡が投票日3日前(19日)午後5時以降だったら、補充立候補は受け付けられなかったという事だ。
人の死を悼み、国民の不安を取りのぞく事よりも、こういう自分達だけの損得に関する事ならばフットワークは異様に軽い。何でも自分らの為にだ! for 自公だ!
これがもし自公以外の候補者の被害だったらどうであったろうか?とも穿って思う。

要するに人の死をも自分らに有利に利用していく思考法しかないのである
公選法はその事だけで無く、ネットに関する問題にしても、もっと手をつけなくちゃいけない部分は多いにあるというのに、全くバカ内閣だ。

いい加減に国民はこのバカな政府のやり方に気づくべきである。
間違いなくこの国は、自滅党&公暗党により、最悪の方向に向かっている。

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伊藤市長狙撃事件の際の安倍晋三の談話の件にしつこく絡むが、事件が起きたのは7時50分ごろという事だ。そして数十分で「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」という例のどんな事件にでも適応できる、人としての資質を問われる安倍晋三のコメントが発表されたという事である。
これはその談話の内容はともかくとしてあまりにも早すぎますよね。迅速な対応が出来るという危機管理能力を示す官邸サイドの勇み足的な談話だったのではないだろうか?

奇妙なのは、7時50分ごろ事件が発生してから、10分ほどで談話を発表したことです。極めて機敏に対応した……ともいえるのですが、余りに早すぎて、不自然であるという評価がなされているようです(須田慎一郎「金融コンフィデンシャル:2051・長崎市長射殺の鑑定対応」夕刊フジ4月18日発行4面)。

 「『極めてスピーディーな対応といえば聞こえはいいが、現実問題として110番通報を受けてから10分以内に“談話”を発表することなど不可能だ。そもそも、その時点では官邸サイドに事件の基礎的な情報すら伝わっていなかった可能性すらある。にもかかわらず、総理談話を発表してまうとは、あまりにも乱暴な話ではないか」(自民党幹部)……

 『官邸の情報伝達の仕組み、システムから考えて、そんなに短時間で対応することは不可能だと言っていい。あるとすれば、官邸が第1報を受けた段階ですぐさま自動的に“談話”を作成。それができあがるのを待って、すぐに発表という手順を踏んだケースだ。それだって10分以内に作業が完了するかどうか怪しいころだ」(官邸スタッフ)……
 
 「従って、安倍総理が“談話”に目を通したのかどうか非常に疑わしい。……」(官邸スタッフ)」

Because It's There:長崎市の伊藤一長市長、銃撃され死亡~民主主義への攻撃である!

あるいは私も聞いていたがやたらと「政府筋によると」というアナウンスが流れていたという事である。執拗に流されていたような気もします。

前の記事の追記に書いたことだが,事件直後のNHKの臨時番組で,伊藤市長の容態を伝えるとき,「政府筋によると」を繰り返していた.なぜ地方の事件でいきなり政府関係者から被害者の密接情報が出されたのだろうか?この点について,その「政府筋」の人の所属部署だけでも教えてもらえないかとNHKの視聴者コールセンターに問い合わせたら,「政府関係者という以外は答えられない」との返事.つまり私の記憶は正しかった.
ペガサス・ブログ版:伊藤市長暗殺事件の奇妙な点


確かに大きな事件や災害などが起きた時の危機管理はスピーディに対処できるに越した事はない。阪神大震災の時の村山総理のようではどうしようもないのはよくわかる。
しかし、「政府筋」と「早すぎる談話」にはどうも変な違和感は残る。
まさかこちらも勇み足というか勘違いスクープで顰蹙を買っている報道ステーションではないが、前もってなんらかの事件が長崎で起こるというような事前情報が政府筋とやらにあった訳ではないだろうが、事件の概要も十分に知らないのに、談話が発表される官邸サイド、そして政府筋とやらの妙な対応は不自然ではあると思う。以上リトル妄想。

ヤクザという職業?についたことはないので詳しくはわからないが、所謂ヤクザという人種の怖くて狡猾なところは一般人に恐怖を持たせる事がうまいという事だ。よく言われるのは、相手に直接的な暴力は振るわなくても、傍にいる子分を大声で怒鳴りあげたり、テーブルを叩いたりして、間接的に脅しあげるという技がある。これは一般人には効く。
想像力という一般人が持つ普通の恐怖感を煽らせるのが常道であろう。

そういった意味でも、今回の長崎市長の狙撃事件は背景は私にはわからないし、おそらく真相も解明されないであろうが、ある一定の効果はあったのである。
間接的に政治家や国民に得体の知れない恐怖は植えつけられる。それは言論であったり、政治活動であったり、平和活動等をしている方々にもそうだが、ごく普通の人々の「想像力」を利用した恐怖である。「政治に関わると怖い」という風潮は植えつけられる。
加藤氏宅の放火事件にしても、脅迫された国民新党の糸川議員の件にしてもそうである。
政治家でさえ怖いと思う。一般市民ならば尚更の事である。守る術は少ない。

自分だけならまだしも、家族までもがその対象にされるかも知れないというのが普通の人々が想像する恐怖である。今回の件でも流れ弾が一般人に当たってもおかしくはないというのは誰にでも想像できる。そう考えると益々、政治に関わる事に対しての恐怖感を「普通の人」は想像するであろう。そこが一番の問題なのだと思う。
そういった「政治は怖い」という恐怖感を今回の事件は多くの「普通の人」たちに与えた罪は非常に重いものだと思う。また「普通の人」達から政治が遠のいてしまう。

言論テロ、あるいは暴力行為に対して「断固として闘う」という人は「普通の人」には少ない。関わりを持ちたくはないと思うのが普通であろう。そこをもっと考えて、大いに訴えていかないと益々、国民の政治に対する距離は遠のいてしまう。何にしても恐怖は人を萎縮させてしまうものであるのは間違いない。それは国民だけではなく、政治家でさえそうだと思う。

平成8年と平成12年の総選挙および平成13年の参議院選挙で、私は創価学会・公明党グループと正面から激突した。メールや掲示板などには明らかに狂信的で異常な言動が認められた。私は身の危険を想定せざるを得かかった。しかし、私はいずれも警察に警備などを頼むことはしなかった。民間の警備会社に頼んだ。かなりの費用がかかったが多くの支援者の応援を受ける者として、狂信的なグループから身を守ることは候補者の義務だと私は考えた。私の警備を実際にしてくれた人に聴いたのであるが、緊迫した状況が何度もあったという。「選挙期間中の警備の強化が必要だ」などとのたまっている御仁は、こういう経験があるのだろうか。

創価学会・公明党の反対者に対する攻撃は、目に余るものがある。彼らは、批判者を抹殺しようとする。自民党は、これをみてみない振りをしている。こういう抹殺体質を放置している者が、民主主義に対する攻撃であるなどといっても私は信じない。いまわが国には、批判者を抹殺する体質が普通のこととして罷り通っていることを忘れてはならない。この抹殺体質と長崎市長銃殺事件は、関係ないのだろうか。私にはどうしてもそうは思えないのである。郵政民営化の国民投票ということで詐取した3分の2を超える巨大議席で、次から次に反対意見を潰していくのも、ひとつの抹殺体質ではないのか。4月22日の一票は、この抹殺体質と対決するものでなければならないと思う。
(太字は私)
永田町徒然草 :現象と本質

安倍晋三ら権力者は考えなければいけない。こういった風潮はおかしいのだ。
白川氏の仰るそういった抹殺体質も含め、最低限の言論の自由をもっと守って欲しい。
安倍晋三が自ら「闘う政治家」だとのたまうのはいい。私たちよりも危険は多いだろう。
しかし、国民と違い警察にしっかりと守って貰えるじゃないか。
そんな状態で自分らだけが闘っているつもりならば笑止千万である。

そういった意味でも、警察に守って貰えない国民も普通にもっと自由に言論で闘えるようにした上で、偉そうに言って欲しいものだ。でないと片手落ちである。不公平だ。
まして、今後は、共謀罪等の足枷までをも市民側には用意されているようだし。汚い。
国民がもう少し安心して「闘う国民」になれてこそ、アベチンゾーの「闘う政治家」という言葉もまともな言葉になるんだから。 それが平等な言論の闘いである。
自分だけが「闘う政治家」だなんてカッコイイ、美しい言葉を使うのは卑怯である。

まして、私らにはあなたと違って身近に変な団体の知り合いはいないのだから(笑)

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ブログを書くと自分と向き合う。良くも悪くも^^;
漠然としていた自分の考えが書いているうちに、上手に(自画自賛だが)まとまる事もある。
あるいは書いている内にとんでもない方向に向かい、まとまりのないままに終わる事もある。
そこは文字を書く素人の悲しさであり、可笑しさでもある。
無理にオチをつける必要もないのにオチを考えるだけで無駄な時間を費やしたり、タイトルだけに本文以上の時間がかかったり(笑)
誰もオチは期待していないだろうし、タイトルに関心は無いにも関わらず。

自分で満足の行く記事が書けたとと納得した時よりも、ちょっと時間が無くてやっつけ的に書いた記事の時の方が反響が多かったりもする。結構ありますね、
それはそれでちょっとショックだけど(笑)、ま、しょうがない。
また、アクセス数(読者数)が増えていくに従って、言いたいことの内容は変わらなくとも言い方、伝え方に気を使って時間がかかったりもする。それは読者の方々の事を想像するからだと思う。お気に入りに入れてくれているブロガーの方や、コメントくださる方々の事を、私が勝手に想像して気を使ってしまうわけだ。

ここ最近「管理人にだけ表示」コメントやメールを頂いたりする事が多かった。これもまた逆に気を使ってもらっているわけである。色々な主義主張が集まると言うことはそういう風にもなる。余計な荒波を立てないように私にだけコメントをくれる。お互いが気を使う関係ですね。
しかし、そのコメントやメールには素晴らしい言葉が多いのですよね~。皆さんにも教えて差し上げたいほど、本音で語られるメール文なのです。
しかし非公開という前提で頂いた言葉は私信なので公開は出来ない。勿体無いけど^^;

思わぬその人のブログ上で感じる一面とは違った側面が見られる事は面白い。本音だからグングン心に響く。しかしそんな事は公開では書けない。思うに、ブロガーでも100%思っている事を書けるわけではないと思う。いいとこ80%くらいを言葉を選んで書いていると思う。
そこで結局、直接批判したり抗議したりアドバイスしたいような文章を自分のブログ上で言葉や対象を変えて、伝えたい人にわかって貰えるような暗示した文にしたりするわけである。気づいてくれればいいなぁという想いを込めて。 しかし伝わらない事も多々ある。

人間関係でもそうだろう。
直接、面と向かって注意したりするよりは、例話法とかで気づいてもらう方が波風が立たなく、すんなりわかって貰える事が多い。よくある手段は3人いれば、Aの人に本当は注意・あるいは気づいて欲しいのだが、あえて関係の無いBの人にそれとない話を語りかけて、第三者的に聞いているAの人に気づいてもらえるようにするといったような事である。これは意外に効果的だ。

議論しあう事はいい。主義主張がはっきりしている人もいい。
これもまた「人」のタイプなのですよね。好きな人は好きだからしょうがない。
私の書き方自体、中途半端だからか、今までに数人のブロガーの方から何故、議論しない、反論しない、戦わないみたいな事を言われた事もある。
何故なんでしょうね?自分でもよくわからないがあまり好きではない。
非国民通信さんから頂いたコメントで 

共産党支持者を口汚く罵り続けるブログのバナーを張ったり、あるいは文中でリンクを張って紹介したりもされておりますが、その手の共産党攻撃系のブログに対してはどう考えておられますか? ぶいっちゃんはBLOGBLUESさんには苦言を呈しておられますが、雑談日記やらくちんランプなどには無批判のようで、これは少し不思議に感じます。支持する候補が同じ人には無批判、支持する候補が異なる相手には自制を求めるのは公正さを欠くのではないでしょうか?

というコメントを以前に頂いて、とりあえずスルーしたが、こういった批判もあまり的を得ていないから反論しないだけである。他意はない。

あえていえば、BLOGBLUESさんの記事を取り上げたのには私も「庶民も立ち上がるぞ!勝手連」に参加したから関係があると思って書いたが、雑談日記さんやらくちんランプさんにはそういった事が無いからである。それだけの事なのだ。BLOGBLUESさんのこともブロガーとして尊敬しているからこそ、勇気を出してあえて書いたのである。
交流のあるブロガーの中には、共産党批判をする人もいれば、民主党批判をする方もいるし、社民キライという方々も色々といる(もちろん自公批判が一番多いが)から支持するとかしないとかには関わらないのである。しかし、弁明ではないが、いちいち書かなくても私のブログはそんなブログ、カッコよく言えば共存ブログなのだ。力はイマイチだけど^^;

私は今現在の現実的な気持ちで言えば、比例は「共産」の意見に反対ではない。
そして共産党を批判する人を批判はしないし、支持もしていない。それだけだ。他党も一緒。
主義主張のある人はそれでいいと思っているからだ。私にはその主義主張を変える力は無いし、議論する気もない。そのままでいいと思う。
好きな人もいれば嫌いな人もいるのはこれはもうしょうがない事だ。

私が伝えたいのは、政治的な主義主張の無い人 というとまたまた語弊があるが、そういった、政治スタンスよりも現実の生活に重きを置いている人がメインなのである。

だって、道で自分が倒れて誰かに助けてもらう時に聞きますか?
「あなたは共産党の方ですか?だったら助けてもらいません」と
あるいは、道で誰かが倒れている時に貴方は聞きますか?
「あなたは共産党の方ですか?だったら助けません」って。
共産党の例を出して申し訳ないけどそういったことだと思うのです。
政治を語る前に人として自分の信じた道を歩いてゆきたいと私は思う。
それをうまく伝える方法を考えていく事が私がブログを書く意味でしょうか?

明日は参院補選&統一地方後半選。
とにかく選挙に行きましょう!そして自分が信じる1票を入れる。
そしてその結果が今の世論なんだから、それに従うしかない覚悟も持つ。
従いたくない結果になったらそこからまた何か行動を起こせばいい。
そういった繰り返しで確実に世の中は良くなる筈だ。まだ間に合う。
願わくば、福島、沖縄の参院補選で野党候補の2勝で、世の中に大きく問題提起して欲しい。

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福岡は朝から雨だ。 激しい雨に濡れながら投票してきましたよ。
沖縄は晴れているみたいで、福島は曇りか。選挙は天気も影響大きいですよね。
これで亥年選挙の今年は夏の参院選を迎えるだけになりました。

人気ブログランキングの政治カテゴリに移動してはや4ヶ月が過ぎた。最高で16位くらいまで行ったのが限界だった。ま、よくぞあそこまで行ったもんです。
相変わらず上位10くらいのブログはほとんど私は一瞥したくらいで、詳しくは読んだ事は無いが、熱狂的なファンが付いているブログが上位を占めている。謎だ~。ホント不思議です。
私の周りにはそのような人はあまりいない。全部が全部そうではないが、例えば特定アジアを叩いて何が受けるのだろうか?いい事あるの?
自分の周りに、そういったアジアの人は一人くらい、いないのだろうか?この日本で。

といって私が韓国や中国を好きだとか言っているわけではない。嫌いな部分は大いにある。身近な国だからこそ、TVなどのメディア以外でもよく目に付くし聞こえるし、一部の変な人達のお陰でイメージも悪い部分はあるのはわかる。だからといってそこを叩いて喜ぶ神経が私にはわからない。国を叩いているのか人を叩いているのか、何を叩いているのだろうか?
今度真剣に読んでみるか? いや、読むまでも無いか(笑)

日本人にだって変なのはワンサカいるし、あちらの国にも変なのはたくさんいるだろう。
その変なの同士がくっついてヤイノヤイノ言っているだけじゃないの?で誰か特定の変な人らの頂点にいる人達が得してるんじゃないの?それが定アジアなのではないだろうか?
日本で何が起ころうがとにかくアジアを叩く! それを喜ぶ人らがいる。どこか悲しむべき姿がそこにはある。叩く事で何がいい方向に変わるのだろうか。そこに気づくべきである。

話は変わるけど今現在でだいたい政党の支持率って、自民30、民主20、公明4、共産3、社民2、国民新党1、支持なし40って感じだと思う。(らんきーブログ適当自論調査(笑))
この数字は多少の変動はあっても参院選までそう大きくは変わらないだろう。
らんきー自論調査では、与党側は足して34。野党は足して26である。
そしてその選挙としての結束力は公明と共産の議員数の比較をしたらわかるように公明はまとまっている。(衆議院数で言えば公明党31名、共産党9名である)
与党は利害一致で選挙共闘は出来ている。一方野党側は・・・・だ。
足しても勝てない。選挙共闘体制でも勝てない状態が今の姿だ。

で、政治を語るブログの特徴を考えてみる。特に反自公側のブログ。
リベラル系のブログを見るに、民主VS共産あるいは社民だとかで足して26のキャパの中で激しいバトルがいまだに存在する。激しい議論の末にどうなるか?
民主18、共産4、社民3、国民新党1になるくらいである。
26のキャパは26のままなのである。野党総数は変わらないのだ。 あえていえば、たまたま議論を見ていた支持政党なしの方々が辟易する可能性もあるかもしれない。こんな事は皆知っていると思うがあえて書いたのはもしかしたら気づいていないかも?と思ったからだ(笑)

野党内バトルは煽るのは簡単である。第三者でも可能だ。
特定アジアではないけれど、何かの問題点を特定リベラル扱いにすればいいのだ。
民主の弱点、共産の弱点、社民の弱点を特定リベラル的に槍玉にして問題提起すれば一点集中で特定アジア並みに集中して叩けるからね。これはリベラル以外の人間でも意図的にも簡単に煽る事は出来るのである。平和主義者の振りして近づいてくれば会話にはすぐ参加出来るからね。そしてそれぞれの野党の弱点を取り上げ去っていけばいいのである。
後は自論を信じる熱いブロガー達が激論を戦わせるわけだ。
そして残ったものは野党分散。弱体化。すると必然的に結集力の強い与党有利な展開が待っているという図である。これは今現在よく見かけるブログの世界の話。

現実問題で一番大事な層はどこかというと、私は40%の支持政党なしの方々だと思う。
比率はそのブログに応じて違うだろうけど、色々な支持政党を持つ人たちが検索や何かでブログに訪れてくれるのは間違いない。その中で一番多いのは、比率は違っても「支持政党なし」の方々が一番多いのだと私は思う。
その方々を意識する事こそ大事な事だと、この頃特に思う。
だからこそ、議論もいいけど声なき読者である「支持政党なし」の方達が多数見ているという意識を持った議論を心がけるべきだと思うのだ。
独りよがりの自己満足議論はかえってマイナスにしかならない。

26の数字の中で闘うブログ展開ではなく、40の支持政党なしの人たちが政治参加しやすい雰囲気や語りかけや訴え方を考えた方が実りは大きいと思います。
そこまで考えた議論ならばブログシーンでどんどん増えても構わないと思う。
そこを勘違いして自論を通すだけで、他党に対しての排他的な自己満足主張ブログでは、逆効果になっていくのではないかと思うわけである。
反自公のブロガーが排他するのは今のところ現安倍政権だけでいいのである。 
敵は政権を持つ小泉以降安倍政権の与党(自民&公明)にあり だ。

そういった40の人(普通の人)達の多くがこちら側に来てくれるようにしたいものだ。
40のうち10ずつでも各野党が取ればいいだけのことなのだけどね^^
その為にも、反自公側で、政権も握っても無いうちから、ああでも無いこうでも無いと
「ダメだし」し合っても、大した効果もないと思うのである。
政治家ではあっても野党は政権担当の現職政治家ではないのだ。
実績のある(それもこんな世の中にした実績)現職を批判すべし!
現状で行くのならば、現状の野党の力を分散させないように応援すべしだ。
それが現実だ。日本の現状を憂うブロガーは、かくあるべし だと思う。
それが嫌なら、新党結成への道を歩むべし!新党は欲しいと私も思う!


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「選挙に行こう」バナーを作ってみました^^; 
相変わらずセンスは無いけど、何も無いよりはマシってことでご愛嬌。

使ってくれる方が、万が一いらっしゃったらご自由にどうぞ^^

なんだかんだいって、投票率は低いよりは高い方がいい。
確かに何も考えないで入れて欲しくないところに入れられるのも悲しいけれど、それでも選挙に行かない人よりは、行った人の方が偉いと思う。意思表示くらいはしましょうよ。
投票率30%で物事が決まるよりも、倍の60%あるいは昨日の核廃棄物で揺れた高知県東洋町の出直し町長選のように約3倍の89%と投票率が高い方が恨みっこ無しでいいじゃないですか。日本人の今現在の政治偏差値の公平性も増すというもの。

行かない事は「罪」なんだ という風潮を作ることがまずはじめの一歩でしょう。しかしあの夕張市では投票率が81・72%で、前回よりも3%ほど低かったらしいですね。「誰がやっても一緒」の空気は財政破綻した町でもリトル蔓延しているのが今の日本の現状なのでしょう。
それとも夕張市民の残りの20%くらいの方々は夕張脱出を考えてらっしゃるのでしょうか?
これを大きく日本で考えると、日本が夕張市のようになった状態でも、20%くらいは、日本脱出を考えている人がいるって事になるのでしょうか?それもアリえ~るかもしれませんね。
今後、魅力ある政治家の登場に期待したいところです。

しかし沖縄補選は残念でした。野党の2連勝と行きたかったですね。
中川(エロ蛙)が喜んでいるかと思うとむかつきませんか?(笑)
なかなか沖縄には様々な問題が絡んでいて、去年の県知事選といい、思うようにはいかないですね。これでまた野党共闘路線に何かと問題が出なければいいのですが・・・。その沖縄の投票率も47.81%と半数は選挙にすら行っていない。あれだけアベチンゾーや小沢一郎らが必死になって叫んでいても半数は選挙にすら行かないというのが今の日本の政治に対する国民の態度なのである。これは政治家も悪い。

いっその事、白票も無効票にしないで候補者とあわせて、その数字だけでも発表するようなシステムにしたらどうでしょうか?当選した人よりも白票が多かったらそれはそれで意義がありますよね。まして1位の人より白票が多い地域だってあるんじゃないでしょうか?
要するに各候補者の得票数と白票、無効票、棄権者数などの数もキチンと公表した方がいいってことです。そしたら例えば、白票数以下の人は例え当確が出ても落選になるわけです。結構面白いと思いますね、これは。しかし当選者0の地域もありえますね、これでは(笑)

あるいは白票のパーセンテージで、当選者数を決めるシステムとか。
有効投票数の20%が白票だったら、20%の約2割の議員を減らすとか・・・
他にも色々アイデアは出てきますね。白票が落選票になるわけですね。そうしたら白票の意味も今よりはありますよね。
それでこそ、民意に答えた選挙ってもんではないでしょうかね?
そして間違いなく投票率も上がるでしょう。政治家の面目は丸つぶれでしょうけど。
※白票についてはあまり調べないで書いたから間違ってたら教えてください。

とにかく、白票の取り扱いにしてもそうだが、公選法ももっと国民の為になるように有意義に、そしてネット選挙活動も含めて早急に改正して欲しいものである。
選挙に行く事。  行かないと何も変わらないのは事実である。
私は今の世の中の流れは、変わった方がいいと思っている。
組織票をもっている権力に近いものから優先的に強いのが基本なのだ。
参院選 の結果次第で今後数十年の日本の未来があらかた決まる。
選挙に行こう! 行けば必ず何かが変わります。 変えましょうよ^^



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幕末の話が好きである。戦国時代の話もいいが、幕末の方がまだ現代に近いという事と、下級武士や市井の人の話が多く残る事から身近に感じられるからか好きである。私は学者でもないし、歴史家でもないから、歴史時代小説もどきを読んで誤解したまま覚えている事も多い。西暦○○年に誰がこうした、ああしたって学校のお勉強みたいな話はあまり興味が無いってことだ。私の中では幕末以前は「人」としての魅力でしか考えた事は無い。
「人」としてこう生きたとかって話が好きなのだ。

この頃になって、坂本龍馬がフリーメイソンだったのではないかとか話も見聞したが、そういった事を聞いても逆に坂本龍馬はそれらを利用したのではないか?とか好意的に見てしまう部分がある。偏った歴史認識を自分なりに持って楽しむタイプなのである。
だって、幕末の情報不足の日本で世界地図すらまともに理解できない人間、世界の中の日本という認識が薄い時代でフリーメイソンの存在をどこまで把握できるか?ってことだけ考えても微妙な話なのである。全てが耳学問に近い状態の中で正しく認識して行動していた人の方が少ないのではないかとも思う次第だ。

まぁ、そんな話を今日はしたいのではなくて、坂本龍馬の「人」の部分について少しだけ語りたい。彼が遺した偉業の有名どころでは、「船中八策」や「薩長同盟」等がある。
幕末に詳しくない方には申し訳ないです。
特に薩長同盟でいえば、当時犬猿の中であった二大雄藩の薩摩と長州との間で軍事同盟を結ばせたわけである。ある人から見れば、これで倒幕はほぼ成功したといいえるような同盟だったのである。これが龍馬一人の功績だったとかどうかとかは私にはあまり興味が無い。
要はそういう事を実現させた人がいたという事である。

幕末の時代には当然だが、今のように「右」とか「左」とか「中道」だとかの思想は無い。
ある意味、もっと入り乱れた主義や思想の殺伐とした時代か。
そして現代でも左右を問わず、坂本龍馬は人気がある。
しかし、その思想は当時でも理解されにくく、結局最後は暗殺されてしまうわけである。
その暗殺された部分だけは龍馬のキライな部分である。
しかし何故、龍馬は現代でも主義主張を超えて幅広く人気があるのか?
それは左右に捉われない、普通の人たちに支持されているのではないかと私は思うのだ。
本来は、主義主張がハッキリしている人たちよりもわかりにくい事をしているのに、何故こんなに人気があるのか?そこにブログを書く上での何かのヒントがあるように思えるのだ。

いわゆる倒幕派の志士たちは、元々、攘夷思想家であった。薩摩系も長州系も、そして坂本竜馬が属する土佐系の志士も、いわゆる志士といわれた若者たちは、すべて「夷(えびす)を攘(うちはら)え!」という考え方であった。子どものように純粋な神州思想から出た排斥運動である。いわば宗教的な観念論で政治思想を織りなしているのである。従って、外国の武力の脅威に屈して、条約を結んだ幕府を批判した。当初は、宗教論から出た侮幕運動(幕府を侮蔑する運動)であった。ところが、井伊直弼による安政の大獄、新撰組ら幕府機関による志士の弾圧などもあって、狂信的な感情論を伴って侮蔑運動が討幕運動へと変質していく。その間、薩摩藩は英国艦隊との戦いに敗れたことで攘夷思想の愚を悟って欧米の文明力を認め、その薩摩との親交を深め始めた長州も高杉晋作ら急進派の改革主義者の手によって西洋式の近代軍隊を持つに至る。幕府が犯罪者の捕縛・処刑に必死になっている間、宗教的観念論を隠れ蓑にして薩長は急激に西洋化していき、倒幕に必要な物理的・経済的・人的な武力を蓄えていったのである。

坂本竜馬も、当初は犬猿の仲であった薩長の同盟を仲介したり、長崎の亀山の地に武器販売と交易をなりわいとする日本初となる株式会社を設立している。

彼の事歴・業績を編年風に思い起こすと、坂本竜馬はやはり倒幕派志士の巨魁であったと認識されざるをえない。事実、彼と親交のあった一部の知識人を除いて、ほとんどの幕府首脳は彼をそのように見ていたし、京都見廻組の佐々木只三郎に坂本の暗殺を指示したのも当然と言えば当然である。しかし、一方で、今でも竜馬暗殺の黒幕は薩摩か長州かと取り沙汰されるのは、彼の思想・行動が「幕府側か倒幕側か」と一筋縄で説明できない点であり、こういったどっちつかずの誤解を受けるのは、幕末志士中、彼一人である。きわめて「個独な存在」であったと言える。誰も思いつかないことを考え、行動に移す。個独は孤独でもある。だから、私は彼こそ幕末史における最大のブランド人であったと思うのだ。

ブランディングは持ち物で決まる![坂本竜馬の場合 Vol.2] 


わかる人はわかり、歴史に興味の無い人にはわからない話であろうが、私も引用した記事のように坂本龍馬は孤独(個独と上記では意図して書かれている)であったのだというのが私の龍馬の「人」としての感想である。

薩長同盟という発想にしても大政奉還を企画した事に関しても、他に理解されにくい発想だったのであったと思う。倒幕側なのか、幕府側なのか非常にわかりにくい行動がある。
私からして見ればそれを超えたところに竜馬の思想はあったと思うのだが、幕末というのは主義思想が、ある意味、今よりも複雑で、多種多用でまた動きも早いし、過激である為に、竜馬の思想はほとんど受け入れられずに暗殺されてしまったのだと思われる。
しかし、彼がした「薩長同盟」は画期的である。今現在の日本で言えば、民主党と共産党の同盟みたいなもんか?犬猿同士には違いない。(笑) 
ましてあの時代では、志半ばで死んでいった人の命までをも秤にかけた苦渋の決断の同盟であった分、今よりも難しい部分はあっただろうとは容易に想像できる。

上記引用でいうと、薩摩藩が英国艦隊に破れ、欧米の文明力を認めた点や、長州藩も西洋式の近代軍隊を持ったりとか、時代の変遷を読み取りそれを今に生かす道を知っている分、現在の政党政治家なんかとは比べ物にならないレベルである。
まして今の人間たちよりも頭の固い人間が絶対数では多かった筈である。
それを考えると今の政治家達の情けない事。カチンコチンな頭である。
その臨機応変さ、日本の為に「藩」という箱を超え、小異を捨てる事が出来る果断さが、明治維新を迎えさせた要因のひとつなのだと思う。

ここで話はいきなりスケールが小さくなるが、この薩長同盟みたいな事をブログで考えているのが、不肖、私、らんきーブログぶいっちゃんなのである(笑)
えっ? 話が小さ過ぎて見えないって??? 勘弁してください(笑)
そういった意味でも、昨日の喜八さんのブログでの、「らんきーブログ」と共闘する 
というタイトル&内容にはとても嬉しかったです。有難うございます。

ブログ界の中でも様々な主義主張があるのはよくわかる。
「・・であらねば」的な発想もよくわかる。「・・・は許せない」もわかる。
しかし・・である。 もういいでしょう。そのような議論は後回しでも。
議論しても分かり合えないものは分かり合えないのである。参院選まであと3ヶ月。
そこを超えましょうってことです。 私らはいち市民じゃないですか?
ブログワールドだけでも共闘出来るんじゃないでしょうか?そろそろ。

誰の為? 決まってます。誰の為でもない、いち政党の為でもない。
あえて言えば日本の為の共闘です。あるいは共闘だけにこだわらなくてもいい。
競闘でもいい、協闘でもいい、強闘でもいい、任侠の侠闘でもいいじゃないか。
そして今日闘です。あと参院選までわずかしかない。

闘い方は、千差万別であってもいいが、闘う相手をそろそろ見極めましょうってことです。
幕末で言えば自公政権を幕府と考えればいいだけなのです。
そういった共闘を私はしたいと願っています。
ブログの力なんて、そんなに大した力は無いというのは自覚しています。
だからこそ、共闘できる部分は共闘していきましょうよ。
共闘出来ない部分をクローズアップさせれば何も出来ないでしょ、今現在の既存政党じゃ。

普通の人よくこの言葉を使うが、この人達がおそらく今回の参院選も鍵を握っているでしょう。「普通の人たち」がどれだけ力を発揮してくれるかが、ポイントだと私は思っています。
政治のブログを書く人達は私の中では「普通の人」ではないのです(笑)申し訳ないけど。
ネットで言えば、政治ブログを読む事はあっても、自分のブログで政治の事を書いたり、そういったブログにコメントしたりする人達ではないのが私の思う普通の人たちだ。
その方達と共闘する事も含めたブログ展開こそ、私が求める「ブログ共闘」の精神なのだ。

最早、政治家達のケチ臭い党利党略主義の「野党共闘を、遥かに超えたところに、
私ら、いち国民たちの「国民共闘」、「ブログ共闘」は存在しているのだと私は思う。
ブログ共闘とは「普通の人たち」の為にアリ! 
己の自己主張の為には無い。自己主張は一旦、封印しましょう。

普通の市民と共にあるのが、本来の政治の姿でしょう。
普通の人たちにも、興味関心を持って政治を考えてもらえる機会をブログで作りたい。
普通の人たちをも巻き込むような、ブログ共闘に今後、期待したい。
普通の人たちは、本来、坂本龍馬的な明るいことが好きなのだと思う。
薩長の悪い点に目を向けていては、同盟はならなかった。当たり前だ。
今は、主義主張を超えたところに日本の明るい未来があるように思います。

<オマケ>
昨日作ったこのバナーの表示の仕方です。


画像の上で右クリックをして保存して適当なフォルダに入れてください。そして各ブログ管理画面でアップしてください(FC2ならばツールの「ファイルアップロード」を押して「参照」というボタンを押して画像を保存した場所を呼び出して「アップロード」を押します。)
それでも出来ない方はこのタグで^^
<img src="http://www.geocities.jp/rankeyblog/gosenkyo.gif" alt="" border="0">

<img src="http://www.geocities.jp/rankeyblog/senkyo.gif" alt="" border="0">※上記の < と > は < と > に小さく変換して使ってください。

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ブログを書いていると色々ある。
励ましのメールを頂いたりしてジ~~ン誰にも知れず感動したり。
あるいは私のブログの悪口をどこかのブログで見て一人、落ち込んだり(笑)
それも若い人が書いたようなブログで「逝ってよし」みたいな書き方をされているのを見かけると悲しくなる時がありますねー。シクシク^^;

私は子供がいないから、血縁で言えば、甥っ子や姪っ子くらいしか身近な子供はいないが、その子達の未来がもし、戦争が身近な世の中になったら可哀想だなと思う。また今のまま格差が広がっていけばと不安にも思う。
私はもう人生の半分以上を生きてきたし、これから先どうなろうが自分ら夫婦だけを考えたら何とか適当には生きていけると思う。決して恩着せがましく書くわけではないが、このブログにしても自分の為に警鐘を鳴らしているわけではない。誰の為かといえば、やはり若い人の未来の為に憂いているというのが一番の書いている理由だと思う。
ブログ書いてる人ってだいたいそんなもんだろうけど。

それだけに若い子らからの批判的な文体は結構こたえますね^^;
何故、そういったブログを見つけるのかというと、たまに暇な時に「らんきーブログ」と言う単語でGoogleブログ とか ヤフーブログとかで検索をかけているからだ。すると、私のブログを有難く取り上げているブログや悲しい気持ちにさせてくれるブログに出会えるわけだ(笑)

ま、今までも批判されたり、悪口書かれたり、誤解されたりした事はブログ上で、何度もあるから、あまり気にはしていませんけどね^^
自分がどう評価されてもいちいち気にしていてはやってられません♪

首相、週刊朝日に憤り 暴力団との「関係」報道で 2007年04月24日 西日本新聞
安倍晋三首相は24日夜、長崎市長射殺事件で容疑者が所属していた暴力団と首相サイドの「関係」を指摘した週刊朝日の報道について「私や私の秘書が犯人や暴力団と関係があるのであれば、直ちに首相も衆院議員も辞める考えだ」と述べ、強い憤りを示した。さらに「いくらなんでもだまっているわけにはいかない」と、法的措置を取る意向を明らかにした。

 首相は「一切関係ない。まったくのでっち上げで捏造だ」と強調。

 その上で「この記事を書いた(週刊)朝日の記者、あるいは朝日(新聞関係者)の皆さんは恥ずかしくないのか」と不快感を示した。

 また「いくら私が憎くて私の内閣を倒そうということでも、まったく事実に基づかない、いわば言論によるテロだ。報道ではなく政治運動ではないか」と指摘した。

 官邸で記者団の質問に答えた。
 


アベチンゾー・・・肝っ玉、小さ過ぎ!!
いちいち怒らんで、ど~~んと構えなさいよ、ほんっと情けない男。
だいたい疑惑多すぎなんだから、キミは。
まさかこんな事が「闘う政治家」だなんて勘違いしているんじゃないよね(笑)
恥ずかしいのはお前だ! アベチンゾー!

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選挙に行こう」シリーズ











 

 

SOBAさん作 ↓


雑談日記のSOBAさん が見やすく作ってくださいました^^ サンクス!




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そして各ブログ管理画面のやり方でアップロードしてください。
(FC2ならばツールの「ファイルアップロード」を押して
「参照」というボタンを押して画像を保存したフォルダを呼び出して画像名を呼び出し「アップロード」を押します。)

それでも出来ない方はこのタグを参照して使ってみてください^^

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※上記の 「<」 と 「>」 は < と > に小さく変換して使ってください。
※ 今後、暇を見つけて作成します^^
※ 自由に使ってください。連絡・報告も無用です。らんきーブログの名前も不用です(笑)


※リクエストがありましたら、中に入れるキャッチコピーや、色のバランスなどお気軽にコメント欄でお知らせください。未熟ではありますが、作ってみます。


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調子に乗って、また「選挙に行こう」バナーを作ってみました。(笑)

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2005年のコイズミ詐欺師の選挙による郵政民営化の是非を問う自公大勝選挙の行く末はいよいよ、国民に選ばれたわけでもないタダの中年オヤジである安倍晋三によって憲法改正の是が非かの時代を作ってしまった。 憲法解釈で禁じてきた集団的自衛権の行使について、安倍晋三はその一部を認めるための新たな解釈の検討を指示し、集団的自衛権に関する有識者懇談会を来月中旬に設置すると言う事だ。国民投票法案とあわせてせっせと憲法改正の階段を駆け上っていけるようになったのも郵政選挙の大勝のお陰である。
集団的自衛権、新たな憲法解釈検討・首相が法制局に指示 NIKKEI NET

国民は憲法改正して欲しいと願って、前回の選挙で1票を投じたわけでもないのに時代は加速度的に日本改正の道へ歩んでいく。憲法改正が即戦争をする国になるとは言わないが、間違いなく戦争に参加しやすい国にされてしまうのは間違いない。 
そして自国民が何かの事で、死傷でもすればナショナリズムを煽る事は簡単である。
戦争ヤラセ」さえも十分あり得る。
人の死という現実を突きつけられた時、最早議論は通用しない時代になるかもしれない。
有無を言わせず、国家の威信をかけた宣言と共に闘う国に変貌していく事は簡単な事だ。

戦争に参加することの何が正しいのか?自分が殺されない為に人を殺す事の何が正しいのか?どんなに理由をつけようと戦争はまさしく国家による犯罪である。それに加担する事は不幸しか生まない。それは20世紀の戦争で日本はもう十分にわかっているではないか?

5月1日から「三角合併」もいよいよ解禁される。
参照:国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」:日本人類最悪の法案の「三角合併
マスコミは相変わらず、その実体を詳しくは語ろうとはしない。
上記引用先を読むと、ライブドアの悲劇」が多くの上場企業で起こるかもしれないという事だ。その余波は当然一般市民にも訪れていくのだろう。日本はどうなっていくのだろう?素人の私には想像もつかない。とにかく目まぐるしく何かが音を立てて崩れていくのは感じる。
そんな時代を担う責任者が、国民の声には耳を閉ざす癖に、自分の事で何か言われたらキィキィ逆切れするだけの安倍晋三なのも最悪である。

自民党(公明党含む)を支持する人達、及び安倍晋三をそれでも信じている人達に問う。
一旦、足踏みして止まりませんか?安倍内閣の性急さはおかしいでしょ?
何をそんなに急いで憲法改正する必要があるのですか?
明日の生活よりも、日本の国際貢献とやらがそんなに大事ですか?
毎日平均100人が自殺している日本でそんな余裕はあるのでしょうか?
自殺している人たちや生活に苦しんでいる方々の事は放っておいても、国際貢献をすることはそんなに大事な事なのでしょうか?

自分の家族の中に肉体的にも精神的にも餓死者が出ているのに、町内の活動に絶対参加しなくちゃいけないのでしょうか?町の為に死ねというのでしょうか? 
それが人間の、人としての正しい優先順位なのでしょうか?
外面(そとづら)だけが良ければ美しい国なのでしょうか?
自国民は死んでいっても他国の為に闘う事は尊いのでしょうか?
今しなくちゃいけない事はそんな事ではないでしょう。
国民の生活の確保が先ではないのでしょうか?
ここをおざなりにして「美しい人」に祭り上げられては哀れなものだ。

憲法改正が悪いとかいいとかではなく、一旦立ち止まってもっと考える時間を作る。
それも国民全体で考えた末で、これからの日本の未来を考える。
それくらいの事はしてもいいのではないでしょうか?
自分ひとりのナショナリズムで判断する事は最悪な思考法です。

3ヶ月足らずで参院選(参議院選挙)があります。
今現在では衆議院で3分の2以上もの議席を圧倒的に与党(自公)が持っています。
参院選でそれを逆転するくらいの選挙結果を得られれば今の早急な流れを一旦STOPさせる事は可能です。またさせなくちゃいけません。
自分の1票は、選挙権のない子供たちの未来も含めた1票です。
最悪、日本が将来、戦争が出来る国になれば、今現在選挙権の無い子供達の大半は、有無を言わさず戦地に行くようになるでしょう。それでいいのでしょうか?

自分だけの1票では無いと思えば、選挙に行かない事は罪だという事がわかると思います。
自分プラス子供たちの未来」と思えば、1票の重みも違うのではないでしょうか?
前の世代の人達は頑張った と、将来言われるような未来を、皆で作りましょう。


よかったら、様々なブログシーンで勝手に使ってください♪

※追記※
FC2ブログ以外のブログでバナーを貼る際に何故か不具合があるようですので、
こちらのタグを貼ってみてください。 

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気の早い話ですが、今年の夏は参院選の夏です^^金鳥の夏ではありませんw(古過ぎ?)
国民の声を聞かずに、自分らで選んだ人間だけに様々な事を勝手に決めさせている現在の未熟で危険な内閣にNO!」と国民全体で意思表明できる今年最大の国民的イベントが参議院選挙祭です。日本の進むべき道の大半が決まるであろう選挙になるかと思います。
まだ3ヶ月近くありますが、らんきーブログでは夜鍋してせっせとバナーを作っています(笑)


政治に関係あるブログも、そうでない趣味のブログでも、芸能関係のブログでもバナーを貼るだけなら誰にでも出来る今の世の中に対して「何か出来ること」のひとつだと思います^^
今のうちから今年の夏は参院選に投票に行くって予定を多くの人に入れてもらいましょう^^
「選挙に行こうバナー集」はこちらから、自由にどうぞ。
それでは今日の気になる記事をいくつか自分流に簡単に勝手に解説~~~。

「鉄の意志持って拉致解決に臨む」首相が米・中東訪問出発
2007年4月26日 読売新聞
安倍首相は26日午前、米国と中東5か国を訪問するため、政府専用機で羽田空港を出発した。5月3日に帰国する予定だ。 出発に先立ち、首相は公邸で記者団に「日米同盟は日本の外交、安全保障の機軸だ。ブッシュ大統領と何でも忌憚(きたん)なく話せる関係を作っていきたい。北朝鮮による拉致問題については、私は鉄の意志を持って解決に臨んでいくことを申し上げたいし、日米で連携していくことを確認したい」と述べた。(太字は私)


笑いのポイント
国会で亀井さんの、池田そうかセンセに会ったかどうかの質問に対して、一々メディアの報道になんか相手にしないと言っていた安倍晋三は、週刊朝日に文句を言いました。
そんな意志薄弱の男の言う「鉄の意志」とは何なのかってことでしょうなw 
拉致問題と書いてアベチンゾーと読むくらいのこだわりが感じられます。二枚舌男が言う「鉄の意志」の拉致問題はこんな時にも利用される政治の愚にされてしまっています。 
さては横田めぐみさんが一時帰国する日でも決まったのかな?と思わせますね。
安倍晋三が関わる事によって振り回される拉致被害者の方々は本当に気の毒である。

安倍首相、慰安婦問題で「申し訳ない気持ちでいっぱい」 Sankeiweb
訪米中の安倍晋三首相は26日午前(日本時間)27日未明、米連邦議会で、共和、民主両党議員11人と会談した。首相は慰安婦問題について、「私の真意や発言が正しく伝わっていない。私は辛酸をなめた元慰安婦の方々に、個人として、また首相として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況に置かれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と説明。その上で、「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、日本も無関係ではなかった。21世紀が人権侵害のない、より良い世紀になるよう、日本としても全力を尽くしたい」と述べた。

 これに対し、日系のダニエル・イノウエ上院議員(民主党)は「残念なのは慰安婦問題をめぐる米国内の動きだ。これまで7人の日本の首相が謝罪をしているにもかかわらず、こういうことが今後もずっと続くのかと思うと疑問を感じる」と応じた。他の議員から、慰安婦問題への言及はなかった。

 慰安婦問題をめぐる対日非難決議案を審議している米下院外交委員会のラントス委員長(同)は「日本は安全保障面でも大国にふさわしい役割を果たすべきだ。そのために憲法を改正しようとする安倍首相の方針を強く支持している」と述べた。 (2007/04/27 09:20)
(太字は私)

≪漏らさないポイント≫
結局、憲法改正をクローズアップさせたいんかぃ!でしょうか?何で日本の憲法改正をよその国に支持されなくちゃいかんのでしょうか?外国でもタウンミーティングやっているようですね。こちらはアメリカ主導の。そもそも日本の「やらせタウンミーティング」だって、アメリカ大好きの小泉純一郎が始めたわけだから、TM本家はアメリカなのである。そのアメリカTMの中のひとつの駒でしかない安倍晋三は慰安婦問題でペコペコしながら憲法改正へのレールの上を内股でお漏らししないように歩いていくわけである。その割にはお漏らししているがw

しかし、アメリカが日本国の根幹である憲法改正にまで、口出しするって事は結局、日本の憲法を改正する事によって何故か、アメリカが、ガッポリ得をするからだってことですよね。国益優先は当たり前ですからね。酷いもんです。 銃社会の危険な国に我が国の憲法改正を支持されなくてもいいもんだ。 もうひとつ記事行ってみよう。

<ネット中傷>民主党“標的”10万件 都知事選と参院補選 
4月27日3時5分配信 毎日新聞
 統一地方選で今月実施された東京都知事選と参院沖縄選挙区補欠選挙を巡り、それぞれ8日と22日の投票日数日前から民主党や同党が支援した候補について誹謗(ひぼう)する書き込みがインターネットの掲示板に集中的に張り付けられたことが分かった。書き込みは現在、検索サイトで計延べ約10万件がヒットし、ネットを舞台とした“中傷”としては、過去に例がない規模。短期間に張り付けが繰り返されていることから、組織的に行われた可能性があるとみて、捜査当局も情報収集に乗り出した。
 都知事選については、今月7日の巨大ネット掲示板「2ちゃんねる」の「料理」に関して話し合う掲示板などに掲載。「東京都の人は、ぜひ読んでみてください」としたうえで、民主党が支援した候補者名を挙げ、「反日団体が総がかりで応援しています」などと書き込んでいた。同じ内容の文書は、「2ちゃんねる」内の多数の掲示板や一般のブログにも「コピー、ペースト(張り付け)」されて、転載、引用されていた。
 参院沖縄選挙区補選についても、「2ちゃんねる」の今月21日の医学掲示板などに掲載。「どうか民主党だけは避けてください。県民の生命に関わる可能性があります」などとしていた。
 いずれも投稿者は不明だが、根拠もなく中傷していた。ネット利用者からは「世論誘導をたくらんだ工作では」と不審がる声も出ている。
 これら二つの書き込みを検索サイトで調べると26日午後7時現在で、都知事選では約2万件、参院沖縄補選では約8万件が表示された。重複を除いたとしても転載、引用件数は膨大になる。こうしたネット上での「怪文書」は瞬時に大量に頒布可能で、今後問題化するのは必至だ。【ネット取材班】


怖いのはこういった事柄を、政府やメディアが最もな理由付けで「ネットは危険」という風潮を作り、何がしかの規制をかけてくることだと思う。
今までだって似たような事は少なかれどあったのだ。こんなくだらない中傷は。
「あるある2」騒動で放送法の改正が取り沙汰されたように、正義の御旗を掲げて、関係の無い普通の人たちにまで規制をかけてくるやり方が常道である。気をつけねばならない。
そもそも法律なんてものは、悪い事をする人間がいるから出来るわけだ。逆に穿って考えれば、法律を変えたいなぁ~と、権力側が思えば「悪い事を意図的にやらせればいい」のである。すると世論は「悪い事を取り締まるのだから最もだ!」となって法改正に着手できる。

今回の怪文書の大量頒布だって、意図的に何者かがやれば、なんらかのネット規正法は出来るわけである。まして攻撃されたのが民主党側だってのが益々怪しいもんである。
「民主党さん大変だねぇ・・・」って感じで、同情しつつ、法改正でもして、こういう事が起きないようにネット規制かけましょうって言いやすいですからね。 確かに「悪い事は悪い」。
しかし、意図的に何者かが悪い事をして、それまで自由で快適な生活だったものにまで、余計な規制をかけられてしまうって事は多々あるのでこれもまた要注意な事ではある。
以上、私の好きな妄想も入り乱れて書いてますから突っ込みは無用ですw

そんなこんなで参院選まで後90日くらいです。いきなり話は戻りましたw
「選挙に行こう」バナー まだまだ作って行く予定です(笑)


まだまだ作っていきますので、中に入れるキャッチコピーとか、色合いとか何かリクエストがあったらコメント欄にでも書いてください。
バナー作りも下手は下手なりに上達していく予定です(笑)&未定です(笑)
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世間ではGWなのですね^^
私は今日は事務所引越し初日で、お疲れ気味です。
無線LANの設定とか何やらめっちゃ時間がかかりました。
また明日も、こまごまと忙しい。ま、楽しいからいいけどね。頑張らないと、生活も(笑)

沖縄の参院補選の投票率って低かったですよね。
自公も、安倍晋三を筆頭に総力を挙げ、野党も小沢一郎をはじめとしてメディアにも大きく取り上げていたにも関わらず投票率は47.81%だった。低すぎる!
与党代表者や野党第一人者が声を枯らして演説をしても大した影響は今の政治では無いと言うことだ。ある意味、安倍が行くと投票率は下がる?(笑)それを狙ったのか?
投票率が低いと、どうしても組織票が大いにある与党有利になるのは日本の選挙の法則。
という事は、逆説的にいえば、投票率が上がれば野党が有利の可能性が高い。
私が与党の選挙本部長ならば・・・投票率を下げる作戦に出るね^^

だから「投票に行こう」というキャンペーンは、意味があると思う。


だから今日もリクエストに応えて、エンドレスバナーを作るのだ!(笑)
私はしつこいのだ!!(笑) しつこいのは武器にもなるのだ~^^
今からまた事務所に行くので、また明日^^

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公職選挙法は、自公が決めれば100年かかる(笑)
たかが、ホームページに限定したネット利用解禁だけでも駄目らしい。
与党公職選挙法プロジェクトチーム なんだ・・・この仰々しい名前は。ハッタリである。
如何に自分たちが有利に選挙を迎えられるかしかない頭の集まりでは、進歩的な意見がまとまるわけはなかろう。中国の温家宝首相と会った際に、自ら、恥も何も無く、庶民の王者と勝手に名乗る池田大先生率いる、フランスではカルト教と認定されている創価学会が支持母体の公明党はよっぽどネットが怖いのだろう。

ならばブログでも今後取り上げていかなくてはなるまい(笑) 
だいたい誹謗中傷のおそれがあるという危険性はどの政党でも多かれ少なかれあるのだから、理由にも、何にもならないのだけどね。全く公明では無い党である。

ネット利用の選挙運動、参院選は解禁見送りへ4月29日 読売新聞
 自民、公明両党は、インターネットを利用した選挙運動について、今夏の参院選での解禁を見送る方向で最終調整に入った。

 解禁した場合のひぼう中傷対策などについて、特に公明党内に慎重論が強く、検討になお時間をかける必要があるとの判断からだ。

 自民党は、ネットの普及が急速に進んだことなどを踏まえ、夏の参院選を視野に、ホームページに限定してネット利用を解禁する調整を進めてきた。現行の公職選挙法では、ホームページのようにパソコン画面に表示されるものは、「文書図画」にあたるとされ、選挙期間中のホームページ開設・更新や、電子メールの発信などは禁じられている。

 公明党内には、「相手陣営の支持者らによって、ホームページ上で大量のひぼう中傷や、別人が本人の名をかたる『なりすまし』が行われたら、選挙戦に重大な影響が出る」などの懸念が少なくない。26日の与党公職選挙法プロジェクトチームの会合でも、公明党は慎重な検討を求めた。


こんなこっちゃ、いつまでたっても公職選挙法は変わらないね。
自民党は公明党なしでは生きていけないのはいまや明らかな死に体党。
駄目な男と女のカップルに日本を牛耳られているようなもんである。
恥を知らぬバカップルよりも駄目だ。偉そうな分だけ(笑)

自民党を応援するということは、公明党をも応援するということだと私は認識している。 
だから現政権を支持するという事は公明党をも支持するという事。 
突き詰めて、極論を言えば、創価学会を支持するという事だ。
よって今度の参院選で与党が勝つという事は創価学会が勝つという事である、私の中では。
日本人は選挙に行く人も行かない人も、宗教キライな人も全て、創価学会の支配化に置かれるという事とさして変わらないという事だと思う。

宗教は本来やる自由もあれば、やらない自由もある。
選挙も日本では投票する自由としない自由がある。それは間違いない。
しかし私の中では、投票に行かない人は創価学会を支持するという事になるのである。
もし日本の人口の25%が創価教信者だったと仮定したらよくわかる。
投票率49%では日本は創価学会の支配下に置かれるのである。
51%を超えてやっと、ギリギリ創価の支配から逃れられるのである。
投票率が30%や、40%だったら怖いのがよくわかるでしょ?
投票に行かない人が、いち宗教を応援しているのと同じだというのが。

だから選挙に行くって行為は大事なことなのである。
投票率が上がれば上がるほど、健全な世の中だって事がわかるでしょ?
宗教をしない自由を守る為にも選挙に行くことは大事なことなのだ。
「日本の国教は創価学会である」な~んていう日が来てからでは遅い。
そういった色々な自由を守るためにも選挙に行くって事は大事である。
今現在、創価学会員は公称1000万人と言っています(有権者の10%)。
ま、選挙の際の出口調査などの調べでは400万人程度らしいですが・・・。

公称通りならば、仮に投票率が20%以下だったら、最早日本は創価の国になるのである。
そんな事は今のところないだろうが、投票率が低ければ低いほど、喜ぶのは誰か?考えるにはわかりやすい例えだと思う。
自民党にも、長い権力時代のしがらみとして利権絡みの支持団体は多数あるわけです。
支持母体や団体はしっかりと選挙に行く人たちです。特に公明票は結束固し!
それに対抗するには、逆にしがらみの無い人が選挙に行くしかないわけだ!
しがらみの無い住みよい国にする為には、しがらみの少ない1票が必要なのだ!

「選挙に行こうバナー集」はこちらに多数あります。 ご自由にどうぞ!

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