らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


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いい悪いは別にして日本人は物まねがうまい。異文化を吸収しながらオリジナルなものにしていくという意味でですね。外国のいいところを取り入れて自分流にアレンジする。
それは遣唐使の時代から今日に至るまで料理や音楽、アニメ、あるいは産業技術さえも、物まねで始まり、そしてその勤勉さで吸収し似て非なるものを作り上げていく。
私が好きな点で言えば、カタカナやひらがなもそうですね。中国から伝わってきた漢字を自分のものにしていく点で、日本人が画期的だったのは、カタカナの発明によって日本人は大和言葉を漢字で表現することを容易にし、それから発展的に平仮名も発明していったわけだ。
まさしく日本オリジナルの、世界に二つとない発明だと思う。

それはやはり島国ニッポンの特徴かも知れない。日本人は元来好奇心は旺盛なのだろう。
喜んで相手国の影響を受けるという無節操さ、柔軟性こそ、日本の進歩の源泉であると言える。そこまで熱心に外国の知識や考え方を取り入れることで、それが結果的には日本社会に大きな刺激を与えるからである。また、これほどまでに積極的に外国の影響を甘んじて受けるというのは、実は、日本人が自国の文化のしたたかさに対して自信を持っているからなのである。自信がなければ、つまり、圧倒的な外国の影響下に入ったが最後、自国のアイデンティティが喪失するという危惧があるなら、フランスのように、外国文化の影響を遮断しようとするはずである(日本も江戸時代はそうしたが)。あるいは、イスラム諸国のように、宗教教義を守る必要から外国の制度や習慣を取り入れることを抑制したはずである。しかし、日本はよいと思ったところからはとことん吸収することを躊躇しなかった。これは世界的にみても希有なことであると言わなければならない。  中谷巌のページ:日本はなぜ成功したのか~文明論からのアプローチ」
確かにそうだと思う。鎖国前の中国と交流が深かった時代や幕末の頃の欧米文化の対応にしても一時的には無節操と言ってもいいくらいにかぶれていくのだが、ある時期を過ぎると日本のオリジナルなものに変わっていく繰り返しが日本の独自性だったのかもしれない。

日本文化を大事にしつつ、異文化のいいとこ取りをするしたたかな誇りある国民性だったように思う。 天才アインシュタインが1922年(大正11年)に来日した際の言葉で
「予が1ヶ月に余る日本滞在中、とくに感じた点は、地球上にも、また日本国民の如く爾(しか)く謙譲にして且つ篤実の国民が存在してゐたことを自覚したことである。世界各地を歴訪して、予にとつてまた斯くの如き純真な心持のよい国民に出会つたことはない。又予の接触した日本の建築絵画その他の芸術や自然については、山水草木がことごとく美しく細かく日本家屋の構造も自然にかなひ、一種独特の価値がある。故に予はこの点については、日本国民がむしろ欧州に感染をしないことを希望する。又福岡では畳の上に坐つて見、味噌汁も啜つてみたが、其の一寸の経験からみて、予は日本国民の日本生活を直ちに受け入れることの出来た一人であることを自覚した。」
アルベルト・アインシュタインと日本
とこの時点でも強く日本の色合いを残している点を言い残してるし、アインシュタインも日本に対して強い感銘を受けたのだとも思う。もちろんアインシュタイン自身も「日本の風習の中で、保存すべきものまで破壊しようとする気風には感心しません。」と警鐘はしている。
もしかしたら微妙なバランスの中で欧米文化を吸収しようとしていた日本人の中に西欧への憧れや羨望の気持ちが強くなりかけていた時期を見聞していたのかも知れない。

そして昨日書いたウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)。
国民全体が色々な手段により今まで信じて疑わなかったものを否定されてしまった。
それまで正しいと習っていた教科書を塗りつぶす当時の子供達の心境は計り知れない。
すべてにおいて昨日まで信じていたものを否定される事の衝撃の大きさ。
それぞれの人の内なる中で自分と国家との戦いがそこから起こったかも知れない。

確かにアメリカ等から吸収すべきものをとことん吸収し奇跡的な経済発展は成し遂げた。
しかし戦後の敗北感の隙を突かれたWGIPは日本古来の優れた文化や精神性をも破戒し、日本人が元来持っていた自国の文化のしたたかさに対しての自信までをも無くさせてしまい、すっかりと欧米かぶれしたままで今日を迎えたように思う。

そこには漢字から「カタカナやひらがな」を発明していったような自国の気高い民族性は無く、いいも悪いも一緒くたに吸収してしまった(特に負の部分や心の部分まで)
外国のいいところを取り入れて自分流にアレンジする事が充分に出来なかったのである。
その時から、現在の誇り薄き国家と国民の姿が始まったように思えるのだ。
与えられるモノ、押し着せられるモノだけに喜びを感じる画一的な、とにかくそこにいれば、
ホっとするという感のあるコンビニ国家が完成しつつあるように思う。

戦争は歴史的に必然だった部分が多いと私は思う。そしてWGIPも必然だったとしよう。
それぐらいサムライの国、日本は他国から見れば脅威の国だったのであろう・・・。
そしてもうひとつある、いまだ成し遂げられていない必然。それはWGIPだ。
WGIPの呪縛からの脱出は日本が日本と足らんとする為にも必然の筈だと思う。
戦後60年も過ぎて、まだその必然は完全には発生していないように思う。

勝ち組、負け組の格差社会のような理屈で、勝ち国・負け国の格差は永遠にあっていいものなのか?WGIPからの呪縛を解き放つことすら負け国には出来ないものか?
ましてWGIPの直撃世代以降の人々の中にも呪縛の中にいる人が多いように思う。

愛国心もいいけれど、そのWGIPの呪縛を完全に解き放つことを抜きにしては、
真の愛国心は生まれてこないし、育たないようにも思う。

【関連記事】
人生に影響を与えるもの1 ーWGIPよりー
人生に影響を与えるもの3 ーWGIPよりー
人生に影響を与えるもの 外伝 ーWGIPよりー

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人にとって多感な時期に何と出会ったか?何を知ったか?誰と出会ったか?などで人生は変わるし、またその影響も大きいものだと思うという事で連日書いている。
その影響とは、最初に出会う親であったり兄弟であったり、あるいは一冊の本と出会う事で、例えそれが漫画であってたとしても大きく人生が変わる事もあれば、あるいは信頼していた最愛の人から裏切られたりした事で人間不信に陥ったり、またはたった一人の悪人と出会った為に大きく人生を狂わせられたり、人の人生とは偶然あるいは必然の中で常にたゆっているように思える。  「人生に影響を与えるものーWGIPよりー」第3弾です。

情けない例だけど、私の妹なんて大人になって、自分に常識がないのは(例えば冠婚葬祭のしきたりとかね)親のせいだといって親を非難する事があった。兄弟ですからもちろん私も妹以上に常識知らずに育った事は大いに認める(笑)。しかし私はそれは決して親だけのせいではないと思っている。自分がどこかで恥をかいたのなら、その後、自分で調べるなり、聞いたりして、そこから覚えていけばいい事だからだ。親がこうだったから、先生がこう言ったからとその時々の人の所為にして自分を省みない事の方が恥ずべき事だと思う。要は自分がそのことに『氣づく』かどうかの事だと思うのだ。

しかし純粋無垢な子供から10代の多感な時代に受けた影響というのは大きいものだ。
素直な人、あるいは物事を真正面からしか見ない真っ直ぐな人、俗に言ういい人ほど、知らず知らずのうちに自分でも意識してないうちに身についた生き方・考え方を変えることは難しいのかも知れない。そう猫だぬきさんの記事を見て思った。
私は小学校時代の数年間、校区に被差別部落地域がある特殊な学校で過ごしたことがあって、そこですごく変な教育を受けた。具体的な内容はいつかちゃんと書いてみたいと思ってるのだけど、(ちなみに以前の記事は 2004.12.17 と、2005.8.8)部落の人や朝鮮人、身体障害者を差別してはいけません、という人権教育とセットで、大変な反日教育を受けた。  猫だぬきのこだわり :いま話題の「愛国心」について

幸い猫だぬきさんは聡明な方でよかったが、こういった教育を学校やあるいは家庭で朝から晩まで受けてきた人と私のように同和の集会があるって聞いて、「何?童話の集会とかお前んとこじゃあってんの?」と聞いてるような子供時代を送ってきたノーテンキな子供とはその思想や根っこの部分がこの時点から、もう大きくかけ離れている。
目や耳から入ってくる教育や、知り合う人達が私らとは違う世界にいるわけだからその後の人生観も大きく変わっていく事は間違いないだろう。

結局、立場や思想が違えば、同じ情報・あるいは事実を見聞しても全く逆の受け取り方をしてしまうという事になるわけだ。例えば「愛国心は必要か」という諸外国では当たり前のような設問にしても日本の場合ではそれぞれの立場で全く違った受け取り方になるように。
教育というものはある面では恐ろしいし、また非常に大事なことなのである。大人や家庭や親たちからの教育もそうだが、特に公の場で受ける教育は尚更大事な事だと思う。
人生に影響を与えるもの の大きなものの一つとして「教育」は絶対に外せない。

その教育の根本は国の姿勢にあるのだと思う。日本に今現在ある全ての問題を一致させる事は難しいにしても「日本とはこうなのだ」という強い意志を持って国内外に示さなくては行けない時期に来ているのではないか? と思うのだ。
日本とはこうなのだという姿勢において内政干渉されるいわれは無いように私は思うのだ。
日本とはこうなのだ の中には歴史問題も含め様々なものが含まれる。(いつか書こう)
それをうやむやにしたまま「愛国心」の強制的なことをしても揺れるだけだと思う。本末転倒なのである。まず国の姿勢有りき だ。そこが難しいんだろうけどね、今の政治家では(笑) 
そういう意味で猫だぬきさんの上記引用のような事がある現状では以下の意見が現実的だ
教師たちを縛るため、教育基本法に「愛国心」の精神を盛り込むことは賛成。
これは絶対に必要だと思ってる。 猫だぬきのこだわり :「愛国心」昨日の続き

しかし、その『日本とはこうなのだ』という姿勢がウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)や反日教育などの戦後60年以上も経っているのにいまだに日本にかけられたままの呪縛に対してのひとつの答えになっていくのではないだろうか?
その為にも日本の政治家はいつまでも内向きのペコペコお辞儀と金を貢ぐだけのお子様政治ではなく、毅然とした大人の政治を行なって欲しいものだ。
いつまでもWGIPが日本人の人生に影響を与えたものであってはならない筈だ。

 【関連記事】
人生に影響を与えるもの1 ーWGIPよりー
人生に影響を与えるもの2 ーWGIPよりー
人生に影響を与えるもの 外伝 ーWGIPよりー

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懐かしネタ 温故知新シリーズ第3弾!! 2002年05月21日(火) より抜粋(一部加筆)
ちなみに第1弾「万引小僧」 第2弾「少年が見たものは・・・!」 絶賛ブログ中(笑)

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数年前に書いていたエンピツという日記サイトでの仕事の事について書いた記事が、どなたかから推薦されてナビゲートというサイトのOJTコーナー 教えること、教わること~身近なケース集~ に掲載された事がある。今日はその記事です。 

私の体と心を通り過ぎていったたくさんの男と女・・・・
ある時は泣き、ある時は誉めて、同じ時間を共有した・・・・
古本屋をしてた頃のバイトの子達の話なのですが・・・(笑)

数件店をやっていた頃、一番小さな店を任せてたA君というバイトの子がいました。感じのいい子で私ともよく気があう明るい子でした。昼間は完全にその店をA君に任せてたんですが、ある日の昼間、A君が店番を一人でしている時にGAMEの仕入があったんです。
ファミコンソフトが15本くらい。
私が夕方、店に寄った時に見ると仕入伝票には仕入代金5000円とあります。
仕入買取書にはそのA君の弟の名前が書いてありました。

「これ、弟君が売りに来たと?」
「はい、さっき売りにきました」
「そう・・もうちょっと高く仕入れてやってもよかったとに、遠慮せんで」
「いえ・・いいんですよ。まだ学生ですから、これくらいで充分ですよ♪」
なんて会話をして、A君に裏の事務所で休憩をやって、私が店番をしていると一人の男の客が来ました。

「スイマセン、あの~やっぱりさっき売ったGAME売るのやめたいんですけど」
「あ・・そうですか・・どの商品ですか?」

たまにいるんです。一度売った商品を気が変わって売らないって言う人が。ま、しょうがないです。お客さんが売りたくないんですから。
「えっと、ファミコン15本なんですが・・・・」
「????これですか??「いくらでした?」
「500円でしたけど・・さっき貰ったお金返します」
「500円だったんですか?」 と驚く私。

「はい、そうですけど・・なにか?」
「いえ、すいません。ちょっとお待ち下さいね」
裏で休憩してるバイトのこの方に行くと蒼い顔で俯いている彼がいました。

やってくれたか・・・・!! 
取りあえず、急いで、お客さんにGAMEを返して帰ってもらいました。
そして営業中ですが店のシャッターを下ろし彼を裏から呼びます。

要するに見た目が大人しそうなお客さんだから、通常よりもかなり安い金額で買い取って、それを自分の弟の名前でわからないように買取書にサインして、お客さんには500円渡し、レジからは5000円取リ出していたわけですね。
5000円ー500円で4500円を自分のモノにした訳ですね。着服です。

「どういう事?」
「・・・・・・・・・・」
「黙っっとっちゃぁ、わからんめーもん?」
「小遣いが欲しかったとや?」
「ちょっとお客が大人しそうだったからって客を騙したとや?」
「スイマセンでした」
「謝ってもスマンやろ?」
「店の信用も、オレがお前の事を信用しとう気持ちもズタズタやんか!!」
「・・・責任取って店、辞めます・・・」
「そんな問題は今しよらんめーもん!」
「取りあえず、頭ば出せ!」

ボカ!!と思いっきり殴りました・・。彼を信じてた分だけ

「面接の時にも言ったと思うばってん、現金を扱う仕事やけん、この仕事は騙そうと思ったらいくらでも騙せると思う。」
私はバイトの面接の時には必ず、小銭を扱う商売だから騙そうと思えばいくらでも騙せるって実例を全員に話しています。

「ばってん、(しかしの意)それをお互い、疑ったり騙したりせんようにしていこうって約束したやろーもん!! 覚えとろーがっ!! 」
「お前は辞めさせんぜ!!俺をガックリさせた分ここでまた働いてもらう!!ここで一人前になってから辞めれ!!」

内心はもうグラグラ来てますし(頭に来てるの意)、これまでもやってたのかな?とかグチャグチャですが、私の場合はまず許す!!ここからです。
実際、許した方がきついですネ・・・・まぁお互いですが。

「まず・・もう二度とこういうことはせん!しない!ってことは約束できるや?」
「はい。絶対二度としません」
「今日の話はもちろん他のバイトの子にも誰にも言わんけん! 俺とお前と2人の中だけの話にするけん。情けなくって言えんしね。今後、今日の話はオレも二度とせん! そのかわり、失った信用は大きいじぇ、信用しとったぶん・・・」
「とにかく明日からの仕事、イヤ今日、今からの仕事で無くした信用を取り戻すための努力ば、せにゃいかんってことやね」

それから半月後くらいに3件の店のバイトの子全員で飲み会をやり、いつもと変わらない冗談やバカを言い合う。そして、本当に私がその不祥事を誰にも話していないということを暗黙のうちに確認させました。

もちろんしばらくの間は彼のほうが萎縮して緊張してしまうし、ぎくしゃくした感じはありました。元のような関係になるのには少々の時間が必要でしたが、いったん許した以上、後はもう一度チャンスをやり、 信用を築いていく作業を黙々とこなしていくことを、私は辛抱強く見守っていくだけですね。

その後、5年間彼は働いてくれ、ウチの社員にもなり結婚もし、子供もでき、頑張って少しは成長したと思ってます。
許すということはある意味、面倒できついことですが、結果はどうあれお互いの成長にはなると思います。

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昔々の西暦でいうと2006年頃のこと、愛国心を強制的に持たせようとする国家がありました。国が強制する事はないんじゃないかとは思いつつ、これは持っていない人もいるからな、無いよりあった方がいいわな と、ぶいっちゃんはその時は軽く思っておりました。

しかし、わざわざ教育基本法に謳わなくても愛国心を自分なりに持ってるような人や、国からの強制はやっぱりおかしんじゃないか?と考える普通の感覚の人々は、このままじゃ
「日本はどーなると海峡?」ということになるわけでした。
となると当然一人ではなかなか行動できないからメールで連絡取り合ったりブログで情報発信して同志を募ったり、実際に集まって話し合ったりするようにもなりました。
おっちょこちょいのぶいっちゃんは慌てて「そりゃそうだ」と仲間に入れてもらいました。

するとこれは今現在の国に対しての何がしかの反逆の集まりでは?と暇を持て余している権力側がそこの集まりに「偽愛国心」に騙されている一人のスパイを送り込みました。
そしてその中でもおっちょこちょいと評判のぶいっちゃんという一人の男に目星をつけてうまく取り入っておだてて、祭り上げ、そして少し過激な発言をさせたりしました。
例えば冗談好きなぶいっちゃんは「こうなったら国会に火でもつけるしかないか?なんちゃって~♪」みたいな事を気楽に言っていたのでした。ホントに愛すべき馬鹿でした。
そしてマッチポンプの異名を持つスパイは堂々と警察に自首しました。
「なんかよからぬ事を相談しとうごたぁですばい。あたしゃぁ、恐ろしくて逃げてきましたでごわす」と善意の自首を致しました。自首したスパイはすぐに釈放されて、新たなマッチポンプの仕事をする為に次の集まりを探しに行きました。

そして日頃の行いもあまりよくなかったぶいっちゃんは煙草のポイ捨てで別件逮捕されてしまいました。それから国家による密室の取り締まりによってその集まりのことも話してしまいました。更におっちょこちょいのぶいっちゃんはそこの他にもあちこちの集まりに顔を出していました。そして全員逮捕されましたとさ。 それが当時では共謀罪といわれるものでした。

しかしぶいっちゃんとその仲間が逮捕されたという件は何故かニュースにはなりませんでした。人を殺したわけでもないし大した話題性も無いからでしょう。
ワイドショーやニュース番組ではどうでもいいニュースを難しい顔で「一体どうなるんでしょうねぇ~? ○○さん 」と人事のように話しています。

おっちょこちょいのぶいっちゃんは逮捕される前まであちこちの素晴らしいブログにTBをしたり少し過激なコメントを入れたりもしていました。そしてぶいっちゃんのブログが更新されないのを心配してメールを送ってくれる人もいました。しかし、ぶいっちゃんのブログだけではなくネットを見ていると少しずつ、ぶいっちゃん以上にまともな意見を言うブログまでもが減って来ました。 おかしいなと心配になって、やはりブログ仲間がメールを送ったりしました。
そしてまた、まともなブログが次々と減っていきました・・・・。
そうです。ブログを書く人もまたメールを送った人も共謀罪の疑いがあるということで逮捕されていたのです。すべての元はぶいっちゃん繋がりでした。

そして心有る人達が気付いた頃にはネット上やTVや新聞上には気色悪い『アンタ(国家)の言う通り』『アンタ(国家)が大将!』と「歪んだ愛国心」を賛美する声ばかりになっていました。そしてそれが常識であるかのような風潮になっていました。もちろんその事実を知った心有る人々は抗議をしようとしました。しかしこの時点で残っている人々は、ぶいっちゃんとは違い、根がまじめな人々の集まりですから正攻法で団体を組んで国家に抗議をしようとしましたがその前の段階で悉く共謀罪としてやはり逮捕されていきました。
そして今現在のこの国の状態を憂うまもともな愛国心を持っていた人々は数年後には跡形も無くいなくなりましたとさ。

娑婆に残った人々はというと、元々愛国心が薄い人々と世の中で何が起ころうとキョンキョンって40にもなってスゴイよね の方に関心がある人々だけになりました。

そしてその後のこの国の民衆は、国家が何をしようとも
見ざる言わざる聞かざるの 平和?な三猿国家になりましたとさ。チャンチャン。

【追記】
三猿国家はその後、表情を無くした能面のような顔をした人々で溢れるようになり、一番ケンカが強いボス猿国家にいつの間にか吸収されて消滅しました。 【完】ホントにチャンチャン。

石原伸晃法務委員長へメールを出そう!残念ながら、私にはこの公式HPのURLしか分らないので、この中の「ご意見」のコンテンツからメールして欲しい。文案までは考える余裕がないので、各自それぞれの思いを書き綴って送って欲しいものだ。効果のあるなしに拘わらず、委員長の権限で強権的な採決移行という最悪の事態となってしまった場合、石原伸晃君に些かの良心が残っているとしたら、瓢箪から駒ということだってありうるわけで、何もしないで指を咥えてみているのだったら、ちょこっとだけでもキーボードを叩いて欲しいものだ。Yahoo!ブログ - 由布院発 デジアナおじさんの一筆啓上
を読んで私もデジアナおじさんの文章を参考にさせてもらいメールを出しました。

関連:共謀罪 その罪と×・・・○はある?

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例えば巨人がキライだけれど野球は好きな方。
例えばジャニタレはキライだけどキンキキッズの歌は好きな方。
例えば民主党はキライだけれど小沢一郎には何か期待されている方。
例えばアメリカはキライだけどハリウッド映画は好きな方。
例えば中国はキライだけど漢方薬は毎日飲んでるよって方。
もうそれは色々ちょっとした矛盾ってありますよね。逆もあると思います。

こういった方が仮にいたとして、身の回りの友人知人などの中ですべて合致する人っているでしょうか?要するに「巨人、ジャニタレ、民主党、アメリカ、中国はキライで野球、キンキ、小沢、ハリウッド、漢方薬は好きなんだ~っ」て方同士が身近にいるかってこと。
多分滅多には身の回りに趣味嗜好がすべて合う方ってそうはいないものですよね。適当なところで折り合いをつけて上手に付き合っていきますよね。人と人が生きていく上で考えても、まぁ、この例は別に多少違ったって問題ないと思います。

これをもっと大きく考えて見ましょう。
愛国心、従軍慰安婦、自虐史観、宗教、東京裁判、南京事件、日本国憲法、靖国問題・・・・(五十音順) いきなり例が大きすぎるという噂もありますが(笑)
挙げていけばきりが無いほど意見が細部にわたり、別れる問題は無限にありますよね。
今問題の共謀罪にしても色々な切り口や意見もあるかと思います。

さて今日のテーマなんですが、人と人が付き合って生きていく上でこのすべては同じ意見ではないと駄目なのか?ってこと。 自分の周りにはすべて同じ意見の人ばかりじゃないといけないのでしょうか?意見がひとつでも合わないと「アンタ嫌い!ツーン!」って感じで縁を切りますか?「もうお前とは絶交だ!バッハッハ~イ!」というようになりますか?
もちろん自分の人生の中でコレは絶対に譲れないというものはある事かと思います。

しかし一部の例外を除いてはほとんどはどこかで適当に折り合いをつけて付き合うのではないでしょうか?あるいはその話題は今後避けるとか。リアルの世界では特に。何故か?
それは「相手の立場になって考えてみる」という事を無意識にしているからだと思うのです。この頃読んだ「99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」という本の中にはそれを「間主観性」と書かれています。少し頭が固くなってきたかな?って方にお奨めの本です。
真実のステートメント:世界は仮説でできている で紹介されていた通りいい本でした。

例えばネットを見ると必ずもめているというか荒されるというか罵倒的な言葉になってくるとかでコメント欄が炎上っぽくなるのが特に「南京事件」「靖国」「慰安婦」など。
この資料にはこう書いてあった。いや、それはすべて嘘だとされた。いやそれこそ出鱈目だ・・・・エンドレス・・。あちこちのブログで同じような展開になる事が多いようです。
まぁ、これはネット特有の世界だと思いますが・・。現実世界での会話では、もし議論になったとしても、そんな話題になった時には先ほどの「相手の立場になって考えてみる」こと、
あるいは私の友人知人の間では「人間力」といいますか、その人間同士の力関係みたいなもので話は終わる事が多いですが(笑)あるいは大人の方が面倒でやめる(笑)

ましてそういった話題は初めて会った人に対しては普通しませんからね。気心知れた友人や知人になってからうっかり出る話題だとも思います。それがネットの場合はほとんど初対面の人が、それも名無しのゴンベでケンカ吹っかけてくるんですから(笑)
議論がまとまるわけがありません。

もちろん私なりの今現在の考えはあります。 ・・・でも今は言わない(笑)
私は思うんです。意見が違っても考えが違っても、人間として間違った人でなければそれは当たり前でいい事なんだと。その人の生い立ちや境遇や現在の立場なんかでどうしようもない譲れないものってあるものだと思うから。どちらの意見にしても100%正しいという事は無いと思う。どちらが0.01%にしてもお互いが相手を認める必要があると思うから。

極論を言えば、例えば生まれ育った家というものを例でいうと、自分の親兄弟や先祖を含むこの家族に対して過大な自虐史観を持っているから、自分の家の歴史問題はこの家の歴史をあまり知らない、迷惑をかけた他人様にお任せします。というような態度はキライなのだ。なんか毅然さが無いでしょ? 他人任せは。

もちろん嘘で塗り固められたことを言えといっているのでは無いのです。
歴史を語る際は正の部分と負の部分が一緒(プラマイゼロ)の史観が必要だと思うのだ。
≪いつか続く(笑)≫

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私の歴史観 その2
私の歴史観 【番外編】 -間主観性より-

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昨日に引き続いて 歴史観シリーズです。

例えば織田信長
信長といえば比叡山焼き討ちで女子供も含め数千人を虐殺した史実があります。これを時代背景を考えて「腐りきった中世的権威の打破」と評価するか、「狂人的な残虐行為」と捉えるかは意見が分かれる事でしょう。当時、叡山の僧兵たちは魚肉を喰らい酒色に溺れては女を抱き、浅井・朝倉連合軍を匿って公然と信長に叛旗を翻す武装勢力でもあったという事ですから新しい秩序を創造する信長にとってはまさしく天下布武の邪魔な存在として徹底的に叩き潰すということだったのでしょうが・・・。

もちろん今の世の常識から行ったら許されるものではないのは当たり前だのクラッカーです。と、話にあわせて古いギャグを入れてみました。
ちなみにコイズミンは信長好きという事ですが特に上記の行為が特に好きらしいですね。
いやはやなんともです。そんな人が世の中にいるとはとんでもハップンです。

日本の歴史上、ジェノサイドを派手に行なったのは信長だけではないかと言われています。
しかしもし信長が本能寺で殺されずにそのまま天下を取り織田時代をその後築き上げたとしたらその後の歴史はどうなったか?って事。当然、比叡山焼き討ちの際には宣教師なども見聞し、記録にも残したりしていますから動かせない史実としては残っても信長の子孫によってかなり後世の人が今よりも納得しやすいような記述に歴史は書き換えられていた可能性も多いにあったのではないかということを思います。

あるいはこういう例はどうでしょうか?
今から数百年後になると現在起こっている出来事は歴史となります。
その未来の世に歴史研究家が、偶然、数百年前のブログを二つだけ見つけたとする。
ひとつは「きっこのブログ」もうひとつは「政治家○○さん」のブログ。
どちらに書いてある資料をまともだと思うかってくだらない例え話です。
「‥‥そんなワケで」「マヌケなのはジンジャエール」「・・・と思う今日この頃なのだ(笑)」みたいな文体と官僚上がりの「ですます調」の文体のどちらを参考資料として使うだろうかというような事です。もちろんその研究家の器量次第なのですが書いてある事が全く正反対の内容だったら多分・・・・の方を資料として選択すると思います。それが普通だと思います。

私は資料とか記録みたいなものを100%信じる事はありません。何がしかの作為は必ず働くと思っていますから。私のブログでさえ作為がアリアリですし(笑)
書いた人の思想や立場。そしてその資料を読んだ人の思想や立場。そしてそれを公表した時代背景等で天動説か地動説か?ってくらい変わってしまうものだと思うのです。
もっとわかりやすい例は個人の日記の類です。(日記ですら資料になる事ありますよね) 私も子供の頃書いていた事がありますが私が主人公の日記ですから、他人から見たら正確な自分史にはなっていません(笑)他人が読んでも私の数分の一の真実もわからないことでしょう(笑)

昨日の亀田兄弟の試合やその活躍ぶりにしても早くも賛否両論です。
iFinder 雑読乱文 : 世界王者になったら納得します。 >デスノートは必見(笑)
同じものを見た人でも、その情報や考えから必ず分かれる意見が出てくるものです。
私の中での亀田クンの評価は「親孝行」という言葉を世間の人達の耳にたくさん届けたという事が一番です^^ 賛否両論は別としてそこは評価しています。
亀田兄弟のような現在進行形の話でも、受け取り方はまったく正反対になる。
もちろん亀田兄弟たちは過去の歴史ではなく今から自分達で歴史を作っていけるのですから、そういった意味で頑張って欲しいものです。

例えば共謀罪みたいな今問題になっている問題も現在進行形です。これはまだまだ情報は少ないですが過去の歴史とは違い、今現在「誰が言った」「こう書いてある」といったような事がリアルでわかるし、何らかの形で参加も出来るだけに議論のし甲斐もあります。まだ終わった歴史とはなっていない、今からいかようにも変わる歴史の始まりの段階だと思います。成り行き次第では国側の歴史と国民側の歴史と別れてはいくことでしょうが・・・。

歴史とは資料の積み重ねをどう解釈(これも人なり)していくかによって大きく変わる。
司馬遼太郎の司馬史観にしてもそうですし、吉川英治が戦時中に書いた宮本武蔵にしてもそうです。(戦後、訂正・加筆されてる事でも時代背景というのはあると思う。)
ガリレオが地動説を唱えた時には誰もそれを信じようとせず、いや天動説が正しいのだと疑わなかったようにそれぞれの思い込みという名の常識はいつの世もあるのだと思う。

今回「私の歴史観」というシリーズを作った一つの理由
世の中には人生の大きな価値観は一緒でも、様々な問題の中で意見の相違や衝突は誰にでもある事かと思う。それでも現実社会では余程の事が無い限り縁を切るような事は少ないと思います。しかしネット上では自分の考えに合わないものを斬捨てて自分の考えと同じ人だけを集めようとすることもあろうかと思います。
同人系の趣味やファンサイトならばそれでもいいのだと思います。

しかし人の歴史観は人の数だけあると私は思います。「右」だ「左」だ、だけでは人の思想は分けられないとも思うからです。それらを少しでも知ってもらった上で友好的にそしてお互い有効的にお付き合いが出来たらいいなぁと思いこのシリーズを簡潔に書いています。その為にはやはり会話しかないのです。ネットの場合は文字による会話だけにちょびっと難しい^^
会話が出来る相手とだったらいつの日かもっと分かり合える共通の歴史が出来るのではないでしょうか?もちろん会話が出来る相手とは昨日の記事で書いた通り「相手の立場になって考えてみる」=「間主観性」をお持ちの方々に限りますが・・・。

≪まだ続くか?(笑)≫

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「相手の立場になって考えてみる」=「間主観性」をお持ちの方々に限りますが・・・。
という言葉で昨日の記事 「私の歴史観 その2」 は終わった。
こんな当たり前の事が出来ないばかりに世の中で人と人の間で揉め事が多いわけだ。
あるいは国と国の間でもそうだ。「オレがオレが!」「オラがオラが」と我の主張だけを唯一無比の真実だ正義だと一方的に攻め立ててしまう。要するに話しにならんってことだ。
話にならん人にいくら話しても話にならんわけでこれほどの人生の無駄は無い。

普通の感覚の人なら、現実社会でこんな人がいたら、まず付き合わないし二人きりで会うことなんてまずしない。 ましてこちらが仮に100正しいとしよう。100:0だ。
それでも全く無理なのが話しにならんって状態の事をいうわけだ。
人の生き方を変えたり考え方を変えたりさせる事はこの点を認識する事から始まる。
まず相手に0.01%でもいいからその「間主観性」の「氣づき」がない事に始まらないからだ。いくら素晴らしい事をこちらが言っても相手に氣づきがない事には馬の耳に念仏、鹿の耳にお陀仏で全く意味がない。 とここまで書いていたら猫だぬきさんから有り難いTBを頂いた。
ぶいっちゃんさんの、ここ数日の人生観と歴史観の考査は、とても興味深いものでした。特に『人生に影響を与えるもの2 ーWGIPよりー』での日本論
・日本人は物まねがうまく、良いとこ取りの加工上手だったのが、敗戦とWGIPによる自信喪失で、「ただ受け入れるだけ」の国になってしまった。
・日本が国際社会の中で生きていく上での必然として、「第二次大戦」「敗戦」WGIP」があった。今後は「脱WGIP」を目指すべき
勝手に要約しちゃいましたが、この点についてはパソコンの前で大きくうんうんと頷き、一方で、私とは違う考えに、うーん?と考え込んでみたり…。
 過去を知って未来を見る。温故知新の心か…
思わず私もパソコンの前で大きくうんうんと頷きました。そして私の考えに現実性という名の肉を(狂牛ではない安全な^^)付け加えていただきました。こういったことが私の歴史観や人間関係の理想に近いものです。私は自分の意見が100正しいなんて思った事も無いし、これからも状況に応じて自分の人生感において変貌していくものだと思っている。
そういった意味で【私とは違う考えに、うーん?と考え込んでみたり】してくださると逆に嬉しいわけです。そしてその意見によってまた私の考えもわかりやすくまとまってくる。

誰かの意見によって自分の意見を言う。言葉や文字にして発言する事によって普段自分が思っている事が形となって現れる。これは意外に大事な事です。
思っているだけでは弱いんですね。ちょっと前に「言葉の結晶」という記事でも書いたのですが「ありがとう」という言葉でさえ口に出さないと相手には伝わらないし、そして口に出した瞬間から自分や相手もそこから何かが変わることもあるからだ。
本は読むだけではいけないんです。(ブログやHPにしても読むだけでは勿体無い)読んだら誰かに話すとかあるいはブログでも何でもいいから文字にしたりしてまとめてみるとか、そうやって得た知識を自分の内から発するという行動によって初めて自分の中で上手に消化・吸収されていくものだと思います。そしていずれはそれが自分自身の言葉にもなっていく。

世の中100%同じ事を言う人がいる方がおかしいんですから。0.01%でも相手の立場になって考えてみる事が出来れば会話は成立するもんだと思うのです。と書いているとまた昨日の記事にまましえさんから嬉しいコメントを頂きました。
ぶいっちゃんの書いてる事の意味って本当に本当は皆そうだよね~って感じで、殆どの人が共感できるっていうか、共感すると思うのです。
でも、実行する段階になると。。。なかなかってとこでしょうか?(苦笑)
そうなんですねぇ。私は当たり前の事を書いてるだけなんです(笑)結局実行するかどうか、だからどーすんの?と私のブログの主旨にもあるようにわかっちゃいるけどどうしたら?という事が一番大事なことだと思うんです。
情報はもう昔に比べたら格段に溢れています。今からはその情報をどう吸収してどう実際に生かしていくか、行動するかという事がポイントになる時代だと思うんですよね。

私のブログの場合で言うと、私の記事(情報)だけではなく、そのコメント欄やTB先で様々な方から補足をして頂いてやっと完結していくみたいな事だと思います。
そしてその上でご自分の考えを何らかの形で発するのがベストだという事だと思います。
それが昨日書いた記事の「間主観性」のブログ上での正しい応用活用だと思うのです。

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私の歴史観 その1
私の歴史観 その2

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GW中に訪れられなかった方の為に・・・
長いお休みご苦労様です。(皮肉ではないっす(笑))
通常のアクセス数よりもGW中は半分近く少なかったので多分職場などで閲覧されて下さってる方が多いんじゃないかと勝手に思っております(それとも人気下降気味なのか?)
GW中の記事を下記にまとめましたので興味のあるものだけでもご覧になってください。

WGIPシリーズ3部作
戦後GHQによる洗脳プログラム「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画、WGIP)」について思う事を書いております。

人生に影響を与えるもの1 ーWGIPよりー 4/30
人生に影響を与えるもの2 ーWGIPよりー 5/1
人生に影響を与えるもの3 ーWGIPよりー 5/2

歴史観シリーズ3部作
私の歴史観を書いております。今後末永くお読み頂く為にも是非ご覧下さい。

私の歴史観 その1 5/5
私の歴史観 その2 5/6
私の歴史観 番外編-間主体性より- 5/7

共謀罪パロディです
今週大きな動きが予想される共謀罪についてわかりやすく物語化して書きました。
愛国心+共謀罪=三猿国家 5/4

その他
ナビゲートのOJTコーナー 教えること、教わること~に掲載された仕事の話と、私の人生を作った?漫画人生の2つです。
許すということ 5/3
漫画人生 4/29

そんなにリンクを貼らなくてもちゃんと見なかった分は最初から読むっ!て素敵な方は
こちらの(4月29日分) らんきーブログ:漫画人生 からごゆっくりとご覧下さいませ。

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私の中ではコイズミンはもう終わっている。コイズミンCは全部飲み干した。
まずくて高いだけで何の栄養補給にもならなく逆に体弱くなったけど^^(笑)
実際、素朴な気持ちとして「郵政民営化の是が非か」を問う選挙をやって実際に郵政民営化で決まったんだからもう一度今からでも選挙をして欲しいくらいだ。
そして、会社でいうともう辞める事が決まっている人に大事な仕事はさせられやしない。
馬鹿マスコミンはコイズミンを無視したらいいのだ。もう写すな。会社でもなんの組織でもそうだが辞める事が決まってる人が傍にいる事ほど邪魔な存在は無いっす。

まして元々責任能力という文字が頭の中に無い男が更に無責任に振舞うであろうこの数ヶ月間ほど日本にとって危険で愚かな日々はないのではないでしょうか?
新庄にしても今季限りでユニフォームを脱ぐといった「前もって引退宣言」でかなりの否定意見もあった。「一緒に闘う選手に失礼だ」とかね。私は新庄の引退宣言はアリだと思っているからいいのだが、コイズミンには即刻辞めて欲しい。無駄だ。だったらコイズミンだって一緒に闘ってる?政治家やその影響の大きい国民に対して失礼でしょ。
「辞める」って自分で言っているんだからそんな奴は今すぐ辞めさせればいいのだ。
そういう話を毎日ワイドショーで流すのだ、民放は。

退職金のことをどうだか言っているようだがお前が言うなって感じです。
「知事や市長の退職金は多すぎる」・・・「私もいらないから、知事も市長もあきらめてはどうか」と、知事らに退職金制度の自主的見直しを促してもいる」
確かに高すぎるから下げるなり諦めるなりした方がいいのはお前が言わなくてもいいってことだ。辞めていく奴に好き勝手な発言はもうさせるなよ。カッコイイくらい思いやがってさ。
「私もいらない」って言葉は退職金ではなくお前の存在がいらないに変えて欲しい。
と今日は僕朕、お疲れ気味なので、無駄なことだけど言ってみた^^

アカンボウ(安倍官房長官)と老けたエナリ君(竹中平蔵ネ)だな、今後要注意人物は。
コイズミンはもう話題にしない。無視だ。終了だ。終わった人扱いにしか書かない。
忘れる準備に取り掛かろう。

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ブログ右上に「■管理人直通メールフォーム■」というものを作ったお蔭でちょくちょくメールを頂いています。有難うございます。
そのメールである本をお奨めして頂いていたので昨日買って読んだ。↓

まだ全部は読んでいないが面白いです。オススメ有難うございました。
私は今まで良く考えたら政治の本はあまり読んだ事は無かった。どうしても政治や経済って生きもので流動的だし、どれが真実に近いのか微妙だし・・・なんといっても一番の大きな理由は政治にあまり興味が無かったからだ^^;
今回は、昨日の不評の記事でも書いていたように私の中ではコイズミンはもう終わった人だからこの5年間を総括する意味でも面白いかなと思い、買ってみた。買うのが嫌な方は本屋さんで最初の6ページくらい読んでみてください。そして誰かにその内容を面白おかしく話すだけでも価値はあるでしょう。
今入ったニュースでは共謀罪の今日の採決は見送られたようだ。
コイズミンが無責任さを発揮するであろう9月までの4ヶ月間、責任の所在がないのをいい事にこれからも悪法・悪行がどんどん勧められていく可能性は強い。
元々日本の政治には責任を取る人がいないように出来ているだけにこのコイズミン最後の数ヶ月間は「要チェックや!」(by彦六 ofスラムダンク)の精神で見ていかなくてはいけない。 <続く>

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俗に言う組織。みたいなもの。 とりあえず営利を目的としない組織の話ね。
宗教でも政治でもボランティアでもなんでもいいんだけど。
僕朕はそういうのがキライです。
例えば、わかりやすい例で言うと宗教。
なーんだそうか学会とか、入ってる方多いですよね。私の周りにもワンサカいます。
だいたい末端の方しか知らないからだけど基本的にいい人が多いのは間違いない。
そしてだいたいが親や親戚がらみとかで入ってない人は似たようなタイミングで入信する人が多いように思う。どういうタイミングかというと一言で言うと不運な時ではないでしょうか?そんな時に声をかけられるようだ。

そしてどんな人が多いかというと「ツイてない人」の集まりと言ってもいいか?(笑)言い方悪いですね。訂正しますね。「ツイテないと思う人」の集まりでしょうか?微妙に違うでしょ。
その差は何かというと、不幸な事やどうしようもない不運な事は誰にでもあるんですよね、実際。それを大きく分けると「まっしょうがない、生きてりゃこんな事もあるさ、また頑張ろう」って方と「なんで私だけこんな目に・・・」とグジュグジュ考え込んだり何が原因なんだろうなんてわかる筈も無い原因で悩むのが好きな方の差ではなかろーか? もちろん他にも色々とはあると思うけど。

あるいは何故私は生きているの?なんてくだらないことをしょっちゅう考えてる人とか。自分探しが好きな人も微妙にいるでしょうか?そしてその解決策として何がしかの宗教にはまっていくのでしょうね~。「あっそうか学会」とか宗教が何が何でも悪いとはいいませんが私がキライな理由の一番、いやすべてなんだけど、
自分さえ幸せになれるんだったら という「自分だけが」という考えが好かんっちゃんね。
皆と一緒の考えや行いをすると幸せになれる みたいな他力本願っぽい考えネ。
宗教が政治と密着してる自体でそうでしょ。結局は自分らだけがってのがミエミエ。
他にもたくさんあるけど。今日はその話ではないのだっ^^;。

そういった団体の特徴としてあるのは「人の言う事を聞かなくなる」ってことでしょうか?
聞く耳がなくなってくる。情報が片寄ってくる。自分で考えようとしなくなる。
・・・他力本願ってなところでしょうか? あるいは自分のところだけが正しいのだ~~って固持した考え。 これは宗教に限らずどこかの組織に入れば、そこにはルールや規律やなにかの共通の目的が当然あるわけですから、その組織を維持していくためにはその組織の他とは違う特色とかも必要になってくる。自分のトコが一番ってな考えになってくる・・。
こんなんでまともな人間になれる訳が無い。私から言わせれば成長はある意味止まります。
そうなると7行前に書いた他の組織の「人の言う事を聞かなくなる」に戻るわけです(笑)
あるいは言う事を(ルールや主旨)に合わない人は排除していくという事もある。

ここからやっと本題だ(笑)
これはブログ上でもあるようだ。○○同盟とかSTOP ほにゃらら とか。
ある大きなブログは私も勉強になるからよくTBもしたし、このブログの右サイドのお気に入りにも入れていた。僕朕のブログがそのブログの小さいけど入口として多くの人が読んで何かの参考になればと思っていた。 しかしTBを送っているうちに何故か削除されだした。それもちょっと前に遡って削除されていた。たいして失礼な事は書いてないのになぁと不審に思っていた。そしてしばらくして理由がわかった。

そのブログと同盟みたいなのを組んでいたいくつかのブログから様々な誹謗中傷をブログに書かれていたからのようだった。もちろん私はそんな同盟みたいな存在も知らなかったし何があったのかは知らない。何か目的が違うような事になったのかどうかは知らないし全く興味のない事だ。
にもかかわらずー、何故、僕朕のブログのTBが消されたか???不思議発見!!

それは、その誹謗中傷を書いているブログが僕朕のブログにもTBされていたからだそうだ。それは同罪だという事だそうだ。そしてその大きなブログには「TBして欲しかったらそのブログのTBを削除したら許可してやろう」とお知らせがあった・・・【完】
いや。。まだ終わらない(笑)
気持ちはわからないでもない。確かに自分のブログを誹謗中傷しているブログのTBは受け付けたくは無い。私だって削除するやろう。それはいい。しかしその誹謗するブログが僕朕のブログにTBしているからそれも消せというのは???ある種の「踏絵」を強要してる?

なんだか腑に落ちなくて関連のブログをちょこちょこ見てみた。 そしたらあちこちでかなりの数で批判されているようだ。流石にそこまで書いたらちょっとなぁ・・というブログもあるが中には的を得た意見のブログも多い。例えばココ
お玉おばさんでもわかる政治のお話:世に倦む日々さんへ - livedoor Blog(ブログ)
大きなブログとしか書かなかったけどタイトルが出てしまいました(笑)>まいいか。
そのブログのTBでさえ消していらっしゃるようだ。そりゃそうだろう。批判めいたブログはだいたいTB繋がり出来てるからね。しかしおかしい話だ。

酷い批判ブログの直接トラックバックは削除するのが当たり前だろうが、その関係の無い僕朕のようなTBされたブログまでも削除する姿勢って如何なものでしょうか?そんな事してもどっちみちわかる人にはわかること。気づく人には気づかれるのではないでしょうか?批判されているって事は。 だったら逆に自分が正しいのならば堂々としてたらいいのにと思います。特にそのブログは結構厳しい事を政党や政治家個人に対してもあるいは色々な団体にも書いていますからね。やれ返答がない!腰抜けだ! とかね。
自分だけが言いっぱなしではいかんでしょ。自分も批判されたって事は何がしかの誤解なり、何かがあるわけだろうからねぇ。それに対する答えが、その問題に直接関係の無い僕朕ブログでさえその批判ブログのTBを消したら許すという「踏絵」をさせるわけですから・・・。
いっそのことコメント欄もないんだからTBも無くせばいいのにと思います。

結局何がしかの組織を作り、進むべき道を間違えてしまうとブログでもこういうことになるのだという事ですね。何もかもが自分と一緒・あるいは同じような意見じゃないと、分裂・崩壊・誹謗中傷という最悪のパターンにおちいるわけです。
だいたい全ての思想で一緒という事はまずもってありえないわけですから。
目的が同じ時は、誰でも簡単に入れて、そして違ってきたら簡単に辞めれて、そして自己批判も出来るような組織で無いと長続きはしないだろうね。

そもそも組織というものは、その時その時の思想や目的の為に「自由に」入れて、そして世の中の流れや各自の成長のレベルによって「自由に」辞められるような組織で無いとホンモノとはいえないと思うのだ!
結局コレだけが言いたかっただけ(笑) 長くなってしまった・・・^^;
今日のタイトルにあるように、ある目的の為だけに一匹狼が自然に集い、そして目的を達成したら静かに離れていく・・・そんなのが好きだなぁ♪

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誰かに良かれと思い、何かをする。
誰かに良かれと思い、何かを意見する。
誰かに良かれと思い、アドバイスする。

しかしそれがすべて正しくとも相手がその気持ちにしっかりと応えてくれるとは限らないのが世の常だ。
何故か?それは相手が自分と同じ考えの持ち主ではないからというのがある。
特に目下のものにアドバイスする際にはその点に意識しなくてはいけないだろう。
こう言えばこう返ってくる。 という想像が当たるのは精神のレベルが近い際にうまくは行くが、そうでない場合にはあまり意味を成さない時も多い。
何故ならばそこまで相手のレベルがいっていないから例え素晴らしい助言でも逆効果になる事もあるのだ。要するに言葉の真意が見えていないからだ。相手にも悪気は無いのだ。

「こう言えばこう返ってくる」あるいは「こうしたらこうしてくれる」 という当たり前の会話や行動の事を見返りの法則と私は言っている。
例えば私がプレゼントをあげたから相手はこういった喜び方をしてくれたら嬉しいな でもいい。 その相手の喜び方を期待してしまうという事だ。
これがうまく行く時にはいいのだが、そうでない時には相手のレベルがあがるのを待つしかない。それに腹を立ててはいけない。
せっかくこんなにしてやったのに全然わかってくれん!!プンプン状態になるからネ。
こう言えばこう返ってくる という見返りを期待してはいけないのだ。体にも悪いし(笑)世の中そうは簡単にはいきましぇん。

見返りの法則に気づいた時には、それを怒る前に通常、相手の精神レベルを成長させる努力をする事の方が真のやさしさではないかと思うのです。
見返りに期待してはいけないのでしょう。だからといって常にこちらが正しいとか自分の方が精神のレベルが高いだとかと思ってもいけませんが・・・。見返りの報酬をもらいたいという自分のさもしい気持ちがあるから腹がたつという意味もあるのですから。

自分の恋人や伴侶や友人知人に対して腹が立った時は思い出しましょう。
見返りの法則 byぶいっちゃん

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ここ7年間、日本の自殺者数は毎年3万人を超えてるということだ。
中年の男性が多いらしく、その理由は生活苦。そしてオマケ情報としては自殺者は民間人がほとんどで公務員の数は圧倒的に少ないそうだ。
もちろんコイズミン政権になってからずっと3万台をキープしているわけだ。人口比で言うと先進国では1位らしい。
そして日本の場合は近親者に自殺者が出た事を隠し、病死や事故死扱いにする事も多い傾向からその自殺者の実際数は3倍くらいあるんじゃないかといわれているそうだ。
で何が言いたいかといえば、もちろん今の世の中、なんだか好景気なのか?って雰囲気を醸し出してるような報道は流れるが実はなんら好景気ではないんじゃないか。今の格差社会のやり方やはり問題があるのではないかということがひとつ。
生活苦やなんらかの理由で社会に希望を見出せず自殺している方々は相変わらず多い。

そしてもっと言いたい事。
例えば一人の人間が自殺したとしてその人の親族・友人・知人なんかを合わせると少なくとも100人くらいの方はいるとする。 で、まぁ仮に3万人×7年として21万人以上の方(3倍説だとすると60万人)の方が自殺されているわけだ。
その21万人の100倍の方2100万人の方(3倍説だとすると6000万人)の何らかの知り合いの方が自殺によって亡くなっているという事が数字上わかる。
もちろん縁起は悪いがダブっている知人の方とかもいるだろうから実数は違うにしてもそれだけの何千万人という数の方々は世の中に生活苦や社会に絶望して自殺している人がいるという事実を知っているわけである。

で何をアンタは言いたいの?ってことなんだけど・・・・。
要するにちょっと回りを見渡せば平和そうに見える世の中でも社会の負け組みとして自殺したりしている人がこんなに多いのに、その事実も大多数の人が身近な出来事として知ってもいるのに、なんと日本国民の脳天気さよ ということが言いたかったのだ。
なんでもかんでも政治の所為にしろとは言わないけれど、身近な方が亡くなるって事には何らかの理由があるわけで、その際に、世の中のしくみや政治に対する不満なんかに目を向けたり、何かおかしいと考えたり、社来制度に疑問に思ったりするキッカケやチャンスは実社会に普通に生きている中でも日常的にあるのだよ ということなのです。自殺者の人生はそこで終わってしまい、無に還っていくわけだけど、実は残された人達への最後のメッセージとして何かに「氣づく」という転機はそこにもあるということなのだ。

それなのに大多数の国民は今、ネット上では盛んに問われている共謀罪のことすら知らない人はたくさんいるし、コイズミン政権がどれだけ悪政を強いてきたのかなんて微塵にも感じない人があまりにも多すぎるし、関心が無さ過ぎるという事だ。
伝えないマスコミももちろん悪い。そうさせない権力者も悪い。しかしもっとちゃんとした真実を知りたいと思う国民の数が圧倒的に少なすぎるのが尤も大きな今の現況を作った原因だと思うのだ。
もっとわかりやすく言うと今の政治家やマスコミのいなりになる奴隷国家を作りつつあるのは、いずれホントの奴隷になる日本国民自分自身なのだという事だと思うのです。
奴隷根性に染まった阿呆に目覚めよと促すのは荒馬を乗りこなすより難しい。阿呆に限って自分が阿呆だとは思っていないからだ。それがどうやら有権者の5割近くはいるらしい。どうせこうした物言いをしても目覚めぬであろうし全国で10人ぐらいしか読んでもくれまい。だが黙っていてはみっともなさ過ぎるから叫んでおく。私は平凡な頭脳しか持っていないが、それでも気づく奴隷への道への警鐘は鳴らしておかねばならない。気づいてほしいのは本心だ。だからいくらムダだとわかっても書く。阿呆は自身と孫子の代への犯罪である  月刊「記録」編集部
今やるべき事。それはこういった情報を知っている人が家族や友人知人など一人でも多くの人にちゃんとした情報を伝えてやる事からだろう。
政治に関心のある人が利権に纏わりつく人間ばかりでは世の中変わるわけが無い。
先ほどの数の話ではないけれど1万人の人が100人に伝えれば100万人に。そしてそれを繰り返す事で多くの人が少しは覚醒していくのではなかろうか?せめてネット環境がある人間の数くらいは蔓延して欲しいものだ。 しかし希望もあります。
前から世の中が変だぞと感じていました。信じられないような殺人事件。若者の問題として身近に感じたニートのことなど。このままで大丈夫なのだろうか。日本の将来はいったい・・・。」と思いました。そして,いろいろな情報を調べ勉強するうちに吃驚することが多くわかりました。前からTVなんかはあまり信用してなかったのですが,情報が操られ国民が洗脳されていることもわかりました。その洗脳をとくためにインターネットは重要な役割をしていると思いました。「このままでは駄目だ。日本の将来のためにも若者が行動していかなければいけない。自分に何が出来るだろうか」と考え,少しでも貢献できるならとBLOGで情報発信することに挑戦することにしました。
日本を☆あっきーらめない~☆真実☆を探しています。
世の中おかしいと思うことが多く色々調べ勉強している中学生☆あっきークンのブログです。
世間のただ流されているだけの脳天気な大人たちよりも何万倍も偉いです^^
まだまだ日本を諦めてはいけないですね! 皆さん頑張りましょう!

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ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム

占領下の日本では、GHQ当局による「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画、WGIP)」が展開され、日本人の歴史観、道徳観を悉く否定し、徹底的に破壊しようとする試みがなされた。ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムは、日本人に戦争の罪悪感を植えつけ、民族の誇りと自尊心を奪い、日本が再びアメリカ及び連合国の脅威とならないよう、徹底的に無力化、弱体化させることが目的であった。民間検閲支隊による検閲と民間情報教育局による宣伝は相乗効果をなし、日本人の精神的武装解除、「去勢」のプログラムは動き始めたのだった。
上記のWGIPや自虐史観や歴史問題などの関係のよく出来たフラッシュをたまたま見つけましたので参考までに下記にリンク先を載せておきます。
Nippon1  Nippon2  Nippon3


各10分程度のFlashです。音量を小さめにしてみた方がいいかも?
よく出来てると思います。その感想については各自の判断でよいかと思います。


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今現在の日本国が好きな人・そうでもない人がいる。
今現在の日本人が好きな人・そうでもない人がいる。
当然、今現在の日本国を嫌いな人がすべて日本人も嫌いだ というようにイコールにはならないわけですね。それは当たり前の話。
今の日本国のあり方は嫌いだけど日本人は好きな人って方は多いでしょうし。
日本人から見た場合でも外国人から見た場合でもそれぞれ色々あるわけだと思います。
国と人の好き嫌いは別ものであるという事の例なわけです。

多分,大多数の人がそう思っているように「人」だけで考えるとどの国の人でもいい人はいるし、悪い人もいる。だいたい比率もそう大きくは変わらない事だと思う。
宇宙の法則みたいなもの「いい人:悪い人」の比率があるように思う。
悪い人ばかりであれば国は滅びてるだろうし(笑)
中国にしても韓国にしてもアメリカでもそれはどこの国でもそう変わらないだろう。

それな~の~~に~~~ である。

ブログやどっかの掲示板とか見ると「中国人」や「韓国人」に対しての誹謗中傷や変な書き込みは相変わらず多いようですよね。
中国や韓国の政策や反日教育などの国側への問題に対してならわかるのですが(私だって今の日本の政策には毎日のように批判してるし)だからといって中国人や韓国人という「人」をそれをもって非難する事とはまた別だと思うわけですね。
例えば中華思想によって元々属国意識扱いである黄色人種同士の日本を責める事によって国をまとめる為の手段として未だに「反日教育」を取っている国側に批判する事はわかるわけです。しかしどこの国も日本同様、権力側から、正しいであろう情報が国民にはちゃんと伝わっていない訳だからそれをもって「国」と「人」をごっちゃにするのはおかしいわけですね。

要するに○○人を誹謗中傷等をするおかしな理屈としてあるのは例えば数人の中国人の犯罪で10億人すべてを語ってたりしているようなことだから笑えます。
わかりやすく言うと仮に宇宙人がダーツの旅で地球に来て、たまたま見つけた第一村人を捕まえて地球人60億人のすべてをわかったように語っていることと一緒なのですね。その理屈で言えば日本人なんて極悪人ばっかりでしょう。あちら側の国から見たら。

結局、国を批判する事と人を批判する事は別箇だという事ですね。当たり前だね(笑)
百歩譲ったとしてその国の政官財暴マスメディアに携わる方々への批判などは理解できるとしても「人」は批判するべきではないと思うのが普通の感覚ではなかろうか? 現在の世界では力関係は違っても「政官財暴マスメディア」の5つの権力の癒着によってだいたい国家というものは運営されているようなものであろう。
その5つの権力に携わるものは、まぁ誹謗中傷は「国家的有名税」としてしょうが無い部分もあるように思う。 がそれぞれの国民に対しての批判・誹謗中傷は国がそうだからといってイコールでそこの一般国民もすべてそうだと決め付けるのはおかしい。

ということで、ネット上で見かける「○○人はどうたらこうたら」などの発言コメント等は何がしかの権力に携わる人間たちの陰謀の匂いがプンプンするわけである。要するに煽りヤラセなのだ。もしくはよくわかっていない子供の落書きでしかないと思う。
普通の感覚の大人ならば「国」と「人」は別々に考える力くらいは持っていると思うからだ。
これは日本だけの事ではなくオリンピックや野球・サッカーなどで異国で何か騒ぎが起こる時もそうである。プンプン臭うのだ。結局「人」という個人が騒いでいるのでは無く、「国」側がさせているようなものだ。それぞれの国のある権力を持つ者たちの煽動なのである。

という事で今後はそういった書き込みを見つけたらそう思ってください。
ネットウニョ? ネットニョロ?(笑)っていうんですか?なんて言うかは知りませんが、ああいったのもその類だと思った方がいいですね。
言葉面だけ見て流されないように・・・。権力の手先サンたちがノルマを持って一所懸命書かされているんだなぁと思ってみると楽しいネット生活が送れるかと思います。

※今日はジックリと書いた別の記事を投稿する寸前まで行ったのですがアップの途中でサーバーダウンしてすべて消えてしまい、残ったわずかな気力でこの記事をアップしました。疲れました^^一度消えた文章って逃がした魚のように大きく感じますね。いい記事だったけど、しばらくは書けないなぁ・・--; 

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本格的にブログを始めて5ヶ月くらいになりました。
最初の頃は要領もわからなくてアクセス数も1日数人の日が長かったですね~。
らんきーブログというタイトルも書くネタがないので世の中の「ランキング」や「キーワード」を題材にすればなんとか続くかな?くらいの気持ちで気楽に書いてたもんです。
それで「らんきー」なんです^^単純っす。 「ランキング」や「キーワード」を眺めていれば世の中の般ピーの方々の動向も見えるからそれを裏読みしたりして書いていけばネタは尽きないな と(笑)そしてTB(トラックバック)を覚えて少しずつ、恐る恐る見知らぬブログさんに
トラックバックとは :IT用語辞典 e-Words ブログの機能の一つで、別のブログへリンクを張った際に、リンク先の相手に対してリンクを張ったことを通知する仕組みのこと。
TBを送ってみたりしていると少しずつアクセス数も増えていきました。
まぁそれでも1日10~20程度でしたが、見てくださる方が増えてくると嬉しくなるものです。
人様のコメント欄に書き込むことは、今でも実は結構苦手で、自分の記事を書く時よりもドキドキしながらたまにですが書かせて頂いてます。ブログというのは基本的にTBとコメント欄を上手に活用する事が一番の楽しく長続きする秘訣かも知れません。

ブログをやっていて楽しい事・嬉しい事は実際にやってみないとわかりません。
まだやっていない方はとりあえずやってみる事をオススメします。
現実世界ではそんなに詳しくは話さないような話(私の場合でいうと政治や時事問題なんか)でもブログで知り合う方とは、気軽に話しやすく、また通じるものもあって非常に楽しいものです。(頭のいい人も多いしタメにもなる)そしてまた世代間や男女・地域を越えて様々な方からの貴重な意見は自分も成長させる事でしょう。「ブログで発信する」というとなんだか難しい事を書かなくちゃいけないのか?と構えがちですがそんな事はないように思います。

そして実は発信する事と同じくらい、いやそれ以上に受信する事の方が楽しい面が大いにあるのがブログだと思うのです。その受信の部分がコメント欄であったりTBを受けたりあるいはメールを頂いたりする事にもなるわけです。自分の考えが100正しいわけではないという自覚の元で始めれば受信が非常に楽しくなるわけですネ。

ずいぶん長い前フリになりましたが(笑)ここからが本題。
ブログをやってると楽しく嬉しい事があると書きました。
TBを貰う事もそうだし、コメントやメールを貰う事も非常に楽しく有り難いものだ。
私のブログでいうと、私の記事の補足や肉付けを素晴らしい方々からのコメントを頂く事で補ってもらっているようなものですからね。いつも大変感謝しています。
そして特に嬉しいのは・・・というか感激なのは・・・こんなこと!
私が日参しているらんきーブログさんは時事ネタが中心で、政治とか世の中のさまざまなことに目を向けた記事を書いていらっしゃるのだが、管理人ぶいっちゃんの物の見方、人への関わり方、その思考はとても柔軟でいらっしゃるのに、彼の立っている位置は常に不動のポジションなのだ。彼はいろんな事を真っ向から否定しないし、かといって甘やかさない。そして何事も許すことからはじめてみると言っている。  私はその不動のポジションを敬愛している。てへ。彼も無宗教らしいので、そこは同じなんだけれど、政治のことや詳しいことは私はわからないし、趣味も違えば、環境も違うんだから「オールオッケー!」と常に彼の文章に賛同しているわけではない。でも、どの記事を読んでいても、底辺に流れている空気がとても心地よく感じるのは多分「人間性」とか「相性」とかそんな目に見えないものなんだろうけれど、とにかくこういう風に物事考える力を持っている大人が書く文章はとても暖かいのだ。 人間汁観測所:不動のポジション

こういう風に私のブログを記事にしてくださった「人間汁観測所」のまましえさんに感謝しつつ、ちょっと誉めすぎだよと照れつつ、またコンマ数秒だけど「もう死んでもいいや(笑)」みたいな気になるくらい嬉しい瞬間ですね。自分の事をわかってくださる人がここにもいる みたいな気持ちです。以前書いた僕朕の集団欲が満たされた瞬間です(笑)

人間は誰しもそうですが誉められたりして嫌な気持ちになる人はいません。
もちろんその誉め方にもよりますが(笑)あまりにも、ざーとらしいのはネ^^;
人を誉めるということは相手を認めるという事にも繋がりますから出来るだけ練習しておいた方がいいでしょう。親兄弟を利用してでも(笑)
また自分にある程度のなんらかの自信みたいなものがないとなかなか誉められないとも聞きます。という事は誉めるということは自分を成長させる事にも繋がるわけですね。

情けは人の為ならず といいますが 誉めるも人の為ならず なのです。
ちなみに情けは人の為ならずの意味は
「人に親切にすれば、その親切が人の為ばかりではなくやがては自分によい報いとして戻ってくるものだという事。また情けをかけておけば人が喜ぶばかりでなく、それが巡り巡っていつか自分に恩として返ってくるものだ、ということ。
情けをかけると人の為にならないという事ではない。←勘違いしてる人がたまにいるね
ですから情けをかける行為も人を誉めるという行為も巡り巡って自分にも返ってくるかもしれないよ ということなのだ。
私のブログでもそうだがお蔭様で色々な人の考えを知ったお蔭で以前に書いた記事
の内容を変えたいというか手を加えたいなぁと思う事もあるくらいだ。
人の考えは凝り固まるよりも多くの影響を受けて発展していくものだと思います。

ブログは人の為ならず ということでしょうか?
人に見てもらう事によって巡り巡って自分が成長する事にもなるってことかもね。

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知ってる人はよく知っているメディアリテラシーってご存知ですか?
一般的にはマス・メディア(TV・新聞・雑誌)が提供する情報に対する、受け手側の判断・判断能力等との意味で使われることが多いそうです。 アメリカなんかの小中学校では授業として導入されているらしいですが、要するにマスメディアからの情報はすべて真実ではない事も多々あるという前提で考えるようなこと。
※参照サイト: メディア・リテラシーって何?

特にTVなどは一方的に下手すれば一日中着けっ放しの受身の状態でバンバン垂れ流されているわけで、老若男女のほとんどの人がその一方的な情報を真否抜きの状態で(というよりほとんど無造作に聞いてる状態ですね^^)否応無く吸収してしまう。 そのテレビをはじめとしたメディアが伝えているものは、本当のところ誰が?どのような団体・組織がどんな考え・思惑で作り成り立っているのか、何を伝えようとしているのか、どれが真実なのかそれとも何かを意図して作られたものなのか・・・・ ・・; ・・; ・・;
それらを見極める力を養うのが「メディアリテラシー」と呼ばれているものだそうです。

そしてそのメディアリテラシーの中にはブログも入っていると思います。
「ブログリテラシー」と呼んでもいいと思います。これだけブログ人口が普及してくると権力側も無視は出来ない存在になりつつありますからね。この頃のPSE法の一部改正や共謀罪の審議にしてもネットの力がかなりの部分で作用しているように感じます。
という事は当然、権力側としては、自分たちに都合のいい情報をさも「一般人の発信のようにみせかけた情報操作」をする事も当然ありえる話なわけです。もう実際多数のブログやHPの中にもあることだと思います。

100の話の中に1つか2つの嘘をばら撒くようなやり方や、何かを批判する事で反対意見を正当化させたり、あるいは頭は弱いけどお金が好きな有名人(笑)なんかに語らせるとか、様々な手段がそこにはあるかと思います。
何が真実で、どこの部分が怪しいのか? こういった事も自己責任の時代なのです。
ネットをやっている方にはこの理屈はわかる方の方が多いと思いますがそうでない方々が多数の現在、このメディアリテラシーによって惑わされている・・・いやはっきりと伝えましょう。今現在の日本では騙されている人が非常に多いのが現状だと思います。

「情報を読み、見極める力」が弱かったり、誤ったり、頑なに思い込んでしまうが為に混乱も起こるし、権力側の思いのままに操られる方々が多いのだと思います。
メディアによって流される情報を鵜呑みにするんじゃなく「情報を読み、見極める力」はこれからは必須です。権力の側によって都合のいい嘘や過剰表現で塗り固められた、実はくだらないなメディアを各自が淘汰していく事も必要だと思います。
わかりやすい基本ポイントがありました。お家の方の為にも冷蔵庫にでも貼ってみましょう。
報道に対する十箇条
1.情報を流して得する人を考えてみましょう。
2.可能な限り情報のソースを確認しましょう。
3.コメントはその人の意見であって事実ではありません。
4.片寄った意見はなんらかの裏があるはずです。情報だけを見るようにしましょう。
5.2つの意見があるとき、マスコミの誘導に載らない決断力を持ちましょう。
6.雑誌や番組のタイトルや見出しに惑わされず、中身を見るようにしましょう。
7.意見の偏りやその人の専門を見極めるために、情報提供者の名前を覚えましょう。
8.メディアの人間がアクシデントに対しどんな対応をするか見極めましょう。
9.メディアは知っている事すべてを報道するわけではない事を覚えておきましょう。
10.大勢が判明するまでなにかを語ることは避けましょう。
はてな - メディアリテラシーとは 

そこで皆様にお願いなのですが、メディアリテラシーに惑わされないように
「ここだけは押えとけリンク集」みたいなのを作ろうかと思っています。もちろん常連様以外の方にもお願い致します。 インターネットでこれだけ多くの情報が流されるようになった現在、数多くの方は何が正しいのか何がどうなっているのか、それを探す事が非常に困難だと思うのです。調べたいけど勉強したいけどどこから手をつけたらいいのかわからないという状態の方は非常に多いと思います。

 ここに良質のリンク集を網羅していこうかと思っています。 
 らんきーブログ リンク集
■押えとこ♪リンク集■(仮名称)としてこのブログ右上から飛べるようにします。
右上のメールフォームからお暇な時でいいですから、お奨めのブログやHPのアドレスを教えてくださいませ。宜しくお願い致します。

[追記]数名の方にTBを送りました。(記事とは関係なくてスミマセン)

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昨日の記事のコメントを書いたりリンク先をちょこちょこ作ったり
(ブログ右上 ■押えとこ♪リンク集■から行けます。)
なんだか一昨日くらいから異様に多いスパムメールを削除したり、その合間を縫って仕事をしたり^^であっという間に一日が過ぎてしまいました。
こうやって一生を終えてしまうのかと思うとちょっと悲しいですね^^
コメント欄にこうもスパムメールが届くと「画像認証機能」(英数字を入れるの)をONにしないといかんのかなぁ・・あんまり好きじゃないですね、あれ。 本文が半角英数字のみのコメント・トラックバックを拒否出来るようにここもこの頃なったんだけど微妙に一文字だけ「メ」とかが入ってるだけのが送ってきたりするから何の効果も無い(笑)

昨日の記事で書いたメディアリテラシーの記事。
「情報を読み、見極める力」をつけようという事でリンク一覧を作ろうということに勝手にしたんですが、確かに色々と問題点もあるように思う。
昨日のコメント欄でも指摘があったように「これは正しい」という価値判断はやはりそれを受け取る側の立ち位置や人生観などでも変わってくるからだ。
私個人のリンク集というのは今現在右下の方に置いてある。これは何の為にあるかというと今現在の自分のリテラシーみたいなものの為にある。もちろんこれ以外にもお気に入りに登録してあるのがあるから結構な数になる。
同じことに触れた記事を見る時などは特に便利だ。様々な観点からみられるから。

もちろんここを見てくださる皆さんにもネットを巡回する際には人それぞれの「お気に入り」があると思う。それを少しずつ教えてくださいという事だけなんです。
昨日のコメント欄のテッドさんのコメントに答えた中にあるように私のポジションは
私の位置は誰にもわかるまいって尊大な気持ちでいます(笑)あえて言うなら
「右向け~左、回れ右、ジャンプOK、後方確認しながら前進~」という感じでしょうか?
「なんだお前は!」と言われそうですがそうなんです。しかたがない(笑)
ですからこのブログに来てくださってる方もそうだと思いますが、「自分の立ってる位置」は人それぞれで色んな処に立ってる方が集まってきてくださってると思います。
立つ位置は自由。それぞれの方のポジションは自由!
そういうスタンスで誰とでも話せるのがネットのいいところではないでしょうか?
(あくまで誹謗中傷したりの、くだらない議論をするような人以外ってことですが)

意見を照らし合わせる事によってわかること・感じることは多いものです。
一番の問題はTV・新聞・などから一方的に流される情報に惑わされないようにということだと思います。 そのためにも現代ではネットで情報発信という非常に便利なものがあるといっても過言ではないと思うのです。
私の考えているメディアリテラシーの為のリンク集というのは権力やそれに準ずるものによって流される情報の精度を確認したりあるいは見極める際の手助け、そしてメディアからは流されない情報を知る・・等に役立つリンク集を作りたいということなのです。

わたし一人のリンク集ではなく皆さんから5個ずつでも教えてもらって5×10人で50個のリンク集みたいなものを作りたいのです。「あなたが選ぶベスト5」ではどうでしょうか?それは個人個人の自由判断で選んで欲しいのです。
右上のメールフォームから昨日に引き続き宜しくお願いしま~す。

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今日のらんきーなぶいっちゃん 日本たとえ話
自分が絶対の正義と信じ誰に対しても「正義感」を振りかざし喧嘩を売り、しかも誰から非難されようが売った喧嘩は途中で辞めず、お前も喧嘩の仲間に入れと命令し、更にはお前はオレが育ててやったんだからお金を貸してくれという人間を父親に持ち、歴史ある由緒正しい家柄の出身だと言う事をいまだに鼻にかけ、昔の過ちや失敗や誤解なんかもすべて自分に非は無く、アンタが悪いといつまでもネチネチと思い出してはクドクドと責め、挙句の果てには親子の縁を切ってもいいのよと上からモノを言う人間を母親に持ち、更には何かと自分と比較しては異常な対抗心や敵がい心を持って結論の出ない問題で喧嘩を仕掛けて、黙っていると自分が勝った気になって益々挑発してくる人間を兄弟に持つ人間がもしこの世にいたらどうでしょう?パハップス、ぐれますよね(笑)
グレはしなくても今後の事を考えると、このままの状態ではいけないし、変わらなければ今後こんな家にいたのではどうにもならない事だけはわかります。もちろんそのような環境に甘んじて暮らしていた本人にも原因は多々あります。
大事な事はこの主人公、日本太郎クンがしっかりとした信念を持ち、努力してそしてこの家を無事に出て(内政干渉されないように)自立して(真の独立)立派な大人に成長していくかという事でしょうね。 ちょっとある方の記事を読んでこんな事を考えてしまいました^^

さて、話は180度くらい変わりますが一昨日から募集しているブログ右上の「押えとこ♪リンク集」なかなか思ったほどはメールが来ません(笑)数名の送ってくださった方有難うございます♪まだまだ追加募集中ですから~!お願いしま~す。
どうしたものかと思ってはいますがボチボチとやっていくつもりで継続しますね。
千里の道も1歩からですね。

今日の私の喜びの報告という事で猫だぬきさん から、昨日と一昨日と書いている「メディアリテラシー」の記事を取り上げて頂いた。この前のまましえさんに続いてまたまた色々と嬉しいことも書いて頂いた。有難うございます。特に嬉しかったところを・・・抜粋^^ 
らんきーブログさんの柔らかなカラーは、記事そのものよりもコメント欄に現れていると思うのだけど、私も含めて、考え(思想)の違う多種多様な人たちがたくさん出入りしているというのに、しかも政治や歴史についての記事も扱っているというのに、全然トラブルになったりしないで、いつもほわほわとした空気が流れてる。
これは、ぶいっちゃんさんのマネジメントのうまさゆえだと思うのだけど、ある意味、奇跡だと思う。ちょっと普通じゃありえないんじゃないかしら。 
「お気に入り」の中って、本棚の中と同じ…
私もそう思う(笑)コメント欄で持ってる!!もう皆さんのお蔭でしょうね。感謝!m(_ _)m
それゆえに!って思うんですね、リンク集。シツコイですね(笑)
で、猫だぬきさんの記事タイトルにもあるように「本棚の中と同じ」ってわかりやすい表現ですよね。読んでる本とか友人を何人か見たらその人の人格・性格がある程度わかるような氣がしますもんね、実際。やっぱ恥ずかしい部分もあるでしょうね。
私は割合オープンな性格なのでそれほどではありませんけど^^
ま、いいや。あまり集まらない時はこっそりと常連さんのブログ上のお気に入りリストから少しずつ拝借するという技も考えていますから(笑)

まましえさんから頂いたコメントの中にこのらんきーブログを「若い人にもたくさん見てもらいたい」ということが書かれてあったのですが、一番のリンク集を作ろうと思った要因はこれなんです。
私も含め年取った(表現悪いですね^^)人っていうか人生半ば過ぎた(これも表現悪いネ^^)というかある程度自分というものが確立されかかった人達よりも10代、あるいは20代とかの若い人達に是非お奨めしたいリンク集なんですねー。

私には子供はいないのですが、それで別に寂しいとか思った事は一度も無いのですが、ただ残念なのが子孫を残せないってのは正直残念な気持ちはありますね。
で、よく思うのが「血の遺伝」は残せないけど「精神の遺伝」は残せるんじゃないかなぁという事です。 「精神の遺伝」というとなんだかカッコイイですが要するに「いい考え方」や「いい生き方」を血とか肉体のDNAとかではなく目には見えない「精神」として遺していけたら素晴らしいだろうなぁって事なんですが^^精神のDNAって感じっす
そういう意味でもネットってのは多くの若い子達のツールとして今や必須のものですから
「いい部分の精神の伝播」をするのには一番便利なものだと思うんです。

こういったブログ(政治の話や時事問題とか)ですからなかなか若い子達でコメントしてくださる方は比較的少ないようですけど、見ている方は結構若い方たちも多いんじゃないかと思っているんです。若い人たちからのコメントもたくさん貰えるようにこれからも工夫しながら頑張らないといかんけど^^
若いってのは純粋であるって事には昔も今もそうは変わらないと思うんですネェ。
その若い子達の為にもリンク集は是非作りたいなぁと思っています。
もちろん若い人だけではないですよ(笑) 心は若い自分らの為にもネ♪

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昨日の夜から今日の昼まで一部サーバーで繋がりませんでした。
一部プロバイダ回線をご利用のユーザー様よりサイトの表示、メールの送受信でご利用が出来ないご報告を頂戴しております。 ・softbank(Yahoo)・dion・asahi-net (2006/05/17現在判明分)原因は現在も調査中でございますが、上記プロバイダ回線に、未だ上位回線障害の影響が残存しているものと考えられます。byロリポップ
という事で繋がらなかったのでYahooの私も家で寂しい思いをしていました。もしかしたらスパムコメントだらけになってるんじゃないかとヒヤヒヤしてました^^今日は大丈夫かなぁ?
らんきーブログをご覧頂けなかった方々には大変ご迷惑をおかけしました。
~~~~~~~~ここから今日の話~~~~~~~~~~~~~~~~~

「なんか犬に見えてしょうがないのよねー^^」
「誰が?」
「ん?コイズミさん。ほらなんか外国の犬でおるやん」
「あ~、おるよねーなんやったっけね」
「もう犬しか見えん(笑)」
「いいとよ、それで、実際、犬やけん(笑)」
今日3時過ぎからあってたNHKの小沢一郎とコイズミンの党首討論を車の中で移動中に見ていた時の夫婦の会話です^^
犬の名前はお互い思い出せなかったが確かにあんな顔の犬はいた。(笑)

運転しながらだったから内容はあまりよくはわからなかったがコイズミンのちょっとお馬鹿そうな発言は伝わった。「ワンフレーズ・ポリティクス」(短い言葉で国民に直接メッセージを伝えるTV向けの手法)が得意技だから小沢一郎相手の討論では使えないのでなんだか生きた屍のようでもあったように思う。
ウルトラマンは3分。コイズミンは「ワンフレーズ・ポリティクス」だから10秒以下くらいのコメントでないとカラータイマーがピコ~ピコ~鳴るのかもしれない。
党首討論は後でじっくり見てみよう。
そしてその同じ映像の時に「オジャマモン逮捕」の速報ニュースが流れていた。
また分散させるのか?党首討論に割くニュースの時間を。コイズミンの醜態があまり流されないようにするのでしょうか? とか思いました。

さて3日間書いている「メディアリテラシー」
私自身もこの単語を知ったのは恥ずかしながらついこの頃です^^
あまり横文字は好きではありませんので意識して覚えようとも思わないせいもあるのですが、単語は知らなくてもそういうものはあるという事は感じていました。
最初に書いた「メディリテラシーは大事ラシー」のコメント欄にはたくさんのコメントを頂き昨日はちょっとリテラシーとは微妙に違うけど重い話題の「相談コメント」も頂きました。
時間がある方は宜しければご覧下さい。よかったらコメントも^^

先日紹介した「日本を☆あっきーらめない~☆真実☆を探しています。 」の中学生の子のブログなんですがコメント欄を読むと色々と難しい質問みたいなものを寄せる人がもういるんですね。中学生だという事をちゃんと認識した上でコメント載せているのかな?と疑問に思います。もちろんネット上には「年齢なんて関係ないわいっ」て方もいるのでしょうがちょっとなぁ?って感じですね。
もっと「アドバイス」的にあるいは「こういう考え方も出来るんだよ」みたいには出来ないのでしょうか?それが現実社会では当たり前の事だと思うのです。
知っている大人が若い子達を教え導く・・・。もうこんな時代ではないのでしょうか?
伝える事・導く事・氣づいてもらったりする事・・・そういった応援もメディアリテラシーの力の素(見極める力を養う)になると思います。
大人だって難しいような題材を中学生が頑張ってブログをやっている事だけでも敬意を表したらいいのにな と思っています。ガンバレ!☆あっきー君。 応援してるからね!

そういった事も含めてちょっとした勘違いや文章での表現方法で間違えた事・勘違いした事を書くことは私だってよくあることです。それに対していちいち突っかかるよりは、発言したいのならご自分でブログを持ってそこに自分の主張を書いてそして相手にTBを送って、コメント欄に一言お知らせをする・・。それで済む事だと思うのです。私はコメント欄とは基本的にそういう使い方をするものだと思っています。 もちろん一番嬉しいのは応援コメントですが^^;

ここ何日かメディアリテラシーについて書いていて思うのは、難しいの一言です。
ブログ等で何かを発信するって事はその時点でもう何かの「リテラシー」の対象になっていくのですから、好き嫌い、真否はどうなの?など様々な理由で拒否反応を起こす人もいれば頷いてくれる人もいるのが普通だと思います。
しかし発信する事により(行動する事)そこには必ず、何か結果は出てくるのです。
行動なくして結果無しです。 その結果次第でまたやり直したりしていけばいいのですから、あきらめない限り失敗は無いのだと思っています。

よって「◆押えとこ♪リンク集◆」も乗りかけた舟ですから今後もボチボチと追加して作っていこうと思っています。実はその作業も結構大変だったりする・・^^(笑)←もう弱音かい!(笑) 

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昨日のコイズミンと小沢一郎の党首討論、色々な意見があるようですね。
朝の番組では、みのもんた&ブラザーズがいつものように語気を荒げて、もの足りんとかって怒ってたけど。私は充分満足やった。コイズミンの情けない引きつり笑顔が見れただけでも。結局貫禄負けでしたね。というか頭の中身の重さ負け?
教育基本法の話の時に「親が子供をしっかり抱いてからそっとおろす」という心にも無いお得意の「ワンフレーズ・ポリティクス」のところだけが唯一の見せ場だったコイズミン。やはり 
5月12日の毎日新聞「記者の目」を読んだ方も多いと思う。政治部の伊藤智永記者が、「小泉改革とは何だったのか」と言う見出しで「小泉の5年」を書いている。その中で山崎拓氏の言葉が印象的だ。
「いいか、君たちびっくりするぞ。30年も国会議員やっているのに、彼は政策のことをほとんど知らん。驚くべき無知ですよ」 痛々しかった「党首討論」の小泉首相
は本当の話でかってYKKという汚いズボンのチャックのような3人トリオの一人、あの福岡が選んだ恥ずべきヤマオタクに言われたらオシマイだし、また真実に違いない。コイズミンの大学時代の同級生で且つ、自民党時代にコイズミンの家庭教師もやっていたという栗本慎一郎曰く「郵政民営化について何十年もそればかり考えてきた癖に中身はせいぜい5分しか話せない男」と去年の週刊現代「パンツをはいた純一郎」という記事で評している。日本はこの5年間、そんな小泉純無知郎によって支配されていたのだ。
しかし終焉の時は近い、そして決して花道を用意してはならない。
明日の共謀罪はどうなるかも心配な事ですネ。党首討論で小沢一郎がやんわりと頭の悪い子に諭すように釘をさしたので強行採決は無いように思うが・・・。

そもそも上記のヤマオタクが言ってるようにそれだけの無知が総裁の自民党って一体・・・。いくら支持率がよくても選挙に強かったと言ってもやっぱヤオオタク程度に無知と公言されるような人がTOPなんだから、その後継者たるや語る価値も無い。
しかしそれを選んだのも国民か。ムチムチ(無恥無知)やったんやね--;

政治の事をいくら私なんかが語ってもTV・ネット・本くらいの情報しかないから大した事は書けない。これはいつも思う事だ。まして政治の知識もないと来てる。
ただ私の見る観点はひとつ。人間力みたいなものだけだ。
昨日の党首討論でいえば、小沢一郎の貫禄勝ち。その一点のみ。しか見ない。
人間力がある人が上に立たないとその組織は腐りもするし、崩れていく。
コイズミンは自力で立っていたのではないからネ。マリオネット(操り人形)として背中からアメリカ糸で引っ張られただけだからフワフワ浮いていたようなものだ(笑)
田中角栄から引き継いだ大いなる人間力を小沢一郎はようやく理解し始めたのかも知れない。ちなみに個人的に田中角栄は政治家の中で一番好きです^^
田中角栄も小沢一郎もB型なんだよね^^>私もB型(笑)関係ないネ^^
ロスト5年を取り戻すためにも「人間力」のある人が上に立ってもらいたいものだ。

それと報告です。
お蔭様でブログ右上の「◆押えとこ♪リンク集◆(仮称)」もリンクが50を越えました。
皆さんのおかげです。みんなのリンク集みたいな感じになってきました。
ほとんど私も知らなかったところが多いので読むのが楽しみです。
メディアリテラシーのほんの少しの手助けにはなるんじゃないかなぁと思います。時間的な節約(良質のサイトって探すの大変ですもんネ)には充分なると思います。
まだまだ素晴らしいブログやHPはたくさんあります。何かありましたらよろしくお願いします。見ているだけの方も遠慮なくメール送ってくださいネ。

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恋愛を知らぬものが恋愛を語ってはいけないのか?
10代の子が恋愛を語るのと、その恋愛学の研究をしてる大学教授が語ることでは何か現実問題としてどちらが正しい事を言う!という原則はあるのだろうか?
初恋が実り、生涯一女性を愛した男と、ホストをして何百人もの女と付き合ってきた男の恋愛感では?私はマジメに恋愛を考えるなら、10代の子の話や、一女性を愛した人の恋愛感を聞きたいと思う。暇な時はどちらも聞く(笑)

野球を知らぬものが野球を語ってはいけないのか?
サッカーを知らぬものがサッカーを語ってはいけないのか?
音楽を知らぬものが音楽を語ってはいけないのか??しつこい?(笑)
すべてNOである! 自由に語っていいのであ~る。>当たり前^^
どんな専門の分野の研究をしている人でも 知ること と 感じる ことは違うからだ。恋愛学にしても色々な専門用語や真理があるかもしれないが、そんなことは少しも知らずともめっちゃ幸せなカップルはたくさんいる。
世の中すべてが 知ること=正しい では無いのだ。

では 政治を知らぬものは政治を語っていいのでしょうか?経済でもいいけど。
博多弁でいうところの「語っていいくさ~」(いいともの意)である。自由♪自由♪
政治学や経済学を学ばなくても立派な人は立派。学んでも馬鹿朕はバカチンなのである^^
もちろん勉強することや知識を得ることを否定しているのではない、念のため。それはそれで大事な事だし、そういった人がまたいないと困る。
要は知ってる人だけが語る資格があるんじゃないよってことを言いたかったのだ。
だから私が政治の事を語るのもそういうことなのだ。

知らないから素朴に、あるいは違った視点でモノを見たり考えられるという側面がある。「これは言ったらおかしいかな?」と専門家が思えるような事でも素人ならば、堂々と意見を言えることも多い。そこから発展・成功した例も多いだろう。
まぁ、全員が知らないもの同士だとおかしな方向に行き過ぎて怖い面もあるが^^
とにかく私が思うのは何でも知らないなら語るな! では世の中楽しくないのである
知らないからこそ言える事が多い という真理もあるという事を知って欲しいものだ。

世の中には両面がある。
自民党が好きだ といえば反自民党支持者からはブーイング。
民主党でも共産党でも好きだといえばブーイング。南京事件にYES、NOを表示すればどっちにしてもブーイング。日本が好きだ でもそうだ。反対意見や反論は必ずある というのが当たり前だ。

この頃知ったのだがアクセス解析で遊んでいたらここにhttp://i-know.jp/hannichi2/あえてリンクは貼らない(笑)私のブログがリンクされていた^^ なになに・・反日ブログ監視アンテナか・・ん?なんでか「アカ市民」になっていました(笑)僕朕は色黒いのになぁ・・おかしいなぁ・・^^こんなに日本が好きな僕朕を! 私の知ってるブログもたくさん掲載されていました。

何を読んで「反日」「アカ市民」に指定されたのかわかりませんが世の中ってこんなもんなんです。100のうち1でも何かを見つけたら決め付けてしまうおっちょこちょいがいるのです。 
そのそも人に対して何がしかのレッテルを貼るって行為がでぇッキライです。
人を白か黒かに分けられるわけが無い。レッテル貼りする人に善人ナシ です。
「人は変わらない、自分も変わらない」と決め付けている人間は信用できないという私の考えは変わりません(自己矛盾していますね(笑))

そこで今日の本題。 って、今からかよ! って突っ込まれそうですが^^
ブログに意見を書くこと。それは本人の主張であり、今現在の自分の心に感じたことをそのまま表現しているものなのであります。そこには間違いもあれば勘違いもあれば反論したい事も多々あることでしょう。これは誰のブログを見てもそう。
知らないことを書くこともあるから思い込みの強い文体にもなることはあるだろう。
それは上記で言ったように別にいいことなのだ。
知らないから純粋にそう思った。 という側面を素直に書いているのだから。
そこに悪意や何か裏があるというような事が無い限りは、ノープロブレムだ。

だから「日本を☆あっきーらめない~☆真実☆を探しています。 」の中学生の子のブログもそうだけど、コメント欄に反論もどきを書く人間の心理がわからない。
ああいった人らは人のご飯の食べ方にも文句をつけるのだろう。「ホラ!先に味噌汁から!次にご飯を少し食べて。だいたいこの米はねぇ・・・」みたいな(笑)
見たくないブログは見ない。それだけ。自分と意見が違う人に突っかかってたらそれだけで人生が終わる事に気づかないのだろうか?ヒマなのか?!そうだよね、ヒマなのだ^^
ああいった批判的なコメントの残し方をする人がいる為に、ブログに掛ける時間も無駄にとられるし、見ている人も不愉快な気分になる人が多いのを気づかない事がそもそもの大きなその人の間違いなのに。それを狙っているんだろうが・・。

ブログも持たずにああいった批判コメント専門の人は卑怯だと思っています。
人ん家の壁にオシッコかけて逃げ帰るようなオシッコダッシュと呼ぼうかな(笑)
ネチケットなるもののようにブログのブチケットだと思うけどね。
自分がブログ持ったらわかるんだけどね、そんな人は。でも持たない(笑)
結論:ブチケットとは、そのブログを見るか、見ないかを自分で決める事である。
見るならば常識的に参加、見ないならばその場を静かに去るのみ のことを言う。

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匿名の仁義
ブチケット その心は?

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昨日は友人がよく行ってるスポーツジムに行ってきた。3年程前に脳内出血で倒れて死ぬ寸前まで行った「親友が復活するまで」で書いた友人Kが毎週3回行っているジム。
で、現在は体がパンパンです^^なまってますね~。キーボード打つ腕もパンパンです。
来週から週2回は最低行こうと思っております。

昨日書いたブチケット(ブログエチケットの略・僕朕の造語^^)の話の続きです。
昨日書いた通り「何を書いても自由なのであ~る」はその通りなのだが、ちょっと補足。
よく言われるように自由とは責任の裏返しなのですね^^
責任の上に自由があるような感じですね。ですから自由だけど書く責任もそれなりにあるということなのです。でないとやりたい放題のチャッチャカチャーになりますから。

そこでもう一度ブチケット(密かに流行らせようと思ってたりします^^)なんだけど、ブログのいいところはTB(トラックバック)とコメント欄にある。とよく言います。私もそう思う。しかしやっていないブログも多い。それは何故か?やはりスパムTBや関係の無いTBが多かったり、あるいは一部のコメントによる時間ロス、精神的ロス・・・その他諸々だろう。だいたいが私のようなブログ記事でも政治や時事ネタ書く時は軽く1時間を越える事も多い。色々調べたり確認したりして書くともっとかかる時もある。そしてブログが大きくなればなるほどTBやコメント欄も増えていく事が多いだろうからスパムを削除したりTBを返したりコメントにレスしたりという作業はやはり余程の暇人(僕朕か?^^)じゃないとかなりの時間は費やしてしまうわけだ。

そのうえで日々新しい記事を書くんだからね。
だから大きくなればなるほどコメント欄やTBは受け付けないこともあるのだろうと思う。
それはある意味、残念だけどしょうがないことだ。
本当はブログを書く人のほとんどはコメント欄は楽しみにしている最もなモノだと思う。
書く励みにもなるし、勉強にもなるし、何よりコメントを貰えると嬉しいのだ!

私が命名した【ブチケット】を簡潔にまとめると
ひとりひとりの様々なブログにはその人それぞれの想いが限りなく入っている。
その想いを受け止めた上でのコメントであるのならばどんなコメントでもいいと思う。
大事な言葉はありふれた言葉だけどその想いを受け止めた「思いやりの心」だと思う。
わたしの「平和」という言葉の定義づけは「他の人を思いやる心」である。
これは百万遍の平和スローガンよりも、より平和に近いと思う。
石橋を叩いても渡らないかも?: 年老いた猫
「他の人を思いやる心」さえあればホンット平和であり幸せな日々が送れる筈だ。

だから反論でも批判でも本当は有り難いものだと言うのは間違いではありません。
そこに他者(書いている人へ&読む人へ)を思う心があれば・・・。
その心を養うためにもリアルの世界で相手の顔と目を見て話す経験などが重要になってくるのだと思います。どんな事をいったら喜んでくれたとか、あるいはムスっとされたとか。
リアルでもネットでも、人と人が繋がるという事はそんなものだと思います。
リアルの世界で、はじめて会った人にいきなり文句(批判)言われたらどうですか?

私はたまに言う方です^^>それじゃ、話が終わらんやんっ?(笑)
でも思いやりの心をしっかりと持って言っているという自覚はあります^^
相手にはいい迷惑かも知れませんが、しっかりと伝えて最後は必ず仲良くします^^
私は議論をするのならリアルの方がまだまだ楽しいと思っているからでしょうね。
文字だけでは微妙な誤解も多く、伝えられない事が私には多すぎるようです^^

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匿名の仁義
ブログの仁義 -ブチケット-

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政治のことを書くだけが政治に関心を持つ人を増やす事ではない。とこの頃思います。
もちろん政治については、今までの自分の不勉強もあり、わからない事がまだまだ多いがこうやって政治関係の記事もたまに書いていてそう思う。
昨日や一昨日のようなブチケット(ブログのエチケット)を書くことも遠まわりだけど政治や社会問題に繋がらない事もない。それはどういう事かというとブログのマイナス部分が減り、ブログの日本での活用方法がもっと快適になる事でもっと気軽に政治の話が出来る雰囲気になるかもしれない。それこそ小学生が「政治ブログ」を出してもおかしくないくらい。そしてここのらんきーブログのようなお気軽なブログを見た人が少しでも政治に興味を持って私のリンク先やTB先をたどって行くことで正しい知識を身に付け興味を持つきっかけにもなる。
そう考えると世の中には無駄なものはない というのはやはり真実だ。

GIGAZINE - 日本のブログ人口は868万人、SNS人口は716万人
いずれも2006年3月末時点での総務省の集計結果です。ちなみにこの集計の半年前、つまり2005年9月末の時点ではブログ人口は473万人、SNS人口は399万人だったので、単純に見るとほぼこの半年で倍増したことになります。・・・・・
現在の日本のネット人口は7,948万人だそうです。
約8000万人の人がネットに繋いでいるってすごいですよね。いつのまにって感じです^^
ダブっている人もいるだろうけどそれでもネットやってる人の10人に1人くらいはブログやってるという時代なんですよね!
芸能関係や音楽・スポーツ関係や日常や趣味の日記等どを書いている人が多数で政治や時事問題を取り上げている数は少ないとは思う。その大多数の趣味の楽しみのブログの片隅に政治関係等のブログが次々とリンクされていくと世の中もう少し変わると思うんだよね。

A(政治・時事ブログ)=(イコールではなく橋ネ)B(らんきーブログみたいなの)=C(趣味ブログ)
こんな感じが私の理想かなぁ・・。橋渡しみたいな役割が出来たらいいなぁと思う。私は思うんですが政治が好きな人(あるいは関心がある人)はそういった人ばかりが集まる傾向があるなぁと。それはそれでいい事なんだけどそれだったらどっかのファンサイトや趣味のサイトと一緒で広がりは、やや少ないかな?と。
わかりやすく言うと元々政治に関心のある人が更に政治を知る・語るみたいな。
ジャニーズ系を元々好きな人が更に詳しく知る事が出来るサイトみたいな。
というのもやはり政治は難しい。政治家達やマスコミが簡単な事もわかりにくく難しくしている部分もある。そしてやはり政治を語るブログは知らない人が読むと私も含めてわからない部分も多数出てきてちょっと引いてしまうんじゃないだろうか?

昨年の選挙結果でわかるようにこの国の政治レベルは、政治家も国民もおそ松、チョロ松、トド松、カラ松、十四松、一松と六つ子勢揃いのお粗末さです。
結局、逆説的だけど日本は(これは世界的にだろうけど)政治をあまり知らない人達によって決められているといっても過言ではない現実になってきているのだと思う。
日本の政治家たちが真に日本の事を考えて正しく行動しているのならば問題ない。
竹中・小泉コンビはアメリカに魂を売ったと言われる(竹小=チクショウ=畜生だ)
これに安倍も加えてとアンチクショウと命名しよう(笑)

元々政治に関心のある人達は、そんなに間違った選択もしないと思う。ここ最近政治ブログが増えてきたように思うのも昨年の選挙結果の不自然・理不尽さからではないか?元々関心のある人はそういった間違った選択をしない人達と、何があろうと支持政党を変えない人(笑)くらいか? その絶対数はそんなに変わらない筈だ。
問題は今まで関心の薄い人、無い人たちが興味を持って、「ん?TVや新聞では違う事実や報道されていないもあるぞ?」とか「ちょっとおかしいんじゃないか?」と「氣づき」を促すような流れによってそういった人達を増やす事が大切なのではないかと思うのだ。
だって政治をあまり知らない人達が今のこの国を決めたんだもん(笑)>昨年の選挙結果から

ただ流されている人や興味・関心の薄い人に氣づいて貰うこと
遠回りだけどそういった人達を増やす事で正しい情報の共有が出来ていくものだと思う。
俗にいう無党派層(私もそうだが)にマスメディ等からのミスリードに惑わされないような正しい現状を伝える事。それが正しい選択数を増やす事に繋がると思う。
そんな橋渡しになれるようなブログを目指していきたいと思う。(ここはリンクフリーです)
橋渡しの先にはこの間作ったブログ右上の「目から鱗 厳選リンク集」がある。
自分の気に入ったサイトがあったら自分のお気に入りにでも入れて活用してください。

<今日のオマケ>
ポッド・キャスティングというのをこの頃、常連さんから教えていただきました。
知っている人も多いでのしょうが私は知りませんでした^^;
インターネットラジオといって音声をダウンロードして耳から聞くブログみたいなものです。
TBS RADIO 小西克哉 松本ともこ ストリーム powered by ココログ: 5/16(火)コラムの花道コラムの花道×町山智浩をダウンロード ←クリックするとダウンロードが始まります^^
面白い話でした。こういうのもリンク先に加えるといいかも知れませんね。

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今の国会で共謀罪や教育基本法改正などの審議が現在大詰めに向かっているわけで、いろんなブログで毎日のように話題になっています。
しかしいくら審議しても、先週の医療制度改革関連法案のように与党側が強行採決という荒業というかみっともない技で押し通す事もあります。
それは結局「数の論理」という多数決で決まっている事なのですね。
で、なんでも強行採決をやったりしてしまうと次の選挙の影響などもあるから国民の顔色見ながらとかで審議をしたりしてじっくり世論の動向を見て進めていく事もあるわけだ。
共謀罪はそういったからみでいよいよ山場を迎えるという事になっている。

まず結論有りき! これが今の与野党間の勝負の仕方になっている。数の勝負ね。
それともうひとつのダメダメなものが党議拘束(とうぎこうそく)ではないでしょうか?
党議拘束】  各政党が法案などの採決に当たり、所属議員の投票行動を縛ること。法的な根拠はないが、重要法案や内閣不信任決議案などの案件での党議違反は、党の威信にかかわるため、厳しい処分を科すケースが多い。自民党の場合は通常、総務会で法案を了承する際、特別な留保がない限り、自動的に党議拘束がかかる。臓器移植法のように宗教観にかかわるようなテーマでは党議拘束を外す例もある。

要するにぶいっちゃん(私ネ)個人を好きで信用して一票入れたとしてもぶいっちゃん個人の考えは党議拘束の元では全く反映されないわけですネ。党議拘束によって自民党は全員一緒の意見になるのです。うっかり反対しようものなら昨年の郵政民営化の際のように造反組と罵られて、挙句の果てには処分されたりして落ち武者扱いされる事もあるわけだから。
これでは結局一人の議員に投票するというよりも党単体に入れているようなものですよね。
大きな謳い文句である選挙公約等のいくつかは党内一致の党議拘束でいいと思うが今回の「教育基本法」「共謀罪法案」なんかは党議拘束は無い方がいいように思いますね。

そして選挙公約などでの決められた事以外の造反には罰則無しにするべきである。
何でも党議拘束で党内一致というのがだいたいおかしな話だと思いませんか?
次の選挙期間までの4年間はずっと「数の論理」+「党議拘束」で「まず与党の結論ありき」の世の中になってしまっているんだから。
前回の選挙で大勝した与党の姿を見てなんだか恐ろしいものを感じませんでしたか?
だいたい頭の先からつま先まで同じ考えが政党のあり方では無い筈だ。
弊害として国会議員が自分の頭で考える機会を無くしている要因にもなると思う。
ちょっと前に私の共謀罪の記事で民主党のふじすえ議員のブログからTBがあった。
TBを返そうと思い見に行ったら。。。にゃにゃにゃにゃんと!!そこに書いてあったのは
民主党参議院議員 ふじすえ健三: 民主党の共謀罪への対応
お二人からコメントを頂きました共謀罪の件、ほとんど勉強できていませんでしたが、民主党の対応は以下のとおりです。・・・・・中略・・・・・
話によると、政府・与党は、明日、採決をする方向で動いているようです。 また、細かいところを勉強して、藤末としての考えを掲載するようにします。
まぁ、与党側ではないし、民主党議員だからまだいいとはいっておられないでしょう。
だいたいが議員は案外こんなモンかも知れません。正直過ぎてちょっと笑えました^^
しかし何から何まで知っておけとは言わないけどちょっとがっかりはしましたね^^;
これも党議拘束がある為に自分自身をタダの頭数としてか認識していないからではないのかなぁ? もっと頭使ってもらわないといかんですよね。
人間、考える事をやめると頭は確実に退化するそうですから^^
「自分には出来ない」という発想もよくないらしいですね。考える事を辞めるから。

だから党議拘束によって自分で何も考えなくてもいいノンキな政治家らは、コソコソと暇を見つけては悪さをするんじゃなかろうかとも思う。 党議拘束を外して誰が賛成したか反対したかというのを知るのは選挙民にとって大きな判断材料になるからいいと思うんだけどね。
その点昨年の郵政民営化の際の造反組と言われ、反対票を投じた亀くんや綿ぬっちゃんなんかの例はわかりやすかった。結果は別としてね^^;
結果がふたを開けるまでわからないというのは非常にいい!緊迫感がある。
これぞ私が好きな呉越同舟の精神だと思うんだけどなぁ。

私が思うのは今回の共謀罪や教育基本法改正などの場合は党議拘束をつけるかつけないかせめて世論調査(これもあまり当てにはしていないが^^)でそれもちょっと大掛かりな世論調査で国民に問うてくれたらいいのにと思います。
その結果次第では党議拘束を外すくらいの英断がされるような国になるべきだと思う。
法案はなんでも党議拘束で全員一致では政治家は頭がよくはならないでしょう。
緊張感も無い。郵政民営化の時のように緊迫した空気に常時なった方が国会も活性化するんじゃないか?議員さんの頭の中も活性化するだろうし(笑)←これが一番^^

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野口英昭氏が亡くなって4ヶ月以上がたった。
その当時はまだアクセス数も1日100~200程度だったこのブログも野口氏関連の記事の後からは 一気に500そして一日1000アクセスを超えるようになった。
多分今でもお気に入りに入れてくださっている多くの方はこの時期からの読者ではないかとも思う。何しろ検索ワードもほとんど「野口英昭 自殺」「野口英昭 他殺」というのがほとんどですごい反響が当時はあったものだ。
私の記事とはいっても、所詮はTVや雑誌そしてネットからの情報を見て自分が感じる事を書いただけの大した記事ではなかったがそれでも反響は大きかった。

ひとつの怪事件をこんなに調べた事は今までになかった。そしてわかった事。
TVは嘘をつく ということ。新聞は何も語らない ということ。・・・・
特にテレビ朝日の取材は酷かったように思う。空港での4人組が写っていたとの報道をはじめ、結局マッチポンプのようにいい加減な取材が目立ちその後うやむやのほったらかしにした。NHKに至っては何も報道していないだろう。
※ マッチポンプ報道
国会中継も酷かった。明らかに何かがあると感じさせる答弁がそこにはあった。
※ 国家公安委員長が言った言葉
文春をはじめとしたこの事件を追った雑誌も当初は期待させてくれたが結局尻尾を巻いたかのように大人しくなってしまった。
※ 「週刊文春・本当に自殺なのか」記事を読んだ
ジャーナリストに至ってはこの事件に関連して動いた人もほとんどいないだろう。

この国の政官財暴マスメディアこの5つの癒着ぶりは想像以上に歪み、濁り、救いようの無いところまで来ているのだという事が感じられた。これでなにが「愛国心」だ。

そして今現在この怪事件を追っているのはきっこのブログ:HSI 3号の闇 / 2006.05.22だけになってしまった。きっこのブログも野口さんの記事だけは書き方がいつもとは違う。これはやはり遺族の方とのやりとりも未だに蜜に取っている様だし、慎重に真剣に向き合っているということなのだろう。今回の記事には新事実もありやはりこの事件には裏がありすぎる。

きっこのブログでも出ていたアカンボウやブブキンの名前・・・やはり政治家が誰か絡んでいるという事は間違いないのだろう。野口英昭氏はアカンボウの安晋会の理事だ。安晋会とは例の耐震偽装事件で問題となったアカンボウの秘密後援会。馬渕澄夫の国会での追及に対してアカンボウが「安晋会は正式の後援会ではない」と言葉を荒げて早口お子チャマ言葉で言い逃れていたのは記憶にある方も多いと思う。沖縄カジノ計画に絡んでいるというような話もある。

きっこの日記の作者とは違い、私たちには何の情報も無いし、入ってこない。
しかし絶対におかしいと思う気持ちは永遠にある。真実を報道せよ!との思いも。
きっこのブログとマスメディアのどっちの情報を信じるか?
匿名のブログと立派な報道を使命とする実名の会社とどちらが信用できるか?
実名だから、大きな組織だから、テレビだから信用できるといえるのだろうか?
匿名だからいい加減なところもあるし、片寄っているからって信用できないのか?
今回のケースでは明らかに きっこ>マスメディア関係数万人の状態ではないだろうか?
少なくとも私には遺族の方々への対応も含めてそう思えてしょうがない。
※ 国やマスコミよりも信じられるもの・・・

ジャーナリスト、あるいはメディアが一斉に真実を報道すればいいのだ。
たったひとりの匿名ブログに真実を語らせても何も思わないのか?
各民放放送会社のTOPクラスが秘密会議でもして、真実を同時暴露すれば権力側も何も出来まい。それこそ昨日書いた党議拘束ではないけどマスメディア真実拘束の行使だ!!
今ならば共謀罪にも問われまい^^ マスメディアの大革命に期待したい。
それが横並び権力媚び主義の日本マスメディアが今後生き残る唯一最後の手段のように思います。最早テレビの報道には価値がなくなりつつあるのですから。
これ以上政官財暴マスメディアの5つの癒着が酷くなる前に決断すべきである。
NHKを除く民放は一致協力し、国民の為の報道を開始すべきだ。

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懐かしネタ 温故知新シリーズ第4弾!! 2003年01月17日(金) より抜粋(かなり加筆^^)ちなみに第1弾「万引小僧」 第2弾「少年が見たものは!」 第3弾「許すということ」
絶賛ブログ中(笑)

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私はもう20年近く、十二指腸潰瘍とお友だちだ^^
この頃は定期的に個人病院に薬だけ貰いに行っている。
院長先生から「たいがい、一回くらい診察しないといかんよ」と注意されている。
そういえばしばらく診察すらした事は無い。薬の受け取りだけに行っている。
いつも忙しそうなフリを私はしている。こんなに暇なのに(笑)
大きな病院だとこうはいかないのだろうが個人病院は融通が利く(笑)
たまに薬もらいに行って小言言われるだけだ「診察しなさい~」って
確かにたまには診察しとかないと十二指腸潰瘍とは違う病気になってるかもしれないし薬の調合も変わってくるのだろう。ホントは違法なんだろうね、薬だけずっとやるってのは。

久しぶりに寝れないほど痛かった時、もしや、薬を間違えて渡されたのでは?と不安に思い朝一番で診察に行った事もある。
この頃多いでしょ、薬間違えたり、注射間違えたりの医療ミスが。
それと最近「ブラックジャックによろしく」という漫画を読んでたせいもあり、ちょっぴり不安になったからだ(笑)もちろん薬は間違えてはなかったらしい(ちょっと、ムっとしてたネ先生・・)
でも聞く権利くらいはあるよね。ま、そんな感じで十二指腸潰瘍は仲好しだ^^
今日お話するのはそういった病気の際の検査の必需品、大嫌いなバリウムのお話。

で、昔、20代前半の頃、はじめてバリウム飲んだ時、先生に言われた。
「堅いウン○が出るかもしれませんのでこれを飲んどいてください」と薬を渡された。
軽~く考えていた・・・。いくら堅くったって、出るもんは出るやろうと・・。
若さとは怖いもの知らずだ。そして世間知らずのコンコンチキだ(笑)
便秘とかもほとんど、経験が無いし堅いウン○っていわれたってウン○はウン○だし、どうって事ないやろうと高をくくっていた。(食事しながらの人はここらでは一旦休憩^^)

そのもらった薬を飲むのが遅かったのか、ウ○チが来るのが早すぎたのかはわからない。
多分甘く考えてたので、薬を飲むのが遅かったのだろう。水分も補給不足だったのだろう。
その時のウン○は恐ろしいほどの堅さだった--;
まさしく産みの苦しみ(もちろん経験はないけど)

ふんばってもふんばっても出ない!出ない!出ない! 汗だけが流れ出るだけだ。
とても苦しいのです。でも、とってもしたいし、少し出てるのだ(笑)
数分間の苦闘・・人生でこんなに苦しい闘いは初めてだ。その闘いの相手はウン○(笑)
相撲で言うところの水入り状態にして欲しいのだが、もう・・少し出てるのだ(笑)

もう水戸のご老公が裂けてしまう~~~っと思った瞬間・・・・・
いや・・・もう裂けていたのかも知れない(笑)

我慢性が無く、せっかちな僕朕は思わずその水戸のご老公様に指をあてがった--;
そして禁断の技を使ってしまった。 人としてやってはいけない技だった^^;

人差し指ほじくりだしの技を使ってしまった。生涯最後の技になるだろう。

そっと優しく、かつ強めに先の方で固まってる堅いモノを掻き出した--;
とにかく出口の部分を崩壊させるのだ!!その為には中央突破の技も必要だ。
人差し指を少しずつ埋没させたり~の技も使った--; もう後には引けない。
そして見なけりゃいいのに、好奇心でその人差し指を見ると爪は真っ白だ(泣)
バリウムで真っ白にはなっているけどこれはウン○なのだ(泣×2)

思わず自分の行動に涙した。 オレってやつは・・・オレって・・・。
もうこの悪夢から覚めたい一心で無我夢中で掻き出した・・・。
白いコロコロウン○が出てきた。漫画のコロコロではない。
それも白いだけではなく、ところどころが赤く染まっているではあーりませんか?!

・・・・血だった・・(笑)
裂けてたのか・・・やはり水戸のご老公は切れてたのか・・(泣×3)
「切れてませんよ♪」と言ってくれ、長州小力!と今では思う。
また泣けた。なんで僕朕がこんな目にと・・・・。

先の方だけ出てくれると後はどうにか自力で出てくれた。すべてコロコロだった。
その時・・・トイレで私が苦しんで、ひとり涙してる時、遠くで嫁さんの楽しそうな笑い声がしたのを覚えている。「笑っていいとも」を見ていたようだ(笑)
ああ無情。僕朕の苦労は人は知らない。それでも地球は回っているのだ!!
その後、寂しく何度も何度も手を洗い、風呂に入り、水戸のご老公に軟膏を塗り慰めてやったのは言うまでも無い。

バリウム恐るべし!!
飲んでる途中だって「ゲップしないでください」とか言われるんだよね。
でも言われると妙にしたくなるのが人情。初心者の頃はムズムズしてたもんだ。
胃を拡張させる為の発砲剤かなんか入ってるのだろうけど我慢しなくちゃいかん。
今ではどうなのかしばらく飲んでいないのであまり知りませんがご参考に♪

僕朕の哀しい涙と赤く染まった白いウン○
あの日のことは今ではいい思い出になっています^^;>なるわけないっつーの!!
コロコロ チャンチャン♪

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昨日の記事みたいなのを書いた次の日って難しいですね。(笑)
どちらにしても健康管理は大事な事ですから、皆さん自分ひとりの体ではありませんので日頃から注意いたしましょうと、タバコをプカリ吸いながら書いています(笑)

秋田県で起こった子供の殺人事件や佐賀県で昨日逮捕されたひき逃げ・連れ去り放置事件。その他にも放り投げ事件やなんやかんやここ最近また悲惨な事件が後を絶たない。
佐賀県の轢き逃げにしても、家族(お兄さんが発見したらしいが)が発見しなければどうなった事か、捜査は夜遅くなって打ち切りのところを懸命に家族が発見したとか・・。まさしく家族の執念です。まだまだ男の子の体の経過は予断は許さない状況みたいですが無事回復する事を願っています。佐賀県警では容疑者に逃亡されるといったミスもあったようです。秋田県の事件でもまだはっきりとはしていませんが最初の女の子の時にもっと事件か事故か徹底的に捜査していれば違った展開にはなっただろうとは誰もが思っているだろう。

ひとこと言える事は、警察官の全体としての質の低下でしょう。
もう散々言われ尽くしている事でしょうが、警察官のサラリーマン化ですね。
想像力を全く働かせない職業になっているのでしょうね。決められた仕事を無難にするだけって感じで。 日々忙しい雑用に追われての中、言われた事だけをこなすだけの仕事振りや、しらみつぶしに聞き込みするローラー作戦や過去の事例に照らし合わせた旧来の捜査方法にはもう限界が来ているのでないでしょうか?

そして緊張感の無さ。佐賀の場合でも職務質問の際に簡単に逃げられている。
当たり前の事だが、犯人は必死だ。ところがその必死さは警察官には薄い。
もちろん1対1では警察官も怖いかもしれないだろうが職務質問した以上、挙動がおかしければ身柄拘束する逮捕術やとっさの判断くらいは必要だと思う。
まぁ、これが誤認逮捕とかだったらまたマスコミが逆に叩いたりするから、今の警察官は学校の先生たちと同じくらい働きにくい職場だとは思うし同情もする面もありますが・・。

話のレベルは小さいが私が古本屋やってる頃、万引き犯は百回以上は捕まえた。
しかし最初の頃に逃げられた事がある。万引きを見つけても店を出てから出ないと声をかけられないという事を忠実に守っていた頃、声をかけて認めさせて腕を捕まえて逃げないようにしていたのだが、一瞬の隙を突いてあの頃で言えばカール・ルイスよりも速いスピードで逃げられた事がある。速かったなぁ・・・。
それ以降、店を出る前に捕まえるようにしたが、それくらい相手は必死なのだ。それが大きな事件になればなるほど犯人側の必死さも大きくなる事と思う。その必死さを警察官も持たないといけないと思うのだ。でないと自分の命も危ない。
現実には警察官ひとりひとりが自分で考えて行動できる仕事環境になっていないからどうしてもおざなりな緊張感の薄い仕事態度になるのかも知れない。

私の同級生でも警察官になっているのは数人いたが、どちらかというと印象の薄い人間が多かったりする。子供の論理の強い弱いでいうと弱い部類の子が多い。まじめとも言うが。そういったおとなしそうな子で警察官になっている子も大勢いるだろうから犯人と向き合えば怖い事だろうなぁとは思う。でもやはり警察官でいる以上そういった危険に立ち向かう機会は多くなるのだから、心身共に鍛えて常に緊張感をもって闘って欲しいものだ。

そして致命的なのは想像力の欠如。これは警察の組織のあり方に問題があるのだろうが、人の命を奪う殺人事件と交通事故などの事務処理とが同じようなレベルで行なわれているくらいの感がある。秋田の最初の女の子の水死扱いにしても、まだどうなのかはわからないがもっと遺族の方が納得するような捜査方法があったんじゃなかろうか?ああいった組織は上に行けば行くほど血の通わない立身主義のエリート公務員の巣窟と化している為に下の者の士気も上がらないのだろうが・・・。
要するに過去のデータを元にしたお役所的な従来のやり方だけでは現在の犯罪捜査は後手後手にならざるを得ないという事なのだと思う。
今までに無いような犯罪が多すぎる。しかも全く通り魔的な事件が多すぎる。

昔は無かったインターネットの普及により今後も知能犯もどきは益々増えていく事だと思う。それを想像力の完全欠如した現場を知らないお勉強が出来る(基本的に記憶のお勉強ネ)だけの試験上手な公務員上司の集まりの警察では最早追いつかないだろう。
試験ではなく現場からの叩き上げで出世できるようにしたらいいのだ。少しは。
過去の事例を参考にする事も大事だが、それだけでは現場は後手後手になるだろうからもっと新しい捜査方法は必要だと思う。そのひとつが想像力の駆使でもあると思う。 交通事故等の処理でもわかるけど杓子定規な古めいた書類にこまごまと書く事が基本の仕事では想像力も働くまい。決まりきった事を黙々とこなす事に慣れてしまった警察官に自由な発想は思いつかないだろう。またそういう個の意思を重んじる組織にもなっていないしね。

いっそのこと警察組織の一部に民間人が入り監視できるようなシステムにして、ある程度の現状をガラス張りにしたらいいんじゃないかと思うけどなぁ。
これだけ軽犯罪を含め、検挙率が下がってきた現在、根本から警察組織のあり方を早急に考える時期に来ていると思う。今のままじゃ警察は頼りなさ過ぎる。
そして元来やる気のあるマジメな警察官にとっても、やりがいが薄い、自己矛盾が多すぎる不可解な組織になっていっているのではないだろーか?

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このブログはロリポップで借りてるんだけどもうすぐ更新の時期がやってくる。
7月の半ば頃にドメイン名とあわせてレンタルサーバー代4000円くらいなんだけど1年分払わなくちゃいけない。ドメインもHPも別にいらないから、fc2かどっかの無料のブログに移行しようかなぁ。 こんなに長くブログやる予定は無かったからなぁ・・最初は^^
お金払ってる割にはたまに繋がらなかったりしてるしなぁ。ちょっと検討中です。
もしブログアドレスが変わってもまたお気に入りに入れてくださいますか~~~?
リンクしてくださってる方は面倒だけど変えてくれますか~~~?
気が小さいと色々と大変です(笑)

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fc2にしよう
2006.05.27 12:36 | 日々雑感


昨日はコメントたくさん有難うございました。

どこのブログを借りろうかあれこれ探したり迷ったりしているうちにあーーーーーーーーーっという間にこんな時間にになってしまった。帰らなくっちゃ、良い子は(笑)
使い勝手が良さそうなfc2ブログにしようかと、ほぼ決定です。いや決定!
今月中にブログ移行作業をしよう。これが大変そうなのであります^^;

もう目がシュパシュパです@@;

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