らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


訴訟大好きな国アメリカでちょっと前に「アイムソーリー法」って法律が一部の州で施行されたってのを新聞で知った。
なんじゃそりゃ、謝る、謝らないにもにも法律がいるんかい?と思った方、
はい、自由の国アメリカにはそんな不自由な非人間的なことがあるんです。

簡単に言うと車の事故の時などで人を轢いて殺した際にでもその遺族に「アイムソーリ〜」と言ってしまうと罪を認めたことになるからと言うことで、その法律によって今後はその州では謝っても罪を認めたことにならないという法律なのです。

そこまで法律にしなくてはいけないのかってのが笑わせますが。訴訟、裁判ってのはそこまで人間を狂わせていくものなんですね。

「人として」 って部分が欠如したままで裁判はあるのでしょうね。
とりあえず悪い事をしたら謝るってのは全世界の基本にしなくてはいかんですよ。

アメリカ人の生活には「アイムソーリ〜」という言葉は無いに等しいそうです。
お馬鹿な国ですね、やはり。 歴史がない国の欠点見たりって感じです。
何でも裁判というお国柄がそういう風な事になったのでしょうが。

その点、日本人はどうでしょうか?
村上ショージの「アイムソーリー、ヒゲソーリー〜」を筆頭に基本的によく謝るお国柄ですネ(笑)
「あいむそーりー」と日本語にしてもいいくらいだ(笑)
やはり島国育ちの農耕型のDNAは争いを避けるのをよしとするのでしょう。
なんでもかんでも意味なくペコペコ謝るのはよくないけれど、
私は「非を認めた時は潔く謝る」それでいいと思います。

しかしこの頃は都合のイイトコだけアメリカナイズされた人々も増えて、謝らない人、逆切れする人たちは増えてきましたね。

私の友人にもひとり、「生まれてからどんな時でも一度も誰にも謝った事は無い!」と豪語するのがいる。ある意味たいしたもんです(笑)

実るほど頭を垂れる稲穂かな の精神が大事ですね。
謝ってもいいじゃないか、人間だもの>あいだみつを風に言いたい。

しかし人と人の謝る謝らないってレベルでもそうなんだから、国単位ではどうだか?
中国や韓国やあの北の国は絶対に私が生きてるうちには日本に対してそのような行為は取らないでしょうね。
国単位ではまぁちょっと意味合いが変わってくるから、日本も軽々しく謝ってはいけないのだけれど。

どちらにしてもアメリカみたいにならない為にも 日本人は悪い事をした時はキレイに謝る事を忘れてはいけないと思う。自分が過ちを犯した時には、スパっと謝るというのが日本古来からの美徳です。
自分が窮地に陥った時にでも、潔く謝れる人。

そんな人に私はなりたい >宮沢賢治風

クリック募集中です^^ 
人気blogランキング