らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


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楽天フリマをやっていて一番面倒なのはHotmailを利用している方からの注文の時。
というのも他のフリーメールはほとんど問題ないのだがHotmailだけは楽天フリマのWeb上から受注メールを送ると相手に届かないのだ。
届かないとどうなるか・・・。
そうです。お相手のお客様から私がお叱りのメールを頂くのです。
「先日注文した者ですが、いまだメールが来ません。一体どういうことなんですか?早く送ってください!」みたいなね。

だいぶ前からそう言う事が何回も続いたので今ではHotmailの方からの注文だけ別にして自分のメールから送っている。

これが意外に面倒というか大変。
受注メールや配達メールや入金確認メールなど一日5~60通以上出してるとホント大変なんです。博多弁でいうところの「やおいかん」ですたい。

楽天フリマ お問い合わせにも書いてあるから私だけではないのだろう。
調べてみたらこんなにあった>Hotmail 届かない

理由はhotmailの処理手続きで「迷惑メール」として処理をされている可能性があるそうで、「通常メール」として受信許可設定をしなくてはいけないとか。Hotmailの受信許可変更手順は
1. Hotmail にログインして、[オプション]をクリック。
2. 迷惑メール処理の[セーフリスト] をクリック。
3. 利用するドメインを追加。
4. 最後に[OK]をクリックで終了。 らしいけど・・。
私はHotmail使っていないから、いまいち当てにはなりませんが・・。

Hotmailは使っている方多いと思うけど、こんな事もあるんですね。
賢すぎるのもまた不便なり ってとこでしょうか。
楽天からのメールが迷惑メールに勝手に入れられるということは・・・・・!
もしやMSN Hotmailは楽天に対してだけ何かあるのかな?(笑)

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「勝ち組・負け組」って言葉が言われだしてから久しいこの頃、皆さん勝ってますか?
私はこの言葉キライです。何に対して勝つの?人生?お金?人と比べたステータス?
人生の勝ち負けって判断難しいし、金多い=勝ち では絶対ないし。

この言葉と今の教育の矛盾で言えば、学校で子ども達は競争を学ばない。
かけっこでも順位をつけない、みんな一緒、平等にと教える教育の果てには「勝ち負け」があるってこと。
カケッコや遊びなんかで1等になったり勝ったり負けたりするのはいい事なのだ。
子どものうちから悔しい思いや負けん気を養う意味でもいいことなのだ。
そういった意味では今の教育現場もおかしいんだけれど。

いろんな勝負の中で勝ちを目指すことは好きだ。勝ち負けがあるスポーツや格闘技も好きだ。
私自身、勝負事は勝った方が面白いし、勝つ為に頑張るのも大好きだ。
しかし、その先に「勝ち組」があったり「負け組」があるのが好かん。なんやそれ?って感じ。

「勝ち組」ってそもそもなんなのか?
幼稚園の「さくら組」や「もも組」みたいなもんだろう。ちなみに私は「うめ組」だったけど。

私は『自分だけ勝ちたい』『自分だけ幸せならば』って考え方が作った言葉だと思う。
どこかの国の「幸せ組」みたいなものだ。
あるいはどこかの選挙の前になると異様に電話をかけてくる宗教にあるように、自分だけが幸せになれる、極楽浄土にいけるという考え方。
自分さえよければ、他はどうでもいい という考え方が「勝ち組・負け組」なのだ。

遊びやスポーツには勝ち負けはあるが、人生には勝ち負けはないのだ。
あるとすれば違う漢字で「価値組」だ。価値観が違うから勝負にはなる訳が無い。
それをひとくくりにしようとするからおかしくなる。

そもそも自分だけが勝とう、自分だけが幸せならば、自分だけがよければ という考え方がここ最近の日本の醜いところだ。
自分だけが可愛い、他人に無関心。知った事かという風潮。
自分自分と、我がの事だけ考えたり、あるいは自分探しだとかカッコイイ言葉で繕って自分の事ばかり考えるからおかしな人間が増えてきてるのだ。
他人を見れば自分が見えるのだ。
そんな簡単な原理に気づこうともせずに、他人を見ろうともせずに、
自分、自分、自分、自分。・・。

人生、敗者復活戦もあれば、やり直しもいつからでも出来る。
思った時、氣づいた時からスタートだ出来る。

共存共栄

これからの人間のキーワードはズバリこの「共存共栄」という言葉だと思ってます。
あるいは 共生 とでも言おうか。
すべてに対してね。
まじめに一生懸命生きてる人たちには「共存共栄組」として。共に栄えていく。
↑ここ大事。
まじめに生きてくこと=実は本当の意味での「勝ち組」なのだ!

人生、何事も勝ったり負けたりするから面白いのだ。
何かに対して勝ちを目指しながら頑張った先にあるものは、
その時、勝ったものも、負けたものも「共生」という言葉だ。

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訴訟大好きな国アメリカでちょっと前に「アイムソーリー法」って法律が一部の州で施行されたってのを新聞で知った。
なんじゃそりゃ、謝る、謝らないにもにも法律がいるんかい?と思った方、
はい、自由の国アメリカにはそんな不自由な非人間的なことがあるんです。

簡単に言うと車の事故の時などで人を轢いて殺した際にでもその遺族に「アイムソーリ~」と言ってしまうと罪を認めたことになるからと言うことで、その法律によって今後はその州では謝っても罪を認めたことにならないという法律なのです。

そこまで法律にしなくてはいけないのかってのが笑わせますが。訴訟、裁判ってのはそこまで人間を狂わせていくものなんですね。

「人として」 って部分が欠如したままで裁判はあるのでしょうね。
とりあえず悪い事をしたら謝るってのは全世界の基本にしなくてはいかんですよ。

アメリカ人の生活には「アイムソーリ~」という言葉は無いに等しいそうです。
お馬鹿な国ですね、やはり。 歴史がない国の欠点見たりって感じです。
何でも裁判というお国柄がそういう風な事になったのでしょうが。

その点、日本人はどうでしょうか?
村上ショージの「アイムソーリー、ヒゲソーリー~」を筆頭に基本的によく謝るお国柄ですネ(笑)
「あいむそーりー」と日本語にしてもいいくらいだ(笑)
やはり島国育ちの農耕型のDNAは争いを避けるのをよしとするのでしょう。
なんでもかんでも意味なくペコペコ謝るのはよくないけれど、
私は「非を認めた時は潔く謝る」それでいいと思います。

しかしこの頃は都合のイイトコだけアメリカナイズされた人々も増えて、謝らない人、逆切れする人たちは増えてきましたね。

私の友人にもひとり、「生まれてからどんな時でも一度も誰にも謝った事は無い!」と豪語するのがいる。ある意味たいしたもんです(笑)

実るほど頭を垂れる稲穂かな の精神が大事ですね。
謝ってもいいじゃないか、人間だもの>あいだみつを風に言いたい。

しかし人と人の謝る謝らないってレベルでもそうなんだから、国単位ではどうだか?
中国や韓国やあの北の国は絶対に私が生きてるうちには日本に対してそのような行為は取らないでしょうね。
国単位ではまぁちょっと意味合いが変わってくるから、日本も軽々しく謝ってはいけないのだけれど。

どちらにしてもアメリカみたいにならない為にも 日本人は悪い事をした時はキレイに謝る事を忘れてはいけないと思う。自分が過ちを犯した時には、スパっと謝るというのが日本古来からの美徳です。
自分が窮地に陥った時にでも、潔く謝れる人。

そんな人に私はなりたい >宮沢賢治風

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