らんきーブログ

世の中のおかしな事をあたりまえに考える。大事な事は情報を知ることだけじゃない。だからどうするのってことじゃない?


何も書かない私の代わりに、コメント欄にて「らんきーブログ」を支えてくださっている(笑)、
scotti さんがコメント欄で教えてくださった、田中良紹さんの記事。
わかりやすい記事です。全文引用させて頂きます。

田中良紹さんの「国会探検」から
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/02/post_207.html#more


国民の敵

 主権者である国民が選んだ新政権が初めての予算案を組み、それを審議しようとしていた矢先に、「思い込み」によって現職議員を逮捕し、「ガセ情報」をマスコミに書かせ、国民生活に直結する予算審議を妨害した日本の検察は民主主義の原理を無視した「国民の敵」である。民主主義の国でこんな検察はありえない。


 民主主義にとって最も重要なのは国民が自らの権利を行使する「選挙」であり、次に国民の意思を代表し、国民の権利を拡張する「国会」である。従って国民の代表である議員は最大限に尊重されなければならない。民主主義でない国ならいざ知らず、民主主義国で議員が逮捕される事など滅多にない。あるとすれば国民の利益を著しく損ねる行為をした場合で、いわんや「思い込み」で逮捕する事は絶対に許されない。そんな事をする検察は国民の手で解体される。

 ところが「思い込み」による現職議員逮捕が日本で起きた。国会開会直前に石川知裕衆議院議員が政治資金規正法違反で逮捕されたのである。かつて秘書時代に政治資金収支報告書に虚偽の記載をした容疑だと言う。この容疑が現職議員を逮捕する理由になると断言できる法律家がいたらお目にかかりたい。逮捕は、1.逃亡の恐れがある。2.証拠隠滅の恐れがある。3.自殺の恐れがある場合にのみ認められるが、本人は過去の記載ミスを認めているので、虚偽記載の容疑での逮捕は本来ありえない。

 裁判所がよく逮捕状を出したと思うが、検察の狙いは水谷建設からの裏金の受領を認めさせるところにあったと思う。つまり政治資金規正法違反での逮捕は別件逮捕である。それを水谷建設からの裏金疑惑につなげようとしたのなら「思い込みによる逮捕」となる。検察が十分な証拠もなく「思い込み」だけで現職議員を逮捕する国など世界中のどこにあるのだろうか。

前回紹介した「歪んだ正義」、「『特捜』崩壊」、「知事抹殺」、「リクルート事件―江副浩正の真実」などを読むと、検察の手口は毎回、1.思い込みによってまず事件の構図を検察が作文する。2.別件で逮捕し、取り調べで検察が作った事件の構図を認めるよう強要する。3.検察が作成した自白調書への署名を拒むと「お前の家族がひどい目にあう」とか「いつまでも拘留してみせる」とか脅し、「取り調べで抵抗するよりも裁判で本当の事を言えば良い」と思わせる。4.署名さえさせれば「でっちあげ」の容疑で起訴する。5.裁判には時間がかかるので誰も注目せず、検察が描いたシナリオだけが国民の頭に刷り込まれる。

 こうしてロッキード事件、リクルート事件、東京佐川急便事件、大蔵省接待汚職事件、福島県汚職事件などが次々「でっちあげ」られ、検察にとって目障りな政治家が血祭りに上げられてきた。この検察の「でっちあげ」捜査を後ろからバックアップしたのが新聞、テレビ、旧社会党、日本共産党、公明党などである。これらもまた日本の民主主義を破壊する「国民の敵」と言うべきである。

 ところが国民は、自分の生活を考えるより政治家が叩かれてその地位を失っていく様を見る方が面白い。リンチの時の大衆心理と一緒で「もっとやれ!」となる。自分たちの代表を殺す事は天に唾する行為で、唾が自分に戻ってくるとはつゆほども考えない。こういう国民を下衆(ゲス)と言う。支配する側は国民が賢くなって貰っては困る。下衆の方が都合が良い。新聞とテレビを使ってせっせと下衆を増やしてきた。これが日本に官僚支配を長く続かせた理由である。

 政治家を生かすも殺すもその権利は国民にある。それが国民主権の原理である。それを横から入ってきて「ガセ情報」を振り回し、国民の代表を殺されてはたまらない。「ガセ情報」とは一方の言い分だけを流すことを言う。表から裏から、右から左から、上から下から見ないと物の形は分からない。ところが一方だけから見た情報を新聞とテレビは垂れ流してきた。これはもはや犯罪行為である。

 石川知裕衆議院議員が起訴された事で自民、公明、みんなの党が議員辞職勧告決議案を国会に提出した。これらの政党は国民の権利を無視して国会が政治家を殺すと言っているのである。しかも数々の「でっちあげ」を続けてきた検察の判断を鵜呑みにして有罪かどうかも分からない政治家を殺そうとしている。つくづく民主主義に無知な政治家が多くなった事を思い知らされた。特に自民党に対しては「そこまで堕ちたか」との感慨を持つ。

 政権交代以降の国会を見ていると自民党議員の質の劣化が目に付く。国民生活に関わる質問をせずに、「政治とカネ」ばかりを追及するやり方はかつての社会党を彷彿とさせるが、しかし質問のレベルは社会党より悪い。つまらない揚げ足取りや、嫌がらせに近い質問を繰り返す様は、この政党が政権を担う気がない事を暴露しているかのようだ。先進民主主義国では政権を失った政党は10年先を見据えてリーダーを選び、現政権の政策を十分に咀嚼する。その上で次の時代の政権を担うべく政策を準備する。この繰り返しが国家を前進させ、政権交代に意味が出てくる。

 ところが自民党は単なる足の引っ張りである。そんな政党に誰が期待を寄せると思っているのだろうか。お陰で政局は与野党の対立にならず、専ら小沢VS検察の構図となった。良くも悪くも小沢幹事長の存在感が大きくなる反面、自民党は存在感を失って見えない。検察の捜査に助けられて国会で質問を繰り返す様には哀れを感ずる。

 検察の処分が決まった4日にコメントを出した政治家の中に、何故か前の総理と前の前の前の総理がいたことは暗示的だった。二人とも旧内務省勢力に依拠して政権運営を行った総理である。そしてもはや誰もが「無罪」と考えている「西松建設事件」を仕組んだ当事者である。日本を占領したGHQは軍国主義を一掃するため、特高警察などで知られる旧内務省を解体し、大蔵省を官僚組織の中枢に据えた。旧内務省勢力は失地回復を図るべく安倍、麻生という二人の総理に協力した。

 今回の事件がそういう流れの中にあるのなら、戦前の「特高」に代わる現代の「特捜」を抱えた検察を国民は解体しなければならない。国民は国民の代表である政治家を使って検察を解体させれば良い。司法試験を通ったからと言って検事になれるのではなく、他の民主主義国と同様にさらに国民の選挙で選ばれなければ検事にはなれないようにすれば良い。そうしないと国民主権は実現出来ない事を今回の事件は示している。
 


そして今回の小沢問題や相撲問題のように下らん方向へもって行く印象操作が好きなヤツラって、何処にでもいるから気をつけましょうね〜。
しかし、真の政権交代って時間がかかるものだ。
国民の意識を交代させないために、マスコミと旧権力が必死だからね。

小沢問題に絡む、マスコミ報道やジミングスらが語る偉そうな報道。
民主党の支持率が下がっても自民党はそうは滅多に上がらないと思うぞw
鳩山がいなくなろうが、小沢がいなくなろうが・・・自民党が浮かぶ瀬は無いw
新党が出来るなら、そろそろチャンスかもね・・・。 受け皿ないんだもんw

最大の権力はマスコミと検察のコンビなのかね? 清和会と検察とマスコミのトリオか?
民主党VS検察か・・・・・。権力の構造は単純なんだろうけど国民無視やね。
ジミングスと検察は庶民の事なんて関係なく、小沢だけが気になるのはよくわかったよ。

TV見て、新聞見て、永遠の野党ジミングスらやメディア関係者の発言を聞いて・・・

みんなで笑おうぜ!
が、今現在の正しい庶民の姿勢だろうと思う事にする、2010年1月18日朝 の気持ちだ。

※今日のタイトル「みんなで笑おうぜ」は、もう皆さん既に忘れてらっしゃると思いますが、永遠の野党、自民党のキャッチ「みんなでやろうぜ!」を真似たものです。



なんの為に生きるのか?
だれの為に生きるのか?
しあわせとは何なのか?


そんな素朴な疑問の答えを考え続けること。
それが人生を楽しむコツだと思う、仕事始め(昨日から)の今日この頃に思う事です。

だから逆に言うとそんな事を普段から考えていない人や、
極端にずれている人とは、仕事も遊びも心底楽しくないのだと思うのです。
3つの答えにそれぞれ自分以外の他者が、しっかりと入っている方と私は遊びたい。

楽しくないのに、有限な人生の貴重な時を使う必要は無いわけだと、年を重ねる度思う。
逆に言えばそんな部分が分かり合える人や近い人と語らう事が出来る時は「幸せ」だ。
お正月ってのが一年のうちで一番、そういう事を考え直す瞬間に適しているのだと思います。

「人は変われる」 というのが私の新年です。・・いや、信念です。(爺笑)
人間の喜びのひとつは成長する事だ。自分だけでなく人の成長でさえ涙が出るほど嬉しい。
正月に貰う年賀状に写っている友人知人の子供達の姿にも成長を感じる事は出来る。
それらを見て「気づく」かどうか。そこに「変わる」というキッカケがあるのだ。
成長したい と思う事は生きることだと思う。成長する気がある方は変わるのが当たり前だ。

過去の自分に縛られずに「人は変わる」と思えば、人にも優しくなれるのでは?
変わること それは成長することであり、生きること そして人にやさしくなれること。
変わることが出来ないから人は悩み苦しむ部分もあるからね。そう難しい事ではないのにね。 
死ぬまで変わり続けたい(成長し続けたい) と、わたしは願うのであった。

ここ2年間、定期的にあまり更新もしなくなったのにいまだに訪れてくださる皆さん、有難うございます。こうやって月に何度か書いていきますので、これからもよろしくです。

らんきーにアクセスしてくださる度に、拍手かコメントくださると嬉しいです(笑)

2010年
2010.01.01 13:21 | 日々雑感


明けましたね^^

今年も宜しくお願い致します。


らんきーファンの皆様、おひさしぶりんこ。 ぶいっちゃんです。

2006.02.26 に私が書いた この記事ですが・・・。
 らんきーブログ : 功名が辻〜竜馬がゆく
この記事の最後の方に、預言者 ぶいっちゃん様は、こう書いてらっしゃる。

坂本竜馬は歴史ドラマではなく、青春ドラマとして描いて欲しい。
土佐の郷士として過ごした青春時代、北辰一刀流修行時の青春時代、勝海舟との出会いによって世界を知り夢を見る事を覚えた青春時代、海援隊というカンパニーで世界に羽ばたく夢を見る青春時代、そして千葉佐那子やお龍との恋愛時代、そしてそこにまつわる人々との一期一会の青春像が全体の90%で、残りの10%でヒョイと顔を出して日本の夜明けを導いた歴史の話を付け加えるような話でいいのだけどなぁ。こんな人が今の時代でもいたらスゴイよ。片手間で世を動かす男。
歴史として竜馬を捉えるのではなく、人・人物として坂本竜馬を描いて欲しい。

私も暗殺によって亡くなった坂本龍馬の年をとうに越えてしまったがいつまでも越えられないカッコイイ人間の姿がそこにはあります。

朝の連ドラでもいけるような物語にしてくれたらいいんじゃないかなぁ・・・。
連ドラも若い女のヒロインのパターンを変えていくという話ですしね。

不倫ドラマや殺人ドラマはもういいですから。死に過ぎ、やり過ぎです(笑)
誰か作ってくれ〜!人間・坂本竜馬の物語を〜♪ 


人間・坂本竜馬 の大河ドラマが始まりますね、来年から。「龍馬伝」だったっけ?
福山くんってのがちょっと無理筋な気もしますけどねww 若く見えるけどね、確かにw

約4年前に、この記事を見た関係者が、今回のドラマを作ったね、間違いない(笑)
「ズバリ、坂本龍馬でいきますよ」 って感じだったのでしょうか?ww
そういう意味では、ズバリ私が予言してたようなモンですね。
今回のは青春群像っぽいらしいじゃないですか? というか、実はあまり知らないんですけどね(笑)

龍馬とか、司馬遼太郎のこととか書くと、あーでもこーでもって変なのが沸くかな?
フリーメーソンだったとか、(笑)司馬史観がどうたらこうたらってとか。くだらねぇの。
面白けりゃいいじゃないか、歴史小説なんて。 そーおもわん?
そういえば隆慶一郎さん、長生きして欲しかったなぁ・・・。この人の歴史小説が一番だな。

それでは。 おやすみなさい。

すっかりご無沙汰になってしまいました。

ネットが無い時代には 「便りが無いのは元気な証拠 」 って言ってましたが
今の時代、BLOG書きには 「更新が無いのは元気な証拠」 になりますな。
リアル生活と連動しているBLOGならいざ知らず、匿名のネットだけの人格では
どうしても近況なんてわかりかねますわな〜。心配になる人もいるし・・・・。 

私の昔からの行きつけのBLOGもこの頃は開店休業のBLOGばかりになったねぇ。
リアルが忙しかったり、充実してたり、あるいはなんか悩みを背負ったりしてしまうと、おそらく匿名でのネット世界の方はどうしても疎かになりがちです。(経験者は語るw)

そして私の来月と再来月の休みは、たった2日ですばい(笑)
ちょっとあるところから、いい話があってチャンスなのでチャレンジしてみようって事で。
とりあえず休めるのも2ヶ月間で、たった2日だけなのだわ。 朝から晩まで働いてさ。その内容を宣伝を兼ねてここにも書きたいところだけれど、書けないのがもどかしいですなぁ〜。
もう少し、日本も開放的な世の中になれば、何でもここで告知するんだけどねw

という事で、しばらくはBLOGは更新できそうに無いですけど、念のため書いておきます。


元気です!! それも、むっちゃ(笑)

もひとつついでに、ちょっと早いがw

良いお年を(笑)


人と人が仲良くするためには「共通の敵」を作ればいい・・・らしい (苦笑)。
これじゃ、イジメ的、差別的な考えが減るはずが無いww
自分らの快楽の為には、関係の無いものの感情なんて知ったこっちゃないんだろうなぁ。
やっぱ、ミジンコ並みの脳というか、コミュニケーション能力だわ。
というか、コミュニケーションじゃないね、考え方の基本が。
しかしミジンコ同士だと丁度いい塩梅なのかねぇ。う〜ん、深い(笑)>深くないって。



ミジンコは危険を感じると頭がとんがる・・・か(笑)  うーん・・深い?・・・鋭角に深い?



チャリンコを無灯火で威張って走ってる人らいますよね、老いも若きも男も女も。
「オイラは夜目が利くから、ライト点けんでもスイスイだぜ〜ぃ」みたいなの。
自転車でライトを点けることは、自分の為じゃなく自分以外の相手に知らせる為です。
それは思いやりであり、気遣いであり、常識だし、安全・・・でしょ。
相手に自分の存在を気づいてもらう為に、ライトをつけるのだ。車もチャリも。

無灯火チャリンコ側から見たら、明るい車はよく見えるからね。
自分側からは見えるから、相手側も自分の存在は知っていて当たり前って思ってる。
しかし逆からは見えないもんです。 ビックリした時には事故ってます。
クラクションを鳴らしたりしてチャリに注意を促すと下手すれば若い姉ちゃんでもガン垂れるw
もうね、いつものことだけど、無茶苦茶当たり前の話でしょ、こんなの。
もちろんそんな事は知っていて、ただライトつけるのがかったるいし面倒だからってのも多いんだけど、根っこの部分が、「自分中心」なのは同じだ。他の迷惑は考えないんだよね。

相手の立場に立てない自己中ってのはこの無灯火チャリの世界だけじゃないですよね。
こういう気持ちでBLOG書いてる人も案外多いでしょ?
自分側から見えてるから相手も見ている・・・と思いこんでる人多いんだわ、これが。
自分の考えがこの世の中心だから、他人も皆、自分と同じ思考だと思ってる・・・・ww
相手の立場に立てない人間・・・。 この人らには何を言っても無駄なのでした。
全く、ブログの世界にもウヨウヨいそうな、自己中自己愛人間は迷惑だって話でしたww




誰かを応援する(応援している)ブログ(姿勢) と
誰かをけなし、批判するブログ(姿勢) はどっちがいい?

答えは誰しもわかっているくせに、人間ってやつぁ〜・・・・、バカの間で生きてるね(笑)


※アリの如く書き足していくかも・・・?

■追記その1

匿名間のネットコミュニケーションでいえば、

傍若無人、礼儀無視、上目線で自然に喧嘩売るようなパターンなら、超簡単。
世の中を拗ねてりゃ、サルでも出来るw

逆に、親切丁寧に気を遣い、見えない相手と親しくしていくのは難しい。
要は、簡単なことと、難しいこと、 貴方はどっちを選ぶ?ってこと。 



天国はよいとこだったろうか? ネェチャンは綺麗だったか?
加藤和彦さんのご冥福をお祈りします。


朝起きてシャワー浴びてる最中に「お、これをテーマに書こう」と閃き思い立っても
夜になったら、それが何なのか思い出せない今日この頃、皆さん元気ですかーーー。
肩はパンパンでこの頃は、頭も痛いし、目もおかしい(笑)
仕事自体、PC使うこと多いからだな、ここ2年くらい。そのツケがどばっと来たんだね〜。

ちょっと最近の雑感でも、思いつくままに・・・。
仕事柄アラサー世代、アラフォー世代の方々と接する機会が多いんだけど面白いですね。
バブル体感世代、バブル知ってる世代(知ってるだけなのが哀しい^^;)、就職氷河期世代、
まぁ、色々。腹を割って話せばいい子が多いのは一緒だが、割り方が下手な子が多いね。
アラフォーとアラサーを一緒にしてはいかんけど、どこか世代の変わり目の匂いがします。
おっと、もちろん皆さん、それぞれ仕事の方は立派な方々が多いですよ。仕事はね^^

絶対的なコミュニケーション経験値が少ないんだろうなぁ〜。 ビックリするくらい。
アリレベル? アリンコミュニケーションか?ww
少なくともインターネットが出現してからだけでもリアル会話は減ってるだろうしね(笑)
ここ10年?いや、15年くらいになるんですかねぇ? ネット。
今30の子は15歳くらいから・・40の子は25歳くらいからネットが出来る環境か・・・・。

もちろん、ネットがない時代でもリアルでコミュニケーションが少ない人はいたろうけど。
あ、逆に言うと、ネットのコミュニケーションの方がリアルより増えた事で変わったのか?
世代を超えて性別を超えて対等に付き合える世界の功罪はイロイロだわな。
自分中心になってしまいがちではあろうなぁ。PCの前では「神」になれるもんなぁw
どちらにしてもコミュニケーションがネットの方が多いそこのキミ!! 要注意だよ。
喜怒哀楽はリアルでガンガン体験すべし!!涙は目から、涎は口から出るんだぞww 

コメント欄は開放してます。 ビシバシ、コミュニケーションしませんか、参加自由だよ。